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『カムカムエヴリバディ』算太はなぜいつも笑う? 悲劇を喜劇に見せる濱田岳

2022年03月03日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『カムカムエヴリバディ』(写真提供=NHK)

 『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第17週から、濱田岳演じる“謎の振付師”サンタ黒須が登場した。条映太奏映画村のCMに斬新なダンスを取り入れた彼の「いけ~ん!」「おえん」といった特徴的なしゃべり方になんとなく懐かしさを覚える。劇中、サンタが安子の兄・“算太”であるとは明かされていないが、第84話でサンタの脳裏に金太(甲本雅裕)の姿が浮かんだことからも分かるように、サンタ黒須=算太で間違いない。


【写真】チャップリンの風貌をした算太(濱田岳)


 濱田岳演じる算太はトラブルメーカーだ。清子(松原智恵子)と吉右衛門(堀部圭亮)の思い出話にもあったが、第1話で算太は荒物屋「あかにし」のラジオを盗んでいる。濱田演じる算太は、堀部演じる「あかにし」の店主・吉兵衛に悪びれる様子もなく「魔が差したんじゃなあ」と一言。一筋縄ではいかない算太の個性がすでに表れていた。そんな算太の最も印象深い悪行といえば、妹・安子(上白石萌音)が「たちばな」再建のために貯めていたお金を盗んで失踪したことだ。安子とるい(深津絵里)の確執を生むきっかけとなってしまった。


 第17週で初めて登場したサンタは、CM撮影中に「いけ~ん!」と大声をあげたかと思うと撮影を中断させ、CMを企画した榊原(平埜生成)に「こねえなもん、一個もおもろうねえがあ」と言う。その場に漂う不穏な空気と、撮影スタッフに「何やとは何や、おらあ!」と荒れた口調で言い返す姿にはハラハラしてしまった。濱田の佇まいには、モモケン(尾上菊之助)と古くから知り合いであること、長年振付師として活動してきた貫禄がありつつも、やんちゃな算太を思い出させるガラの悪さもあって、ひなた編でも一悶着起こすのではないかと不安が膨らんだ。


 そんなサンタだが、ひなた(川栄李奈)と言葉を交わすサンタの表情変化には哀愁がある。ひなたに「サンタさん、楽しそうですね。踊ってるとき」「なんや、こっちまで楽しなります」と言われ、彼は黙り込んだ。濱田の表情は、妹・安子とのあたたかい、懐かしい思い出を思い出したようにも、そんな妹に対する仕打ちに後ろめたい気持ちになったようにも見える。算太は家族や安子の思いを裏切ってきたが、決して彼らを嫌っていたわけではない。幼い安子とのやりとりでは、妹を可愛がる兄を濱田は柔和な顔つきで演じていたし、兄の無事に涙する安子の頭を優しくなでた優しい手元は今でも強く印象に残っている。それに「たちばな」の再建を最初に言い出したのは算太の方だ。ひなたの言葉を聞いて、濱田の目の奥がすっと暗くなったのをみると、大切な家族、大切な妹へのひどい行いに何も感じなかったわけではないと分かる。


 濱田の演技を振り返ってみると、算太の悲哀に満ちた生き様は彼が憧れたチャップリンの作品のようだ。好意を抱いていた雪衣(岡田結実)が勇(村上虹郎)の部屋から出てくるのを目撃したとき、濱田は彼らの間に何があったのかをのみ込むように間をあけて、フッと弱々しく笑ってみせた。お金を持ち逃げする前には、ガラス戸に映った自分の姿を見て乾いた声で笑っていた。算太は自らの悲劇を喜劇に変えようとしていたのだと思う。算太の行いが安子の努力を無下にしたのは事実だ。しかし濱田が、やんちゃで勝手気ままだけれど、苦しみも悲しみも素直に見せず、笑いながら逃げ出した算太の痛みを理解して演じているからこそ、算太はただの悪役にならない。


 安子の娘が目の前にいるとわかったとき、サンタは姿を消す。妹と長いこと会っていないと口にしたサンタの目には微かに自責の念が見えたが、回転焼き屋「大月」の前で「るい」の名前を聞くとサンタはうろたえる。濱田はるいの姿に懐かしむような眼差しを向けながらも、「るい……」と呟く弱々しい声色で、彼の覚悟のなさを表現したように思う。


 るいの回転焼きを食べることも、るいと対面することもなく、サンタはそれきりひなたの前に姿を現さなくなった。都合が悪くなるといなくなる、そのことが皮肉にもサンタ=算太であることを示す。算太は安子、るい、ひなたをつなげるきっかけにはならない、ということだろうか。


(片山香帆)