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ベストセラー『応仁の乱』呉座勇一さんを名古屋大教授らが提訴 「オープンレターを削除する義務ない」

2022年02月25日 17:51  弁護士ドットコム

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ベストセラー『応仁の乱』の著者で、歴史学者の呉座勇一さんから求められている損害賠償100万円を支払う義務はないとして、名古屋大教授の隠岐さや香さんら12人が2月25日、債務不存在の確認を求める訴訟を東京地裁に起こした。


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●呉座氏「オープンレターは名誉毀損」と通知

発端は、国際日本文化研究センター(日文研)の助教だった呉座さんがツイッター上で、フェミニスト批評で知られる武蔵大学准教授の北村紗衣さんに対する誹謗中傷を繰り返していたことだ。



その後、北村さんやその支援者たちが差出人となって、2021年4月にインターネット上で「オープンレター~女性差別的な文化を脱するために」(オープンレター)を公開して、女性差別を生み出す文化から抜け出すよう呼びかけた。



このオープンレターの内容をめぐって、呉座さんは今年2月17日、名誉毀損されたとして、差出人ら17人に対して、オープンレターの削除と損害賠償計100万円の支払いを求める文書を通知した。



この通知書を受けて、隠岐さんら原告12人は名誉毀損にあたらないとして、今回の提訴に踏み切った。この日の提訴後、東京・霞が関で原告側が開いた記者会見で、隠岐さんは「この提訴が『女性差別的な文化』を脱するための大きな動きへとつながることを祈っています」と述べた。



●原告側「名誉毀損に該当しない」と反論

訴状などによると、呉座さんは2014年ごろから2021年3月にかけて、ツイッターで北村さんへの誹謗中傷発言を繰り返していた。アカウントは非公開だったが、呉座さんのフォロワーには読める状態だった。



北村さんがツイッターでこれを指摘し、双方は2021年7月に和解して、呉座さんは北村さんに対して誹謗中傷をおこなっていたことを認める謝罪文を自身のブログに掲載した(現在は削除されている)。



オープンレターはこの問題のさなか、2021年4月に公表された。呉座さんは2022年2月17日、オープンレターが、「北村氏を数年にわたって中傷していた事実」を適示したなどとして、名誉毀損にあたると主張する通知をおこなった。差出人16人と差出人を取り下げた1人に対してオープンレターの削除と損害賠償を求めている。



原告側の弁護団は通知書に対して、オープンレターの目的がネット上の誹謗中傷や差別をなくすことであり、公共性や公益性があったなどとしたうえで「名誉毀損に該当しないか、該当したとしても違法性が阻却されるために不法行為は成立しない」と反論している。



●処分理由にオープンレターの記載なし

なお、日文研は2021年8月、呉座氏のテニュア資格(任期のない定年制の採用資格)の取り消しを決定している(その後、呉座さんは日文研に対して、地位確認を求める裁判を起こしている)。



弁護団は、テニュア資格取り消しの処分理由にオープンレターの記載はないとして、オープンレターが呉座さんの法的地位を脅かした事実はないとしている。



●「懲戒審査事由説明書にはオープンレターの影響が明記されている」(追記・2月25日21時15分)

呉座さんの代理人をつとめる吉峯耕平弁護士から25日夜、弁護士ドットコムニュース編集部に、原告側の主張(「弁護団は、テニュア資格取り消しの処分理由にオープンレターの記載はないとして」の部分)に対する反論があった。



「停職処分の『懲戒審査事由説明書』には、(1)学会への影響、(2)日文研の職場環境への影響、(3)日文研の研究活動への影響、(4)日文研の研究教育職員公募への影響、と4つの影響があったことを記載した上で、(1)の説明として、『貴殿の不適切発言が公開されて以降、日本歴史学協会が声明を発表し、研究者等有志によるオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」がWeb上で国内外に公開されるなど、日文研の名前を不本意な形で国内外に知らしめ、日文研の学界における信用を失墜させた』とオープンレターの影響が明記されています。



また、解雇処分(テニュア付与撤回)について、処分の通知書面には、『上記の貴殿の行為によって、一般社会や学会における本センターの信用失墜を招き、その回復に見通しが立っていない』ことを理由として記載しています。ここで、『学会における本センターの信用失墜』とは、前述の通り、日本歴史学協会の声明とオープンレターを指します。すなわち、停職処分については、オープンレターが書面に明記されており、解雇処分も、『学会における本センターの信用失墜』という形で記載されています」



●「女性叩きの遊びはやめて」

提訴後に隠岐さんら原告3人と弁護団の神原元弁護士、北村さんが会見した。



神原弁護士は「オープンレターは、呉座氏の問題の背景にある女性差別文化をなくそうという趣旨の文書だった」と説明。「オープンレターの公表後、呉座氏は北村氏との和解が成立しているにもかかわらず、名誉毀損を主張して100万円を請求してきました。これは女性差別撤廃に対するバックラッシュ(反動)ととらえて、法的な手段で対抗せざるを得ないということで、提訴に至りました」と話した。



また、隠岐さんは、一連の騒動について「SNS上で女性叩きを『遊び』にしている人たちがいます。しかもそれに、大学や法曹界に関わる知的男性たちが参加しています。居心地が悪くなり、SNSをやめる女性研究者や文化人を多く見てきました」と指摘したうえで、次のように語った。



『オープンレター』が人々に求めたのは、女性を言葉で殴るような『遊び』の文化から距離をとってほしいということでした。私たちは誰かの玩具ではありません。遊びはもう終わりにして、大人の会話をしてほしいと思います」



●呉座さん「必要があれば司法の公正な判断を仰ぐ」(追記・2月25日21時15分)

提訴を受けて、呉座さんは25日、ステートメント( https://ygoza.hatenablog.com/entry/2022/02/25/191548 )を公開した。次のようにつづっている。



「私としては、オープンレター差出人の少なくとも一部は、名誉毀損であることを認めず、訴訟で争うことになる可能性が高いと想定しておりました。差出人の一部が当方と対話することさえなく債務不存在確認訴訟を提起しましたが、必要があれば司法の公正な判断を仰ぎ、名誉毀損状態を回復していく予定に変更はなく、粛々と対応していきます」