2022年02月28日 10:51 弁護士ドットコム
職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。
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連載の第10回は「労働基準監督署への通報、どうやるの?」です。昨今、労働トラブルに巻き込まれたら労基署に訴える、というのは知られてきましたが、実際にどのような手続きを取ればいいのかまで知っている人は多くないのではないでしょうか。
笠置弁護士によると、「申告する内容は、可能な限り文書でまとめる」などいくつかポイントがあるそうです。
ご自身が労働問題に巻き込まれた際に、多くの方が相談先としてまず頭に思い浮かべるのは、労働基準監督署でしょう。ただ、労働基準監督署の権限やその実態についてはあまり知られていなかったり、相談者の側に誤解があることがあり、そのために無駄足を踏んでしまっているケースが私の経験上大変多く存在しますので、解説してみたいと思います。
労働基準監督署は、その名の通り、労働基準法の規制や制度について所管している役所です。
監督署の規模によっても異なりますが、労働基準監督署は主に、以下の課から構成されています。
(1)労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受付や相談対応・監督指導を行う「方面」(監督課)、
(2)会社の機械や設備の設置に関する届出の審査や職場の安全や健康の確保に関する指導を行う「安全衛生課」、
(3)仕事に関する負傷や病気に対する労災保険給付を行う「労災課」
つまり、労働基準法や労働安全衛生法違反行為を行っている企業の取り締まりや指導、及び労災手続の調査・処理を行っているとイメージしていただけると分かりやすいでしょう。
そのため、労基法に規定されていない問題(不当解雇や退職強要、出向や配転に関する問題、パワハラ・セクハラ等)については、労基署による監督権限は及びません。
例えば、不当解雇をされた方が労基署の窓口に助けを求めると、労基法に定められている解雇予告手当の支払の有無についてだけ確認されただけで対応が終わってしまうということが多いと聞いています。その理由は、解雇に関する規制は労基法ではなく労働契約法に定められており、労基署の所管外だからです。
労基署の助言に従い、漫然と解雇予告手当だけの請求をしてしまうと、後になって使用者側から「解雇を前提とした行動をとっていた」などと反論されてしまうことが多いようですので(そのような主張が認められるかどうかはさておき)、必ず弁護士や労働組合等の専門家にアドバイスを求めましょう。
労基署に助けを求めることができる代表的な事例は、賃金・残業代の未払いでしょう。労基法には、賃金・残業代の支払義務が定められるとともに、これを怠った使用者に対する罰則も定められています。
しかし、賃金未払いの事例で、労基署が検察庁に事件を送検することは実際にはあまり多くありません。過去の事例を見ると、被害者が多かったり被害額が多額に上るなど被害が深刻で、使用者が是正勧告を受けても無視したり取り合わないような悪質な態度を見せている事例において送致が行われているようです。
そのことを知っているからか、使用者の中には、労働基準監督官による調査や勧告に対し、その都度適当な言い訳をして真面目に取り合わないという態度を見せる者も見受けられます。このような態度を許してしまうと、法律はただの絵に描いた餅になってしまいます。
私自身、担当している極めて悪質な事件 で、先日、送致を求める措置をとりましたが、コロナ禍の中で賃金未払いが多発している昨今、労基署は積極的に法違反を摘発していくべきでしょう。
労基署に被害申告をする際ですが、同じ職場で被害を受けている方は通常1人ではないはずですから、できるだけ複数名で行くようにしましょう。その際には、必ず賃金未払いの証拠となる資料(タイムカードの写し、給与明細、労働契約書、会社の賃金規程等)を持参しましょう。
労基署を訪れると、多くの場合「総合労働相談コーナー」に通されてしまいますが、そこで相談を受けているのは監督官ではない相談員の方であり、労基法違反を摘発する権限を持っていません。そのため、労基法違反を申告したいという場合には、必ず用件を明確に伝え、監督官による対応を求めましょう。
申告する内容は、可能な限り文書でまとめ、きちんと受け取らせましょう。口頭だけで相談に行ってしまうと、申告として受理されたのか、相談があったというだけで終わってしまっているのかが不明確になってしまっている事例が散見されるからです。
以上のポイントに注意していただきつつ申告をしていただければと思いますが、仮に申告ができても、これだけで問題が解決しないことは大変多くあります。というのも、賃金すら払わないような会社は、他の点でも法違反を犯していることが多く、問題が多岐にわたることが多いからです(残業代を支払われない上、不当解雇までされている等)。
そのため、労基署への被害申告は、多くの場合において、問題解決の一つの手段に過ぎないと考えるべきであり、他の行政機関(都道府県の労働センターや労働局)や裁判所の利用、労働組合への加入・交渉申入れ等も視野に入れながら、問題の解決を目指していただくのが良いのではないかと考えます。
(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「新労働相談実践マニュアル」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/