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「ばんえい競馬」現場が主催者に不信感あらわ 売上げ好調の影で進むトラブルのタネ

2022年02月27日 09:31  弁護士ドットコム

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平成不況で次々に廃止された地方競馬がインターネット投票の普及で息を吹きかえしている。コロナ禍になってからは顕著で、売上げが過去最高を記録したところもある。


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体重1トン前後の馬が、数百キロのそりをひく「ばんえい競馬」もそのひとつ。しかし、その運営をめぐって、主催者側と現場側の間でトラブルが起きているという。



著書に『厩舎物語』があるなど、競馬にくわしい民俗学者で、2021年までばんえい競馬で馬を所有していた大月隆寛氏がレポートする。



●好況のばんえい競馬、突然の「公社化」論

去る1月27日、北海道は帯広のばんえい十勝・帯広競馬場で、ばんえい十勝調教師会・騎手会とばんえい競馬馬主協会が、帯広市長に対して「要望書」を手渡しました。



内容は、「ばんえい競馬の公社化に反対する」というもの。これだけでは何のことかわからないでしょうから、少しご説明しましょう。



「公社化」は、昨年12月15日付けの十勝毎日新聞の報道でにわかに表沙汰になりました。



地元財界関係者などで構成する「ばん馬と共に地域振興をはかる会」会長で、帯広商工会議所会頭でもある川田章博氏が、ばんえい競馬の運営を現在の帯広市直営から「公社」など別法人にすべきとの持論を展開したというのです。



地元紙の片隅の何の変哲もない報道記事でしたが、同会はばんえい競馬の運営に関してあれこれ提言するなど外郭的な諮問機関のような役割を果たしてきています。



ここ数年、主催者との間の軋轢が増し、信頼関係に亀裂を深めていた厩舎や馬主など現場の関係者には、「あ、これは競馬の運営を別法人化することで一部の囲い込みを画策しているな」と、ピンときたという次第です。



寝耳に水の話で、「公社化」の中身も目的も全く知らされないまま、あたかも規定路線のように報道されて、わだかまっていた不信感に火がつきました。





●廃止目前から復活、コロナ禍で脅威の売上げ

全国の地方競馬はここ数年、どこも右肩上がりに売上げが伸びて収支改善、経営状況が好転しています。



いわゆる普通の競馬ではない特殊な形態のばんえい競馬も例外ではなく、昨年令和3年の総売得金が前年比120%増の510億円あまり、1日平均も約3.4億円と記録的な数字を叩き出し、年末30日の開催では7億円という1日あたりの売上げレコードも達成しました。



あるベテラン調教師が「50年ばんえいやってきたけど、こんなの経験ない」と言うほどの好況ぶりではあります。





思い起こせば16年前の2006年暮れには、その頃相次いでいた地方競馬ドミノ倒しのご多分にもれず、ばんえい競馬も道内四自治体による市営競馬組合から北見市、旭川市と櫛の歯引くように抜けてゆき、岩見沢市まで抜けて帯広市の単独開催に追い込まれ、廃止目前となっていました。



その最後の土壇場で、当時進められていた競馬法改正による「民営化」のテストケース的にソフトバンクと提携。現在の姿があるのは新たな改正法の下、外部委託できる部分をアウトソーシングするなど、厩舎などの現場関係者と主催者とが協力しあって、他の競馬場と異なる立場で懸命に努力してきた結果と言えます、とりあえずは。



●主催者と現場との「溝」が広がる

なのに、というか、だから、なのかもしれませんが、ここ数年、主催者と現場の厩舎との間の信頼関係は悪化する一方で、表だって特に報道などされないものの、水面下での不信感や不満はずっとくすぶっていました。



もともと、公正確保など核心の部分は公的セクターがきちんと担保するたてつけになっている公営競技のこと、経営不振で「民営化」に舵を切ったとは言え、再び儲かり始めれば、以前のお役所丸抱え競馬時代の習い性が顔を出すのは、まあ、いずこの競馬場も似たようなもの。



やれ、施設の改善だなんだと、現場が求めてもいない事業に予算を流し、お手盛りの業者などに発注、ずさんな工事でやり直しといった不手際が目立つようになっていたばかりか、日々馬と共に仕事をし、暮らしている厩舎側との信頼関係なくして成り立たないはずの競馬と競馬場の運営にも関わらず、「学歴のないおまえらに何がわかる」と言わんばかりの居丈高な態度すら、主催者側が随所で露骨に見せるようになっていました。





せっかく売上げが伸びて収支改善されたのだから、賞金や手当の増額や今後の生活安定のための基金創設など、厩舎関係者の生活環境改善のための、まず妥当な提案を現場から繰り返し要求されても、渋い顔のまま。



加えて、そのような状況の下、一部の馬主や獣医に働きかけて既存のものとは別の団体を作らせるなど、現場に対する「分断工作」を仕掛けてきていた経緯まであったところに、その「公社化」構想が一方的にほのめかされたことで、とうとう現場関係者の不信感が爆発したという経緯でした。



●「現場無視の変更やめて」関係者らが要望

今年1月27日当日、記者会見席上で、調騎会、馬主会それぞれ主催者と帯広市に対して要望書を手交したのですが、その趣旨はほぼ共通していて、いずれもこの時期の性急な「公社化」に対する懸念が示されています。



・市が直営するよりも責任の所在が曖昧になるばかりでなく、独断的な判断を容認することに繋がるなどリスクの多面的評価がしにくくなり、経営判断を見誤る可能性がある。・議会の権限が間接的になり、監視機能が弱体化すると共に、開示すべき情報が容易に得られなくなり、透明性が担保できなくなる。・公社廃止、統合という時代の潮流に逆行し、天下り先の容認・確保や所謂「わたり」の温床となることが懸念され、結果として組織の肥大化による人件費等の高騰や収益を浪費する体質に陥るなど、将来的に経営を圧迫することが予測される。



かつて放漫経営で存廃の瀬戸際に追い込まれた四市運営組合時代のように、人事異動が停滞し、経理担当者が長年同じ人物になることで、横領行為が長期にわたり継続、被害金額が拡大したような事態が再び起こりかねない――といった具体的な指摘も混じり、厩舎関係者や馬主の間にわだかまっている、現在の主催者に対する不信感の根深さがうかがえます。



未曾有の好況であるがゆえに、現場の関係者からの訴えは切実で、共に、帯広市に対して文書での回答を求めていました。




「私達は、法人化という案の是非以前に、ばんえい十勝の競馬運営の将来に関わる問題を、我々現場の人間も含めて同じテーブルで議論を積み重ねることを求めます。性急で、現場の知識や経験を踏まえた議論の積み重ねもない今回のようなやり方での運営形態の変更をするのでは無く、当面は今まで通り、帯広市による責任ある公正な競馬運営を続けていただけますよう、タックスペイヤーである帯広市民からの信頼を繋いでゆく上でも強く、お願い申し上げます」(調騎会の要望書より)




ちなみに、記者会見には、地元の主だった新聞社や通信社が参加していましたが、紙面に記事として掲載したのは、翌日の十勝毎日新聞だけでした。



●帯広市が文書で回答

帯広市は調騎会に対し、2月21日付で、「現在、具体的な意見や要望は受けておらず、本市においても現在公社化の検討は行っておりません」と文書で回答しました。



ただし、「ばんえい競馬の運営業務については、専門性が高く、業務量も多いことから、人材の安定的な確保が課題となっています」とも記しており、公社化などに含みを残しているとみるべきでしょう。現場関係者の警戒は続きます。