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いしづかあつこ監督が新作『グッバイ、ドン・グリーズ!』で描いた『よりもい』との違い

2022年03月02日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『グッバイ、ドン・グリーズ!』(c)Goodbye

 『ノーゲーム・ノーライフ』(2014年)、『宇宙よりも遠い場所』(2018年、以下『よりもい』)を手掛けたいしづかあつこ監督の初の劇場版オリジナル作品となる『グッバイ、ドン・グリーズ!』が現在公開中だ。本作は、地方の田舎町を舞台に、冴えない少年3人組が繰り広げる冒険と、その体験がもたらす成長を描いたジュブナイルドラマ。監督、脚本をいしづかが務め、キャラクターデザインには吉松孝博、さらに制作にマッドハウスという『よりもい』のスタッフに加え、花江夏樹、梶裕貴、村瀬歩といった当代きっての人気声優が集結した爽やかな感動作である。


【写真】『宇宙よりも遠い場所』


 いしづか監督といえば、学生時代よりアニメーション作家として活躍し、数々のコンテストでの受賞実績を重ねたのちマッドハウスに入社した逸材。TVアニメでは『青い文学シリーズ』や『さくら荘のペットな彼女』、『ノーゲーム・ノーライフ』などを経て、2018年に初のオリジナル作品『宇宙よりも遠い場所』を発表した。それぞれの境遇で生きてきた4人の少女たちが民間観測隊「南極チャレンジ」に同行し南極を目指すというドラマは、アニメファンはもとより一般視聴者にも広くリーチ。「ニューヨーク・タイムズ」のトップ10ベストインターナショナルドラマ賞を受賞するなど、海外でも高く評価された。それから4年越しとなる新作『グッバイ、ドン・グリーズ!』は、3人の少年が主人公。小さな田舎町で周囲となじめずに暮らすロウマと、彼の中学時代からの親友で都内の高校に進学した秀才のトト、そしてひょんなことからふたりと仲良くなり行動を共にするようになるドロップが、行方不明になったドローンを回収するという目的で遭難さながらのサバイバルを繰り広げ、絆を深めていく。


 主人公が少女から少年へと変わってはいるものの、友情と絆をテーマに彼らの成長を追うという目線など『よりもい』と共通する部分は多い。加えて、『よりもい』の少女たちが南極を目指したように、今作でも世界ヘ飛び出す展開が用意されている。ネタバレしない程度で明かすと、本作は3人の冒険の顛末と、その後の出来事の2段構えの構成となっており、クライマックスの舞台となるのがアイスランド。窮屈な日常を抜け出し、広い世界を知るワクワクと不安を、私たちはスクリーンの前で追体験することになる。『よりもい』を観た人なら期待してしまう(かもしれない)泣きドコロも、もちろん押さえている。


 設定だけ見れば男子版の『よりもい』とも取られそうな『グッバイ、ドン・グリーズ!』だが、その実、いしづか監督が描こうとしたのは全く違うものであることがわかる。それは、『よりもい』はあくまで目的に向かう物語だったことに対し、『グッバイ、ドン・グリーズ!』は目的のその後が語られる話だからだ。あらゆる物語は、基本的に“過程”を描く。片思いの相手と結ばれるまで、いかにして敵に勝利するか、その道筋にこそドラマが生まれるのであり、大団円を迎えてしまえば語るべきことはそう多くはない。まれに後日談が挿入されることもあるが「めでたし、めでたし」以上の展開はそれまでのドラマのカタルシスに比べればあくまでオマケ。シリーズ化されるとしても、その時には新たな目的が生まれている。だが、『グッバイ、ドン・グリーズ!』ではあえて冒険のその後に焦点を当てた。ある出来事が、どのようにその人物の人生を変えたか。今度は変化の“過程”を緻密に描写していく。この展開はジュブナイルものにしてはかなり斬新だと言えよう。


 しかし、だからこそ、本作の後味は特別なものとなっている。むしろその後がやたらリアルに描かれることで、若干のファンタジーっぽさがなりをひそめ、現実の地続きの物語として意識できるようになる。筆者がインタビューした際、いしづか監督は「『スタンド・バイ・ミー』の1年後を描きたかった」(※1)という趣旨の発言をしているが、本作はまさにあの主人公が作家を目指すまでの話であり、生まれ育った小さな町の外に広大な世界が広がっていることを知る話でもあるのだ。


 とはいえ本作は、構造の面だけではなく、登場人物の緻密な感情のやり取りや映像の美しさも見応え十分。何よりラストの伏線回収には唸らされるし、2度、3度と観たくなるような仕掛けにもあふれている。『よりもい』に次ぐ本作で、いしづか監督は青春ドラマの語り手としての地位を確固たるものにしたと言えよう。


 作中でたびたび使用される“宝物” というキーワードのごとく、この作品もまた観客の“宝物”になることを願ってやまない。


・参考
1.Vol.2『グッバイ、ドン・グリーズ!』いしづかあつこ監督 | ぴあエンタメ情報
https://lp.p.pia.jp/article/news/219575/index.html


(渡部あきこ)