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BMWの新型車「iX」に試乗! 次世代高級EVの革新性とは?

2022年03月02日 11:31  マイナビニュース

マイナビニュース

画像提供:マイナビニュース
BMWが「革新的な次世代の電気自動車(EV)」と位置付ける新型車「iX」。日本では2021年11月に発売となった。グレードは2種類で、上級の「xDrive50」はフル充電での走行距離が650km(WLTCモード)に達する。EVの走行距離に対する不安の声をしばしば耳にするが、iXであればほとんどの場合、問題なさそうだ。



内外装や最新の運転支援システム、コネクテッド機能なども売りとするiXだが、実際のところ、どんなEVに仕上がっているのだろうか。試乗してきた。


○走行距離への不安を全く感じさせない「iX」



BMW車といえば「キドニーグリル」を備える独特の顔つきが特徴だが、EVはエンジン車ほどの冷却性能を必要としないので、グリルの存在意義が薄れる。ただ、iXのキドニーグリルはきらびやかな意匠で、かなり目立っていた。EV時代におけるキドニーグリルの存在意義を伝えようとしているかのようだ。


試乗車の室内は「カスタネア」と名付けられた本革の茶系でまとめられている。落ち着いた色合いだ。ほかに白系の室内色なども選択肢にある。ドイツ車といえば高性能な走りを強調する黒基調が多かったが、iXは異なるイメージを打ち出してきた。


運転席に座ると、横に長い液晶画面が目に入る。ハンドルの形状は六角形の独特な形状。後席側へ目をやると座席の両端が湾曲していて、上質なリビングのような雰囲気がある。「駆けぬける歓び」を伝統としてきたBMWとは一線を画す空間で、EV時代への新たな挑戦を意図したクルマであることが伝わってきた。


BMWがEVの「i3」やプラグインハイブリッド車(PHEV)の「i8」で挑戦的な電動化への指針を示してから10年近くが経過したが、iXの内外装からは、次の段階に進もうとする同社の意思が感じられる。



振り返ればi3は、そもそも「メガシティヴィークル」として開発された経緯がある。「大都市での日常の足としてのEV」という概念だ。開発の前にBMWは、ミニ(MINI)を改造した試作EVで世界中を試験走行し、あるべき姿の確認作業を続けた。



試験の結果を受けて、BMWがi3に搭載したリチウムイオンバッテリーの容量は22kWhだった。日産自動車のEVである初代「リーフ」(前期型)とほぼ同等だ。長距離移動も視野に、ガソリンエンジンの発電機を搭載する「レンジエクステンダー車」も設定したところがi3の独自性となった。



i3の後期型では車載バッテリーの容量を増やしたが、小型車なので積める量には限界があった。iXは、より幅広い用途に対応可能なEVといえるだろう。iXのグレードは「xDrive40」(バッテリー容量76.6kWh)と「xDrive50」(同111.5kWh)の2種類だが、xDrive40でも一充電走行距離450km(WLTCモード)を確保している。今回の試乗では東京・汐留をフル充電で出発して木更津で折り返したが、走行距離の長いxDrive50だったこともあり、急速充電を試そうとすら思わないほどだった。


○乗り味ゆったり! まさに高級車の趣



走ってみると、SUV(BMWはSAV=スポーツ・アクティビティ・ヴィークルと位置付けている)あるいはクロスオーバーのようなクルマだからか、乗り味がゆったりしているところが印象的だった。



走行モード(MY Mode)は標準が「PERSONAL」(いわゆるコンフォートモードのような乗り味)で、ほかに「SPORT」と「EFFICIENT」が選べた。SPORTに切り替えても、公道での一般的な走行においては、やや乗り心地がしっかりした印象にはなるものの、明らかに硬くなるというほどの差は感じにくかった。xDrive50が空気バネを使ったエアサスペンションを装着しているからかもしれない。ゆったりとした乗り味は、高級車の趣である。

車両重量は2.5tを超える。それでも、前後にモーターを持つ4輪駆動であり、モーターは大きなトルクを瞬時に出せるので、発進から加速を含めなんら支障はなく、力強く走った。アクセル全開も試してみたが、PERSONALモードでさえ有り余る力を発揮して見せた。EVには、どんな車種でもスポーツカーにしてしまう潜在能力があるようだ。



iXには人工の走行音を室内に流す機能が備わっている。音色や音量は「PERSONAL」と「SPORT」で異なる。好みの問題だが、私には余計な音だと感じた。耳に加速の威力を伝えなくても、モーターならではの力強さは目と体で感じれば十分だ。静寂のなかにある動力の猛々しさが、EVの魅力でもある。余計な音があると、室内の高級な雰囲気も薄れるような気がした。世界に名高いロールス・ロイスが、エンジン車でも静粛性の高い室内を作り込もうとした歴史から考えても、静かさが高級な付加価値であることは明らかだ。iXの擬音は、設定で消すこともできるという。


車両全長が4,955mmと5m近く、車幅は1,965mmと2mに届きそうで、ホイールベースは3mに達するxDrive50は大きなクルマだが、後輪操舵機能を装備していることもあり、最小回転半径は6mに収まっている。後輪が向きを変えても運転に全く違和感はない。駐車場などでの切り返しでは、手際のいい運転を手助けしてくれた。それでも、そもそも車体が大柄なので、郊外の道やビルの地下駐車場の通路などではかなり神経を使い、徐行することが度々あった。



とはいえ、BMWの最上級4ドアセダン「7シリーズ」に匹敵する長いホイールベースや2.5tもの車両重量によって得られるゆったりとした乗り心地により、運転に慣れるにしたがって気分も和んできた。長距離を乗っても、これならかなり楽だろう。快適さを強く印象付けるiXは、BMWの新たな境地を伝えてくる。背の高いSAVでありながら走りの安定性が高く、落ち着きがある。エアサスペンションも効果を発揮しているらしい。通常のサスペンションを装着するxDrive40の感触も試してみたいと思った。


○先進機能はもう一歩?



先進機能については、直観タッチによる操作が覚えやすい一方で、そもそも項目を選ぶためのスイッチが木目調のコンソールに白い表示で設置されているので、日の当たり方によっては見えにくい。運転中に操作する際には、目線を長く前方からそらさなければならなかった。せっかく大きな画面を使うなら、テスラ「モデル3」のように、それだけで操作が完結したほうがいいのではないだろうか。


HMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)の仕立ては、BMWに限らずドイツ車全体にいえる話だが、今日でもなおテスラに一歩ゆずるといわざるを得ない。画面ひとつでほとんどの操作を完結させられるモデル3は、それほど操作性がいい。



拡張現実(AR)を活用したカーナビゲーションの経路案内も、メルセデス・ベンツ「Sクラス」と同じ部品供給メーカーの技術を適応しているのではないかと思うが、表現の仕方を含め、使い勝手が十分ではない。曲がり角へ近づくとナビの地図画面が小さくなり、半分がカメラ映像となってARの矢印が浮かび上がるのだが、映像の景色がわかりにくい。進路を示す矢印が目立ちすぎて、周辺の様子を確認しにくくしている。



運転者に安心を与える案内とは、まずはどの車線を走行すべきかを教えることであり、次に曲がり角を的確に示すことだ。それも、ただ地図上で正確であるだけでなく、走行するクルマを運転する人間の感覚を先読みした的確さが必要だ。



そもそも、ナビがない時代から道筋がわかりやすかった欧米では、日本ほど経路案内の必要性が高くなかったため、ナビの技術で日本に遅れがちだ。なおかつ、ITの先進国である米国の発想からも、ドイツは遅れがちな印象がある。その差を、今回のARの取り扱いからも感じた。



技術や機能が世界水準であったり最先端であったりすることが重要なのではなく、運転者に安心と信頼を与える手法であることが肝心だ。iXが次世代の革新的EVだというならば、スマートフォンにならって、使い手の心理の研究を深めることがまだまだ必要だと思う。


御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら(御堀直嗣)