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三月のパンタシア、P丸様。への提供曲も話題 神聖かまってちゃん の子、若者の心を引き付け続ける理由

2022年02月13日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

三月のパンタシア『邂逅少女』

 2008年結成の神聖かまってちゃんは、インターネットとリアルを行き来する活動スタイルや、衝動的なパフォーマンスで音楽業界に衝撃を与え、2010年代には10代、20代の若者を中心に大きな話題になった。当時20代だったメンバーも今では全員30代後半になり、バンドは今年で15年目を迎えるが、彼らのファンにはいまだに少年少女が多い。神聖かまってちゃん関連のYouTube動画のコメント欄には、おそらく若いファンからと思われる「この曲に救われた」といった書き込みがあるし、の子の配信には「いじめられていて辛い」「死にたい」「学校やめたい」といったコメントが寄せられることも少なくない。世代を超え、の子と若者を今も繋ぐものは何なのか。


(関連:神聖かまってちゃん『進撃の巨人』OPテーマ「僕の戦争」がヒット 新機軸の作品として成立させたの子の職人性


 まずは、の子がソングライターとして近年楽曲提供した作品から考える。最新作は、今年3月にリリースされる三月のパンタシアのアルバム『邂逅少女』リード曲「花冷列車」。“三パシ”の愛称で10代から20代に人気の三月のパンタシアは、ボーカリスト・みあを中心としたクリエイターユニット。イラストレーターやコンポーザーとコラボレートしながら、音楽、イラスト、小説など複数のコンテンツで、青春のきらめきや苦悩を描いている。の子が作曲を担当した「花冷列車」は、三パシの世界観と、それを表現するみあの儚い歌声にもフィットする切なくも爽やかな曲調。舞い散る桜の花びらに春の息吹を感じるが、頬や髪を撫でる風はまだ冷たい。そんな春の始まりの絶妙な温度感が伝わってくるメロディだ。そこに、みあの思春期の揺れる感情を綴った切ない歌詞が重なることで、青春のほろ苦さと、それでも瑞々しく美しい若者の姿が浮かび上がってくる。


 「花冷列車」で若者の美しさを描いたのに対し、2021年にP丸様。へ提供した「とっても大好きっ!」では、現代の若者文化に浸透した“病み”の部分を表現している。この曲は、サビの〈とっても大好きっ!殺したいくらい〉という歌詞が象徴するように、愛情が暴走し、狂暴化する思いをポップに昇華させた作品である。跳ねたリズムとP丸様。のキュートな歌声、そしてキャッチーさの中に不穏さをミックスしたメロディで、楽しさと狂気が絶妙なバランスで共存している。〈メッセージたくさんDMして〉〈既読がついてもあの子が邪魔だなあ あたしの恋人に付き纏うな害虫めっ!!〉〈殺しちゃえば君も永遠に手に入れられるのかなあ〉といった過激な愛情を表現した歌詞は、行き過ぎた“推し活”の行方にも読み取れるし、SNSや歌舞伎町にいる“ぴえん系女子”の激烈な心情と共鳴するようにも感じ、の子がZ世代のカルチャーにも踏み込んでいることがわかる。


 過去の作品になるが、若者の影の部分に共鳴する楽曲として、2011年4月に藤和エリオ(CV:大亀あすか)をボーカルに迎え、エリオをかまってちゃん名義でリリースされた「Os-宇宙人」にも触れたい。同年に放送されたアニメ『電波女と青春男』のオープニングテーマでもある本楽曲は、社会から孤立する自分と唯一繋がってくれる“あなた”への想いが描かれたラブソング。もちろんアニメのストーリーや、の子とリスナーの関係性にも重なるが、東日本大震災発生後の社会に蔓延した居心地の悪さから救い出してくれる歌にも感じられる。この年を表す漢字が“絆”だったことが象徴するように、この頃テレビでは“人との絆”や“繋がり”といった言葉が乱発され、表面的な一体感が社会全体で強制されている空気感があった。そんな時代に放たれたこの曲が、社会で浮いていてもいい、それを受け入れてくれる人がいるということを切実に訴えかけることで、人との繋がりを上手に作れない若者の孤独に寄り添っていたように思えたのだ。


 これらの作品からわかるように、の子は、青春時代を瑞々しく生きる若者という恒久的な美しさと、時代と共に変化する若者の暗部、いわば若者の陽と陰の両方をキャッチし、ソングライターとして楽曲に落とし込んでいる。その才能の根源は何なのか。


 神聖かまってちゃんの最新曲である2021年2月リリースの「僕の戦争」は、英語から日本語へ歌詞が切り替わるのをきっかけに、楽曲の描く情景が空想世界から誰もが知る帰り道に変わり、学校を戦場と捉える少年少女の悲哀が現れる。


 2020年1月リリースのアルバム『児童カルテ』にも、実際の事件をモチーフにした「るるちゃんの自殺配信」や、ネットとリアルの両方の世界で自分を削りながら生きる少女の姿を描いた「毎日がニュース」など、現代の若者を独自の視点で捉えた作品が複数収録されている。このように自身の学生時代の実体験を元に生み出した楽曲や、今の社会を生きる若者を客観的に描いた楽曲など、視点を自由に移動させながら、の子は若者の美しさや苦悩を楽曲で昇華し続けている。そしてステージでは、学生時代を抜け出してから20年が経過した今も、リストカット痕だらけの腕でエレキギターを掻き鳴らし、〈死ねよ 佐藤〉と、自分をいじめた相手の名を叫んでいるし、その表情は観客に見せるためのパフォーマンスの域を超えた気迫に満ちている。


 長きにわたるバンド人生において、音楽性を進化させてきたの子だが、彼の創作における魂は今も10代に生き続けているように見える。それが長年若者の心を引き付ける作品を生み出せる理由であり、神聖かまってちゃんの楽曲が持つ美しさと悲哀の根源なのかもしれない。(南明歩)