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「あなたたちは聖職者だから」現場の教員は立ち上がった 「#教師のバトン」を振り返る

2022年02月13日 07:41  弁護士ドットコム

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文部科学省が昨年3月、働き方改革の実例や教えることの魅力などのSNS投稿を現役教員から募った「#教師のバトン」プロジェクト。当初の想定や思惑に反して、長時間労働に苦しむ現場からの悲痛な声が相次ぎ、社会的に大きな反響を呼んだ。


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2016年から教職員現場の過酷な働き方についてツイッターで発信し、この間の経緯などをまとめ、昨年末に刊行された「#教師のバトン とはなんだったのか」(岩波ブックレット)にも寄稿した岐阜県内の公立高校の教師、斉藤ひでみさんに現状の問題点や今後の課題などについて話を聞いた。(ジャーナリスト・小西一禎)



●「誰かに見てほしい」「文科省に見てほしい」

――「#教師のバトン」は、何を浮かび上がらせたのでしょうか。



多くの教員が声を上げて、ネット上のデモみたいになりました。みんなが集まれるような旗印を、まさか文科省が作ってくれるとは思いませんでした。文科省としては、違う思惑があったにせよ、現場の人たちに発信してほしいという思いもあったのでしょう。このハッシュタグは大成功だと思います。



以前は、愚痴や独り言などが多かったのが「誰かに見てほしい」「文科省に見てほしい」など、目的意識を持つ投稿が増えました。



――公立学校の教員に適用される「給特法(きゅうとくほう)」の改正を訴えています。



教員には残業代が支払われない代わりに、月給の4%に当たる「教職調整額」が支給されます。調整額を増やすだけの制度改正は、法改正ではありません。ベストは廃止ですが、そこまでいかなくても、極力廃止に近づいてもらいたいです。



授業については、好きでやってるのでいくらでもやるということで良いと思いますが、授業以外のありとあらゆる業務について、ちゃんと残業代を出すべきではないでしょうか。いろいろ考えた結果、それに尽きるのではないかと思っています。



一方で、ツイッターで発信する教員のうち、ごくわずかですが「給特法は、部活の顧問を断るための必要な武器だ。なくなっては困る」と固く信じている人もいます。手当が出る残業として認められていない訳ですから、命令をすることもできないと。



●「先生、忙しいから」と生徒が遠慮

――学校現場の実情は、どんなものなのでしょう。



先生が疲れているとか、長時間労働でブラックだということは全員が知ってるような話ですよね。相談をしたくても「先生、忙しいから」と遠慮してる生徒がたくさんいます。少し悩んでいたり、深刻な悩みじゃなくてちょっとした世間話をしたりする時間も含めて、教員が生徒と一緒にいられないのが実情です。



そうなると、いざ深刻な事態に直面した時に、頼れる人として悩みを打ち明けるような存在ではなくなってきています。生徒は「もう誰にも頼れない」と思い、SNSで会ったこともない人に相談するような事態が起きています。



多忙すぎて授業の準備がほとんどできないまま、授業せざるを得ない先生が山ほどいます。準備が不十分な授業を受ける生徒は、その教科を好きになれるはずがありません。受験のためには「学校の授業だとわからないから、やはり塾に行かなきいけない」と考えることになります。



生徒が容易に相談できない、授業の質が明らかに落ちている、という2つの問題が生じています。



●先生は「特殊なんかじゃない」

――「教師は聖職者」だという考えが根強いと言われています。



かつては「聖職者」を矜持としていましたが、今の教師はあまりピンときていません。「普通の労働者だから、残業代を欲しいし、もらうべきだ」と考えてる人がめちゃめちゃ多いです。教員の特殊性に触れた給特法の第一条に苛立っているのでしょう。



「特殊なんかじゃないし、そう言わないでほしい。普通に残業代を払ってもらいたい」と、自らで特殊性を疑っています。自分たちは労働者との前提です。



――教員の認識や気質が変わってしまったのですか。世代、時代、あるいは・・



そこは私も興味深いです。50年前の教育現場は聖職論に立っていた人が多かったのかもしれません。10年前から教壇にいますが、既に当時の職員会議は校長の補助機関、諮問機関でした。会議で、すべての先生が発言し、物事を決める雰囲気はほとんどありませんでした。20年ぐらい前からそんな感じなのではないでしょうか。



今の職員会議は、校長や一部の教員が考えを伝達するだけの場所で、自分たちの裁量はありません。民間企業とあまり大差はないんですよね。校長が決めたことには従わざるを得ません。なかなか逆らえないですし、半ば命令だと受け取っているのが現実です。ただ、教室での授業だけは、裁量を持って臨んでいます。



●「困っている生徒がいたら、残業代なんか関係ない」

――現状の問題点は、どこにあるのでしょうか。



私自身も「聖職者」という言葉には違和感がありますが、授業の準備にいくらでも時間をかけています。そこは大事にしていきたいと考えます。教師としての矜持みたいなものでして、残業代がなくても、やり続けたいと思っています。



困っている生徒がいたら、残業代なんか関係なく、そばにいます。本当に好きでやってます。多くの先生がその意識を持ってると思います。聖職性を、授業準備で発揮する人、部活で発揮する人、生徒の悩みや相談に乗って発揮する人、それぞれいます。



しかし、それを「あなたたちは聖職者だ」「あなたたちのすべての残業は、自発的勤務だ」と校長から言われたら、ブチ切れますよね。国からとか、制度として法律で規定されてしまうと「話がおかしいよね」と思ってしまいます。



やらされ仕事、「せざるを得ない残業」と名付けていますが、それを労働と認めて、ちゃんと残業代をつけろという話なんです。押し付けられている仕事が山ほどあって、本当に聖職性や自発性を発揮する間もなく、やらないといけない仕事で、何時間も残業してるっていうのが、今の教員の姿なんです。



――この先、どのような活動を考えていますか。



教員の現状をきちんと把握した上で、物事を進めたいので、しっかりとしたエビデンスに当たっています。給特法については、オンライン署名活動を考えています。教員それぞれがお互いピースを埋め合って、自分たちの働き方の問題を同じ方向で訴えないと、法改正という奇跡は起きないだろうなと思っています。



現状から1歩進んで、多くの教員が顔を出して立ち上がれば、劇的に展開するような気がします。今は、その前段階として、山のような数のアカウントが発信を続けているということだけでも、一定程度力を持っていると思っています。



【取材協力】斉藤ひでみ(本名・西村祐二):1979年、兵庫県生まれ、関西学院大学卒。32歳から岐阜県高等学校地歴科教諭として勤務。2016年8月より「斉藤ひでみ」名で、教育現場の問題を訴え続け、国会や文部科学省への署名提出、国会での参考人陳述などを行う。共著に『教師のブラック残業』(学陽書房)、『迷走する教員の働き方改革』『#教師のバトン とは何だったのか』(岩波ブックレット)、『校則改革』(東洋館出版社)。名古屋大学大学院博士課程に在籍中、研究テーマは「教員の多忙化や校則問題」。



【筆者】小西 一禎(こにし・かずよし):ジャーナリスト。キャリアコンサルタント、プロコーチ。慶應義塾大卒後、共同通信社入社。2005年より本社政治部で首相官邸や自民党、外務省などを担当。17年、妻の米国赴任に伴い、会社の「配偶者海外転勤同行休職制度」を活用し、妻・二児とともに渡米。20年、3年間の休職満期につき退社。21年、帰国。米コロンビア大東アジア研究所客員研究員を歴任。駐在員の夫「駐夫」として、各メディアへの寄稿・取材歴多数。18年に「世界に広がる駐夫・主夫友の会」を設立し、代表。執筆分野は、キャリア形成やジェンダー、海外生活・育児、政治、メディアなど。著書に『猪木道――政治家・アントニオ猪木 未来に伝える闘魂の全真実』(河出書房新社)。