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『妻、小学生になる。』は残像の物語? 誰もが抱える、書き換えられない人生のストーリー

2022年02月26日 06:41  リアルサウンド

リアルサウンド

『妻、小学生になる。』(c)TBS

 時は流れる。長い時間が経てば、目の前にある商品はリニューアルされ、やがて人も変わっていく。しかし、その大きな流れの中で、新たな“定番”として誰かの中に何かを残すことができたのなら。私たちは生きた甲斐があった、なんて思えるのかもしれない。


【写真】麻衣(蒔田彩珠)と蓮司(杉野遥亮)の淡い恋


 金曜ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)第6話は、死後10年を経て新島貴恵(石田ゆり子)が白石万理華(毎田暖乃)として生まれ変わったこと、そして起こしてきた小さな言動が着実に周囲の人々に変化をもたらしていることを実感する回となった。


 最愛の妻に先立たれゾンビのように日々を過ごしていた圭介(堤真一)は、もういない。職場の上司となる守屋(森田望智)を支え、リニューアルするトマト缶の「新定番レシピ」キャンペーンも自ら行動を起こすことでピンチを乗り切ってみせる。さらに、寺カフェに集まるおなじみのメンバーを招くバーベキューの幹事までこなしていくバイタリティも。


 もちろん、すべては貴恵のアシストがあってこそ。だが、以前は1から10まで貴恵が手掛けていたであろう部分も「小学生なのよ」と言われると、自分でなんとかしなきゃという気持ちも高まるというもの。これまで貴恵が担っていた“温かな新島家の中心”が、圭介自身に変わっていることに本人はまだ気づいていないのだろう。だが“定番”とは振り返ればいつの間にか定着しているもの。貴恵の想いを受け継ぐ形で、圭介の愛されキャラを前提とした“新島家の新定番”となっていくのだ。


 そして、その温かな新島家のもとに、気づけば多くの仲間が集うようになった。その中には、万理華の母・千嘉(吉田羊)の姿も。高校生のころアルバイト代をすべて母親によってパチンコですられてしまったという過去からも、千嘉が故郷にも頼ることができなかった孤独が伺える。家族のぬくもりを知らない。だから、ホームパーティーのようなバーベキューもどのように楽しめばいいのかわからなかったのだろう。


 だが、千嘉も変わり始めていた。これまで万理華にひどい言葉を投げかけてきたことを、貴恵に真正面から叱られたのが大きなターニングポイントになった。孤立していては間違いを正してもらう機会さえ得られない。自らの意思でバーベキューへと向かったことは、大きな大きな一歩だった。


 そして「お母さん」呼びをなかなかやめない圭介の存在も、苦々しい顔を浮かべてはいるが、いい影響を与えているように思う。万理華の保護者たちと距離を取っていた千嘉にとって、「お母さん」と呼ばれる機会は少なかった。


 圭介によって何度も何度も投げかけられるその言葉は、やがて「自分は万理華のお母さんなのだ」と身体に、心に染み付いていく。それこそ定番化だ。今の中身は貴恵だったとしても、万理華に向けてしてあげられることを「お母さん」としてやっていきたい、そう思わせているのは、この言葉の効力ではないだろうか。


 また言葉といえば、「好き」という言葉を意識した途端に相手への気持ちが一層盛り上がることも。圭介の娘・麻衣(蒔田彩珠)の淡い恋は、なんとも微笑ましい。貴恵のように狩人になることはできなくとも、大事に大事に蓮司(杉野遥亮)との関係性を深めていく。だが、「彼女はいるんですか?」とストレートに聞く勇気が出ず「大切な人」と表現してしまったのは、歯がゆい限り。


 大切な人=恋人とは限らない。また蓮司の「いるよ、海の向こうに」という曖昧な返事もまたやきもきさせられる。海の向こうとは外国ともとれるし、地域によっては今生きている世界とは異なる“あちら側の世界”という意味にもなる。まだまだ謎に包まれた蓮司の背景を知っていきたいところだ。


 そして、密かに抱いていた圭介への想いを告げた守屋こそ、大切な人を亡くしていた過去が判明する。明るく振る舞っている人こそ悲しい経験をしているかもしれない、そんな繊細な部分を、このドラマはいつも思い出させてくれる。実の親にさえ「しっかりしなければ」と気張って生きてきた守屋だからこそ、過度な期待をせず、そして大きく失望することもなく、いつでも「なんでも聞きます」と甘えさせてくれる圭介の存在が嬉しかったのだろう。


 誰もが書き換えることのできない、人生のストーリーを抱えて生きている。それはときに自分を「こういう人」と縛り付けるものになったり、「こうありたい」と前を向かせるものになったり……。その定着した記憶や思いこそが、人の魂と呼ばれるものなのかもしれない。寺カフェのマスター(柳家喬太郎)が見ているのは、その残像のようなものなのだろうか。


 だとしたら、千嘉に「消えてくれないかな」と言われたときのパジャマ姿で現れた万理華の魂は、あの絶望を抱えた状態のままということか。もしそうであれば、1日でも早くその悲しみから解き放ってあげたいと思う。しかし、小説を書き上げた瞬間、それまでの記憶を失ったと思われる天才中学生小説家・出雲凜音(當真あみ)の例を見ると、“その日”が来たら、今度は貴恵の記憶が魂と共に抜き出てしまうのではないかと思うと気が気ではない。


 守屋の圭介への告白&ほっぺにキスを目撃してしまった貴恵の気持ちを思うと、そちらもまた複雑だ。愛すべきキャラクターたち1人ひとりの背景が紐解かれると共に、より多くの想いに寄り添いたくなる。現実社会では無情な時の流れに誰も抗えないからこそ、奇跡の物語である本作では、みんなが救われてほしいと願わずにはいられない。


(佐藤結衣)