2022年02月19日 10:01 弁護士ドットコム
契約期間が決まっている有期雇用でも、勤続年数が5年を超えると定年まで働けるようになる。「無期転換」という仕組みで「5年ルール」などとも呼ばれる。
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ただし、例外もある。たとえば、大学の教員。有期雇用の教員については、「5年ルール」が適用されるのか、別の「10年ルール」が適用されるのか、その基準がはっきりしていないという。
このほど東京地裁で2つの判決があったので、現在地を紹介したい。
「5年ルール」は、労働契約法に記載がある。契約期間が5年を超えていれば、労働者の申し込みにより、次の更新で無期雇用に転換できるというものだ。
<契約期間を通算した期間が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。(労契法18条1項)>
ただし、大学教員には「イノベ法」と「任期法」という2つの法律で「10年ルール」という例外が定められている。
イノベ法(科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律)は、研究プロジェクトの中には、5年を超える長期のものもあることからつくられた。
一律の「5年ルール」適用は、研究機関の人事政策上の負担になり、また研究者のキャリア形成にとっても、プロジェクトの途中で契約が終わってしまうなど、マイナスに働いてしまう可能性が考慮された。
<労働契約法第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。(イノベ法15条の二)>
ただし、一律に適用されるわけではなく、条文で適用対象が定められている。以下はその一例だ。
<研究者等であって研究開発法人又は大学等を設置する者との間で期間の定めのある労働契約を締結したもの。(同1号)>
同じく、任期法(大学の教員等の任期に関する法律)も「10年ルール」を採用している。
<〔……〕任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。(任期法7条)>
こちらも無制限というわけではなく、条文上はいくつかの決まりがある。以下、一例をあげる。
先端的、学際的又は総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性に鑑み、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。(同4条1号)
要するに、単に大学に籍を置くというだけでなく、研究的な要素が必要とされていると言えそうだ。
ただ、教育機関における「研究」という概念にはあいまいな部分もある。大学のゼミや研究室のように、教育と研究がはっきり分離していないものもあるからだ。
この点については、法の制定段階から疑問が出ていた。共産党の田村智子議員は2013年の参院文教科学委員会で「研究者」の定義について言及している。
<例えば、大学で語学を教えている講師、非常勤講師が大変多くいます。〔……〕専ら学生の教育や試験、評価という業務を大学との労働契約としている非常勤講師の場合、これは研究者に当たるんだという判断、特例の適用であるかどうかという判断は、一体何によって行うんでしょうか>
<研究者だといって、五年を超えて申込みを、無期転換の申込みをしたと、だけど大学の側が、それはあなたは研究者だと、そういう扱いなんだと、私たちのところでは、それが不服だったら裁判で訴えろという話になっちゃうんですよ>
結局、明確な基準は示されないまま、法律が施行され、田村議員が指摘した通りの事態が起きている。具体的にみていこう。
今回紹介する2つの判決は、いずれも雇用契約書で「10年ルール」の適用対象とされていたものだ。
2021年12月16日に東京地裁(伊藤由紀子裁判長)で判決があったのは、専修大学でドイツ語を教える非常勤講師のケース。研究者だから「10年ルール」の適用対象だとして、大学側に無期転換を拒絶された。
ただし、雇止めされたわけではなく、裁判中も契約の更新が続いている。
原告は、大学から研究室や研究費の提供は受けていなかった。また、担当していたドイツ語の授業は初級から中級レベルまでだった。
裁判所はこれらの事情も踏まえ、原告はイノベ法や任期法のいう「研究者」に当たらず、「5年ルール」が適用されると判断した。専修大が控訴したため、東京高裁で争われている。
もうひとつ紹介するのは、2022年1月27日に東京地裁(三木素子裁判長)で判決があった東京福祉大学のケース。こちらは年俸制の専任講師が原告になった。研究室があり、大学から研究費も支給されていた。
原告は2013年に大学と1年間の有期雇用契約を結び、契約を更新してきた。しかし、2018年12月に契約満了を通知され、2019年3月に雇止めとなった。
原告は雇止め前の2019年1月に無期転換を申し込んでおり、「5年ルール」が適用されるかどうかが争点になっていた。
判決で裁判所は、任期法7条から原告には「10年ルール」が適用されると判断した。イノベーション法については具体的な判断をしなかった。
しかし、契約更新が繰り返されていたことや、大学側が契約満了を知らせる1カ月ほど前に、翌年の在籍を前提とした研究計画を承認していることなどから、契約更新についての「期待権」があると認定した(労契法19条2号)。
さらに、大学側は雇止めの理由として、原告の過去の問題行為をあげたが、当該行為のあとも契約が更新されていることなどから、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない」(労契法16条)として雇止めは無効とした。大学側が控訴せず、判決が確定している。
この専任講師は「10年ルール」の対象者とされ、現在も有期契約となっている。ただ、判決内容からすると、今後に大きな問題を起こさない限り、再び雇止めはできないだろう。
代理人だった指宿昭一弁護士も、「個別の結果だけで言えば、この内容でも職場復帰できるので大きな支障はない」と話す。
ただし、立法過程などから条文の趣旨を検討した専修大事件と異なり、判決内容には問題が多いと分析する。
「判決には、大学側が任期法の『10年ルール』の適用を主張したように書かれていますが、実際にはそんな主張はありませんでした。だからこちら側も反論していません。さらに判決は任期法の前提条件を検討せず、あっさりと『大学の教員=10年』と判断している。そして、『10年ルール適用』という結論が出ているとして、原告と被告が激しく争ったイノベ法については、判断しませんでした」
無期転換の仕組みはスタートして日が浅く、もっとも早い労働者でも、転換の申し込みができるようになったのはおおむね2018年4月から。大学教員に限定すると、裁判例はまだほとんどない。
「今回のようなケースがイノベ法の対象になるのか判断してほしかった。『10年ルール』に関する任期法、イノベ法の解釈については、議論が整理されていません」
これらの問題が整理されるには、専修大のケースの高裁判断やそのほかの事例を待つ必要がある。
研究者の労働環境をめぐっては、「テニュア」と呼ばれる終身雇用権が得られるまでの過酷さ、不安定さも指摘されている。無期転換の仕組みをどう設計し、運用するかは学問の発展にもかかわる問題だ。