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『ファイトソング』が描く“人に恋する喜び” 「スタートライン」が切なさを膨らませる

2022年02月15日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ファイトソング』(c)TBS

 TBS火曜ドラマで放送されている『ファイトソング』は清原果耶が主演を務めるドラマだ。


 児童養護施設「あさひ学園」で育った空手選手の木皿花枝(清原果耶)は全国大会で優勝し、日本代表に選ばれる直前だった。しかし、交通事故によって選手生命は絶たれ、スポーツ推薦で入った大学も辞めてしまう。


 脚本は連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『ひよっこ』(NHK総合)や『姉ちゃんの恋人』(カンテレ・フジテレビ系)などの作品で知られる岡田惠和。


 清原果耶主演の火曜ドラマを岡田が書くと知った時は、とても楽しみだった。『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)を筆頭とする火曜ドラマは、若者向けのキュンキュンするラブコメディを放送するドラマ枠。一方、清原果耶は若手の実力派俳優だが、『透明なゆりかご』(NHK総合)や朝ドラ『おかえりモネ』(NHK総合)といったシリアスな作品で影のある落ち着いたヒロインを演じることが多かった。


 影のある清原果耶を火曜ドラマでどう活かすかという難しい課題を与えられた岡田が「どんな脚本を書くのか?」と興味津々だったが、「まずは火曜ドラマに寄せて来た」というのが第1話の印象だった。


 事故から1年後、無気力な日々を送っていた花枝は幼なじみの会社でハウスクリーニングの仕事を始め、仕事先でミュージシャンの芦田春樹(間宮祥太朗)と出会う。


 第1話では、精神的に追い詰められ、周囲に対して心を閉ざす花枝と春樹の姿が描かれる。しかし2人のバックボーンは肝心なところが描かれていないため、序盤はうまく感情移入ができない。だが、春樹が「スタートライン」をピアノ演奏で歌い、伏せられていた花枝の過去が明らかになると、切なさが膨らみ、ドラマの中に一気に引きこまれた。


 この見せ方は大きな「賭け」だったと言える。ここで春樹が歌う曲に力がなければ物語は説得力を失ってしまう。だが、主題歌「Flow」を歌うPerfumeの「STAR TRAIN」をピアノバラードにアレンジした曲を持ってくることで、この難しい場面を見事に成立させた。


 「STAR TRAIN」は2015年の曲だ。当時のPerfumeの曲を聴くと2010年代後半の東京に渦巻いていた喧騒を思い出す。筆頭はドラマ『東京タラレバ娘』(日本テレビ系)の主題歌となった2017年の「TOKYO GIRL」だろう。作詞・作曲・編曲を担当する中田ヤスタカの、硬質なエレクトロなサウンドとPerfumeの儚げな歌声の対比には、そのまま2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、オリパラ)という未来へ突き進む東京が放つ強い勢いと「このまま進んでもいいのだろうか?」という不安が、同時に刻印されていた。


 2020年の新型コロナウイルスのパンデミックによって大打撃を受けたのはスポーツと音楽を筆頭とするライブ系のエンタメ業界だったが、『ファイトソング』が挫折したスポーツ選手とミュージシャンの話になると知った時には、とても象徴的だと感じた。


 事故と病気が続けざまに襲ってくる花枝の状況も「作り込み過ぎだ」と当初は感じたが、コロナ禍に入り「病気や死」に対する距離感が大きく変わった私たちの現実を映しているようにも見える。ドラマチックに作り込まれた人物造形の背後には今、私たちが直面している苦しい現実が見え隠れする。だからこそ、花枝と春樹を見ていると切ない気持ちになる。


 ピアノバラードにアレンジされた「STAR TRAIN」には、1年遅れのオリパラが終わった後もコロナ禍が続き、閉塞感が覆う東京の疲弊した空気が込められているように感じた。だからこそ、この曲が“スタートライン”なのだろう。


【動画】Perfume 「STAR TRAIN」MV


 第1話で「これぞ火曜ドラマ」というキュンキュンするシチュエーションを描ききった『ファイトソング』だが、第2話からは岡田惠和が得意とするラブコメディへと変わっていく。


 いい曲を書けないと事務所から契約が切られてしまう春樹は、曲を作るために「恋する気持ち」を知りたいので「2カ月だけ付き合ってもらえないか?」と花枝に提案する。一方、花枝は交通事故の時に見つかった聴神経腫瘍を摘出することになる。手術に失敗すれば耳が聴こえなくなるかもしれない花枝は「思い出を作っておいた方がいいんじゃないかな」という医師の意見を聞いて、春樹と付き合うことにする。


 本作は恋愛ドラマというよりは、人に恋する喜びをゼロから発見していくラブコメディだ。クールな視線で現実を見つめながらも、そこで生まれる恋のようなものをついつい楽しんでしまう花枝の距離感は、ドラマ『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)などでも描かれた岡田惠和が得意とする人物描写だ。何より落ち着いた口調で話す清原果耶の芝居と相性が良く、彼女の魅力を活かしたシチュエーションとなっている。


 恋人を演じながら、そのシチュエーション自体を楽しむ花枝と春樹の姿は、テレビドラマというフィクションの反映にも感じる。先が見えない苦しい時代が続くが、恋をしている瞬間だけは不安を忘れて楽しく過ごせる。『ファイトソング』はそういうドラマになってくれるはずだ。


(成馬零一)