2022年03月05日 07:21 弁護士ドットコム
画廊で展覧会を開いている作家を食事に誘ったり、作品購入の見返りに男女関係を求める「ギャラリーストーカー」。近年、SNSで作家が告発するなど、被害が徐々に明らかになりつつある。
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作家を守るため、対策を立てる画廊も一部で出てきているが、フリーランスという弱い立場を狙われ、誰にも相談できずに泣き寝入りする作家も少なくない。
数年間、複数のギャラリーストーカーにつきまとわれた作家、山口真奈美さん(仮名・20代)は「自分ではもうどうしようもない状態になるまで追い詰められました」とふり返る。
ギャラリーストーカーはどのように作家に迫るのか。山口さんの被害体験を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
山口さんは美大在学中からコンクールで受賞するなど、注目を集める新進気鋭の作家だ。美大卒業後、学外で展覧会を開くようになると、すぐにコレクターや男性客によるハラスメントやストーキングが始まった。
「作家として活動し始めると、学外の人たちと交流することが増えたり、自分でもSNSで活動を公開していくことで、コレクターの方たちにも認知されやすくなりました。同時に、被害も増えてきました」
そう振り返る山口さん。画廊で展覧会を開くと、「プライベートでも会いたい」と誘ってくる男性客が現れるようになった。
「作品も買ってあげたんだから、食事くらい付き合ってくれてもいいじゃない、という距離感のお客さんがたくさんいました」
大学を出たばかりで、社会人経験もなかった山口さんは断りきれず、そうした男性と食事に行くこともあったという。
「駆け出しでしたので、もしも食事を断って、もう作品を買ってもらえなくなったらどうしようという不安がありました。とても嫌だし、苦しかったけど、接待だから仕方ないと思って行くことがありました」
そうした中、山口さんは自分だけでは対処しきれない被害に遭ってしまう。
若い作家はまず、画廊でグループ展を開くことからスタートすることが多い。期間中は画廊に滞在し(在廊)、自ら接客することもある。山口さんは、そうした展覧会に参加していたとき、A氏と出会った。
A氏は40代の男性で、美術が好きなコレクターだった。山口さんとはSNSなどを通じて知り合い、画廊のグループ展にも足を運んでいた。
「Aさんのことは、今思い出しても、パニックになります」。最初は、作品を購入してくれるだけだったが、徐々に山口さんに対して異様な入れ込み方をするようになっていった。
ほかの作家や画廊関係者も交えた飲み会に行くと、A氏は山口さんに対してだけ、「真奈美」と下の名前を呼び捨てするようになった。違和感を覚えた山口さんだったが、嫌とは言えない空気の中、A氏の行動はエスカレートしていった。
「私の作品をほとんど買い取らせてほしいと言われました。嫌な気持ちがしたので、『考えてからあとでお返事します』と言ったのですが、『これくらいあれば足りるだろう』といって、大金を勝手に入金されてしまい…」
山口さんは驚いて断ろうとしたが、「(作品は)何年でも待つから、製作費だと思って使ってほしい」と押し切られた。山口さんは口座番号を教えてなかったが、以前あったイベントを通じ、A氏に知られてしまっていた。
「ちょっと聞くと、画家とパトロンのような関係に思えるのですが、Aさんは二人きりのご飯やドライブに誘ってきたりしました。『初めて画廊で会ったとき、俺は真奈美と出会う運命だと思ったんだよ』と言ったり、『愛してる』と言ってきました」
山口さんはあくまでも、コレクターの一人としてA氏と接していたが、自分だけで対応するには限界があった。しかし、画廊関係者や作家仲間も、A氏の距離感がおかしいとは気づいていたものの具体的な対策はなかった。
山口さんを救ったのは、別の画廊オーナーだった。山口さんがその画廊で展覧会を開いた際、知らせていなかったにもかかわらず、A氏は姿を現した。山口さんは不在だったが、初対面のオーナーに、A氏は「真奈美は危なっかしいところがあって」と話すなど、山口さんととても親しい間柄を示していたという。
オーナーは最初、A氏のことを山口さんの父親か親戚の男性かと思ったが、「もしかして一方的につきまとっている人では」と心配になって山口さんに尋ねてきた。
「そのとき初めて、被害に遭っていることをオーナーに打ち明けることができました。『できるだけAさんとは離れたほうがいい』と言ってもらえました」(山口さん)。オーナーは、独りで悩み続けていた山口さんの相談に乗り、親身になってくれたという。
オーナーの助言に従い、山口さんはもう作品は譲れないことや、入金されていたお金を返すことをA氏にメールできっぱりと伝えた。A氏は了承してお金も受け取り、以後、A氏によるつきまとい行為はなくなった。
山口さんは、A氏から逃げ切るまでに2年以上を費やした。
実は、A氏とほぼ同時期、山口さんは別の40代男性・B氏からもストーキングされていた。
「Bさんもコレクターの方で、やはり画廊の展覧会に来ていただき、作品を買ってくれたことから始まりました」
A氏と異なり、B氏は直接食事やドライブに誘ってくることはなかったが、SNSを通じて、連日のように大量のDMを送りつけるようになった。
「いつ在廊していますか」と聞かれたり、「今度、山口さんが好きそうなお菓子を持っていきます」といった内容だったが、返事を無視しても一方的なDMは止まらなかった。
「そのうち、SNSでBさんのアイコンを見るとパニックになるようになりました。じわじわと精神を蝕まれているような状態が1年以上続きました」
展覧会で在廊すれば、必ずB氏は訪れた。逃げ場がなくなった山口さんは、A氏の際に相談に乗ってくれた画廊のオーナーに悩みを打ち明けた。オーナーはB氏に対して、山口さんに対して近づかないよう申し入れ、もし続くようならそれなりの措置をとるという警告を発した。
「でも、Bさんからは『自分は山口さんのファンだし、応援しているだけなので』という返事が返ってきました。まったく話が通じてませんでした」
警告にもかかわらず、画廊を訪れたB氏を見て、山口さんは「警告を無視されて、本当に怖かったです」と話す。B氏がつきまといを止めるまで、オーナーは何度も警告しなければならかった。
「これまでストーキングやハラスメントをしてくる人は、40代から60代の男性に多かったです。
今思えば、若いということや女性であるということで、そうした男性に逆らいづらいという構図の中、駆け出しの作家を守ってくれる人はほとんど誰もいませんでした。作品を購入したうえで、そうした行為をされると、作品を人質に取られたような感覚もありました」
そう振り返る山口さん。自分より下の世代が同じような被害に遭わないよう、自身の経験を語ってくれた。そのうえで問題点を指摘する。
「ストーキングやハラスメントをしている人は自覚がなく、作家と『相思相愛』だと思い込んでいます。悪いことをしているとは思っていなくて、作家が傷つくなんて想像していないので加害行為を続けてしまいます。
新人の作家もそれが異常なことであるとか、被害であることがわからない。誰にも相談できないまま、自分一人で対応しなければなりません。その結果、同じような被害が繰り返されているのだと思います」