2022年02月19日 10:01 弁護士ドットコム
裁判で戦うときは、弁護士に依頼するというのが一般的なイメージだろう。しかし、さまざまな理由から独力で戦う「本人訴訟」を選択する人もいる。
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都内に住む荻野マリコさん(仮名)もその一人。勤務先で受けた「いじめ」を理由に会社を訴え、このほど勝訴判決を手にした。審理中、加害者に対する尋問もおこなったという。
「(会社側の)弁護士相手に法律で戦うのは大変でした。心身ともに負担があるので、人にはオススメしませんが、気持ちに区切りがつけられました」と話す。本人訴訟の秘訣を聞いた。
荻野さんは数年前、中途で入社した会社を3カ月ほどで退社した。原因は同僚男性からのいじめだった。
「誰にも言っていなかったのに、どこかで私の出身校を知ったみたいで。面と向かって『人生失敗』と言われたのでビックリしました。あいまいな笑いでやりすごしていたら、暴言がだんだんエスカレートしていきました」
荻野さんは有名大学の出身で修士号を持っている。同僚男性からすれば、小さな会社に入ってきた「高学歴の新入り」への嫉妬があったのかもしれない。
過激化する言葉の暴力と何もしてくれない会社。家にいると涙があふれるようになった。荻野さんの心は折れ、就職して早々に転職を決意することになった。
東京地裁に裁判を起こしたのは、退社して2年ほどしてから。法学部ではなかったから、一から勉強したという。
いじめ加害者を訴えた場合、居場所の特定が難しかったり、賠償金を回収できなかったりするかもしれない。相手は会社だけにしぼり、いじめを放置して安全配慮義務を果たさなかったという構成をとった。
弁護士に依頼しなかった理由を荻野さんはこう話す。
「転職を優先させたので心療内科には通院しませんでした。精神疾患などの診断がないので、重い被害は証明できない。勝訴しても安いから、弁護士も受けてくれないだろうと思いました。でも、決着はつけたかったんです」
労働局を通じた解決なども考えたが、裁判を通して元の会社にいじめの問題に向き合ってもらいたいという気持ちが強かったという。
「請求額が少ないと無視されてしまう可能性があったので、全額が認められることはないと理解したうえで、150万円を請求しました」
裁判で勝つため、弁護士向けの実務書もあさった。心がけたのは「冷静な文章」を書くこと。
訴えるくらいだから、心中は穏やかではない。しかし、感情に任せて怒りの言葉を並べたら、いじめ加害者と同じになってしまう。何より文章で説得するのは、被告側ではなく裁判官だと言い聞かせた。
「思いの丈を書いては品位がないからと消し、プロのサンプルを読みました。結果、ぶちまけたいことの100分の1にも満たないかもしれないけれど、淡々と法的請求をする訴状が完成しました」
「相手はもちろん憎いですが、向こうには向こうの言い分がある。やっつける、懲らしめるということではなく、相手へのリスペクトはなくさないようにと思っていました」
しかし、どれだけ心がけても、会社側の反論が届けば、やはり怒りはわいてくる。
「会社側はいじめはなかったという立場ですから、こちらの神経を逆なでするような主張ばかり。冷静さを保つのは本当に大変でした。法律家には『冷静な第三者』として、訴訟が余計にこじれることを防ぐ役割もあるのだなと気づかされました」
裁判では、いじめ加害者の男性を呼び出し、荻野さん自ら尋問した。無料相談を利用して、地元の弁護士に尋問のコツを聞くなどして準備を進めたが、やはり顔を合わせるのは怖かったという。
「待合室では震えていました。このときばかりは、一人なのが心細かったです。代理人がそばにいるだけで安心できるんだろうなと」
ただ、尋問が始まったら想像以上にうまく話せたという。
「相手が、裁判官からの印象が悪くなるような言動を繰り返していたんです。『勝てるのでは』と思ったら、気持ちが軽くなりました」
裁判では、本当に暴言があったかどうかが争点になったが、荻野さんが毎日つけている日記の記述が決め手になり、会社側に10万円の賠償が命じられ、今年確定した。
現在、荻野さんは法律事務所で働きながら、司法書士を目指している。
「職歴に穴が空いているので、資格を取るしかないと思い、訴えた会社を辞めてから勉強をはじめました。私の裁判のことは事務所の弁護士も知っていますが、公私混同になるので相談はしませんでした。だからこそ、今回の結果は自信にもなりました」
司法統計によると、簡易裁判所の事件などを含め、民事訴訟の多くは本人訴訟。荻野さんのような地裁で扱う労働事件に限っても、双方に弁護士がつくケースは85.7%(2020年度)。本人訴訟が一定程度ある。
ただし、これら本人訴訟の多くには、何らかの形で司法書士がかかわっているといわれる。代理人になれるのは簡裁事件に限られるが、書面の作成などで本人訴訟を支援するケースが多いのだという。
法律上、司法書士にできることは限られており、裁判所も代理人のいない本人訴訟を嫌う傾向にある。訴訟をするなら可能な限り、弁護士に依頼すべきだが、案件によっては引き受けてもらえないことがあるのも事実だ。
「弁護士が引き受けてくれなくても、私のように『落とし前』をつけたい人はいる。司法書士に合格したら、そういう『費用倒れ(=赤字)』案件について、後方支援などができれば」と荻野さん。ゆくゆくは司法試験の受験も考えているという。