トップへ

カツセマサヒコ、燃え殻原作映画も 名曲「エイリアンズ」が“青春の記憶”に与える作用

2022年02月12日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『明け方の若者たち』(c)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

 自らの青春時代を振り返る時、その時期によく聴いていた楽曲を同時に思い起こす人は少なくないと思う。多くの人にとって、青春時代を象徴するような思い出の楽曲があるはずで、その必然として、青春をテーマとした小説や、映画、ドラマといった映像作品には、実在のポップミュージックが登場することが多い。


【参考】「エイリアンズ」音源


 2022年の5月には、ある楽曲を大きくフィーチャーしたドラマが配信される。それが、Hulu独占配信の『あなたに聴かせたい歌があるんだ』である。今作の物語の軸となるのは、音楽リスナーから強い支持を集めるキリンジの代表曲「エイリアンズ」だ。また、現在公開中の映画『明け方の若者たち』においても、ある非常に重要な場面で同曲が登場する。なぜ、20年以上も前にリリースされた楽曲が、今、この2つの作品において鍵となる要素として参照されているのだろうか。


 まず、『あなたに聴かせたい歌があるんだ』を書き下ろした作家の燃え殻のバックグラウンドに迫っていきたい。1973年生まれの彼にとって、90年代は、10代後半~20代を過ごした青春時代であり、実際に、彼の代表作『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)には、小沢健二の楽曲をはじめとした90年代のカルチャーが数多く登場する。そして、キリンジの結成は1996年であり、燃え殻は、青春時代に同バンドから大きな影響を受けている(ちなみに、燃え殻というペンネームは、元キリンジの堀込泰行が、2005年にソロ名義の『馬の骨』としてリリースした1stシングルの楽曲名から拝借したものだ)。


 そして、燃え殻にとって、90年代という青春の季節が終わりを迎えようとしている2000年にリリースされたのが「エイリアンズ」であり、同曲は彼にとって、その後も否応もなく続いていく人生における一つの節目としての意味合いがあったのではないかと思う。燃え殻は、2000年に27歳を迎えており、彼の実体験がベースとなっている『あなたに聴かせたい歌があるんだ』は、大人になった27歳の主人公・萩野智史(成田凌)が10年前の「あの時」を振り返る物語となっていることが、その何よりの証左だ。


 しかし一方で、『明け方の若者たち』の原作者であるカツセマサヒコは1986年生まれであり、燃え殻とは異なる世代である。これはつまり、「エイリアンズ」という楽曲が、世代を超えるほどの求心力を秘めているということなのだと思う。インターネットが普及した現代においては、誰もが容易に、そしてフラットに過去の楽曲にアクセスすることができる。だからこそ、カツセが音楽ファンの間で時代を超えて愛され続ける「エイリアンズ」に出会い、魅了されたことは何ら不思議なことではない。実際にカツセは、「『彼女がこの曲をアラームソングにしていて、ラブホテルで聴く』という設定だけは、書く前から決めていました。一番描きたかったシーンのひとつです」と語っており、同曲への強い思い入れが伝わってくる。


 それでは、世代を超えて愛され続ける「エイリアンズ」とは、どのような楽曲なのか。同曲の歌詞には様々な解釈ができるような奥行きがあるが、例えば「青春」という補助線を引くと、そうした季節に特有の切なさが浮かび上がってくる。映画『明け方の若者たち』でも引用された〈踊ろうよ さぁ ダーリン ラストダンスを/暗いニュースが 日の出とともに街に降る前に〉という一節は、永遠のように思えた〈キミ〉との日々は、いつかは終わることを示唆している。また、歌の中に何度も登場する〈魔法〉という言葉は、「いつかは解けてしまうもの」と読み替えることができる。穏やかで美しいメロディにのせて歌われる歌詞の背景には、こうした残酷な現実が横たわっており、そして、その現実と折り合いをつける時に、人は青春時代を終え、大人になるのかもしれない。この楽曲は、このように「青春」の本質を鋭く射抜いているからこそ、世代を超えて、聴く者の心を動かすのだと思う。


 他の例を挙げると、Netflixで実写化された『ボクたちはみんな大人になれなかった』では、小沢健二の楽曲が大きくフィーチャーされており、主人公の2人による文通のやりとりの中には、スチャダラパーとの共作曲「今夜はブギーバック」が登場する。そして同曲は、映画『モテキ』においてもエンディングテーマとして大々的に用いられている。これらは、90年代の楽曲がその時代を生きた者にとっての「青春」の象徴として登場する例であるが、たとえリアルタイム世代でなくても、こうした映画を通して過去の名曲の普遍的な魅力に気付き、インターネットを通してディグっていく観客は多いだろう。昨年には、2010年代の楽曲が重要な役割を担った『花束みたいな恋をした』が大ヒットを記録したことが記憶に新しいが、こうした映画とポップミュージックの幸福な関係は、これから先も続いていくと思う。


※参考
https://www.shinchosha.co.jp/book/351011/
https://cakes.mu/posts/17430
https://realsound.jp/book/2020/06/post-564831.html


(松本侃士)