2022年02月12日 09:21 弁護士ドットコム
ネットのニュース記事の見出しに、【独自】と付けられている記事がある。
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ほとんどの大手一般紙・全国放送のキー局が運営するニュースサイトでも、使用されている。
各社各局に、独自ニュースのそれぞれ何をもって【独自】としているのか。基準について、全国紙5社・テレビ4局の回答を踏まえたうえで、独自記事のありかたを景品表示法に詳しい弁護士に聞いた。(編集部・塚田賢慎)
【独自】表記がついた見出し記事とは、どのようなものか。読売新聞オンラインが1月1日の新年一発目にサイトに出した【独自】記事を紹介する。
【独自】米高速炉計画に日本参加へ…「もんじゅ」の技術共有、国内建設にも活用
〈米原子力新興企業と米エネルギー省による次世代の高速炉の開発計画に、日本が参加することがわかった〉(記事冒頭を引用)
「~がわかった」で始まるスクープ記事だ。
昨年12月に発売されたばかりの「三省堂国語辞典(第八版)」をひもとくと、「独自」とは「ほかとちがって、特別であるようす」という意味のほかに、「(報道で)特ダネ。独自取材によるニュース」と説明されていた。
ただ、こうした単純な説明ではなく、もう少し深く、メディア各社がどのような考えを持って、記事に【独自】を付けているのか知りたい。そのうえで、【独自】記事のあり方を探してみたい。
というわけで、弁護士ドットコムニュースでは、ニュースサイトを運営する大手新聞各社・テレビ各局に対して、質問への回答を依頼した。
(質問1)【独自】見出しをつける基準
(質問2)いつから使っているのか
なお、【独自】使用を確認できなかった社にも、その理由を聞いている(質問はファクスやメールで1月7日に送った。期限は1月19日に設定)。
【独自】を使っている新聞・テレビ
・読売新聞 ・朝日新聞 ・産経新聞(〈独自〉を使用) ・日本テレビ ・TBS ・フジテレビ ・テレビ朝日
【独自】使用を確認できなかった新聞・テレビ
・日本経済新聞 ・毎日新聞 ・NHK
ここからは、各社の回答を紹介する。日本テレビをのぞく9社が回答してくれた。
・TBSテレビ社長室広報部
・株式会社フジテレビジョン広報推進部
・産経新聞社広報部長
・読売新聞グループ本社広報部
・テレビ朝日広報部
・NHK広報局
・朝日新聞社広報部
・毎日新聞社社長室広報担当(「使っていません」と回答)
・日本経済新聞(「使っていません」と回答)
各社の回答からは、ぼんやりながら、独自ネタに関する各社のスタンスがうかがえる。
また、読売新聞の回答からは、当局が記者クラブ等に発表するような情報でも、場合によっては【独自】としていたものの、今ではその運用を中止したという経緯もわかった。記者が入手した読売新聞社内の【独自】表記に関する資料と照らしあわせても、今回の回答内容に矛盾する点はなかった。
さて、大手メディアの回答も踏まえつつ、【独自】を見出しに付ける記事をどのように考えるべきか。かつて公正取引委員会に勤め、景品表示法違反等の事件を手がけた池田毅弁護士に聞いた。
「弁護士の立場を離れて思うのは、そもそも、ニュースとは本来独自の取材に基づくものであって、会社の定義によっては、すべての記事に【独自】を付けなければいけないのではないでしょうか。
【独自】とわざわざ自分で言わないといけないというのは、日本に独自ニュースが少ないことを表しているかのようです。
政府や省庁の発表、首相の発言など、いわゆる大本営発表に日本のニュースの多くは頼っていて、他社と似たり寄ったりで、互いの記事を追いかけている。今回の各社の回答からは、ある意味、そのような自認を感じ取れます。
反面、せっかく、独自とうたう媒体が増えているのであれば、今後の発展を見守っていきたいという思いもあります。公式発表だけを報じるよりよほど良いことですから。
さて、法的には、ニュース記事の見出しに関係するのは、景品表示法か不正競争防止法になるかと思います」
景品表示法(景表法)は、商品やサービスの不当な表示を規制する法律だ。同じネット記事でも、テレビ局と新聞社のものでは考え方が変わるという。
「消費者庁の今の運用としては、有償の対価が支払われる役務に関して表示がなされた場合、景表法が適用されます。テレビの民放は基本的に無料で観れますし、NHKの番組もまた、受信料とはなんぞやという議論はありますが、テレビ局のニュース記事に景表法を適用するのは難しいのかなという感じがします。
一方、新聞は、基本的に有料ですが、そのコンテンツ(記事)は景表法上の『表示』にならないのが一般的です。通常はコンテンツが媒体の性能を表しているわけではないからです。
たとえば、『アガリクスでガンが治る』という本があるとして、それを読んだときにガンが治らない場合、優良誤認(=商品やサービスの品質、値段などについて実際のものより著しく良いと誤認させる広告表示)になるとすれば、それはその本ではなく、アガリクスです。
ただし、【独自】とは、コンテンツそのものではなく、この新聞に載っている記事が独自のスクープであるという表示です。その趣旨としては、『うちの新聞すごいだろ』ということを言いたいわけです。
ですので、新聞記事の【独自】という見出しは、例外的に媒体である新聞の性能を表しているので、景表法の対象になりえると考えてよいと思います」
ただ、【独自】を対象として、ただちに景表法違反になるかというと、それはもちろん、ニュースの質次第だと考えられるという。
「景表法が規制するのは、その表示が虚偽・真実に反していたときに、であれば消費者がその商品を買わなかったのにというほどのものだったかということです。
要するに、独自スクープを売りにする週刊誌の独自記事が、実は独自じゃなかったのであれば、読者は買わなかったかもしれません。一方で、ある新聞が【独自】としたけど、実は別の新聞や週刊文春が先に報じていたときに、それならその新聞を買わなかったという程度に重要なものかということが問題となります。
今の一般紙が【独自】とした記事に、実は独自性がなかったとき、そう簡単に景表法違反が認められることにはならないでしょうし、消費者庁が取り上げるハードルは相当に高いと思います」
「消費者庁が景表法違反とするよりも、よりありえるストーリーとして考えられるのは、不正競争防止法における誤認惹起表示(2条1項20号)ですね。
商品の品質・内容について誤認させるような表示をしたということになります。
ある社が【独自】の記事を出したのに、先に同じ記事を出した社があれば、【独自】を虚偽であるとして、後に出した社を不競法違反で訴えるケースはありえると思います。
ただ、マスコミ業界も狭い世界で、お互い様というところもあると思いますし、よほどのことでなければ、メディアがメディアを訴えることはしないでしょう」
【独自】とは少々異なる意味合いかもしれないが、商品の「日本初」「世界初」「ナンバーワン」表示もヒントになりそうだ。池田弁護士はクライアント企業から「世界初として商品PRしてよいでしょうか?」との相談を受けることがあるという。
「たとえば『この材料を使った食品は、我々が調べた限り、おそらく世界に他にないので、世界初と訴求してよいですか?』と相談されることがあります。
しかし、もしかしたら、海外の奥地で100年前に考えていた人がいるかもしれません。発売後に100年前のケースが発覚した場合、これは景表法における不当表示という結論になると思います。会社が頑張って調査したというのは言い訳になりません。
景表法の不当表示の成立には故意・過失の有無は問題となりません。世界初と言っていたのに、結局は世界初じゃなかった場合、過失がないから事業者を免責することにはなりません。
景表法は事業者と消費者の法律です。
会社に過失がないから、消費者が騙されてよいのかというと、そうではないでしょうということです」
1月7日に、12分差で【独自】の記事が2社から出されている。
記事の中身はまるっきり一緒ではないが、〈新型コロナの感染拡大をうけて、東京都が飲食店の人数制限を4人(以内)とする方針であることがわかった〉とする概要は共通している。
TBSのネット記事 【独自】東京都 “認証飲食店でも会食4人以内に”(11時28分配信、すでに公開終了)
フジテレビのネット記事 【独自】東京都 飲食店の人数制限8人から4人に見直しへ(11時40分配信、すでに公開終了)
テレビの番組で報じた内容をネット記事化したと考えれば、ネット記事の配信時間に重要な意味はないのかもしれないし、テレビの放送時点では先出しの順番は変わっていた可能性はある。しかし、先ほど紹介した「世界初」の理屈からすれば、実は12分前に報じられていたとなれば、【独自】と打ってもよいのかという議論はありえるだろう。
もちろん、他社が12分前に出した記事を見つけられなかったということもあるはずだ。
「ですから、【独自】の記事とは何か?と問われたときに、報道各社は『独自かつ一番に出す記事です』とは回答しないと思います。結果的に先行した他社とかぶってしまうことがありうるからです。
週刊文春ですら『日本初のスクープ』という言い方はしないのではないでしょうか。
各社の回答をみると、防衛線をはっていることがうかがえますが、消費者としては【独自】の記事に、役所の発表などの受け売りでないということはもちろんのこと、他がやっていないことであり、かつ他より先に出しているところまで期待しているんじゃないかとも思います。
発表によらずに、独自に取材したものという趣旨の回答もありましたけど、それって庶民感覚からすれば、本来は報道のすべてに当てはまるはずの当たり前のことですよね。
あえて【独自】って表示するからには、他よりも優れているという意味で使われていると思います。
自らの足で調査して記事を作るのは、マスコミの本分だと思います。消費者からすれば、公式発表をなぞって報じるのが例外であって、その本分をあたかも良いものかのようにうたうことには疑問があります。
今のところ、【独自】の意味は曖昧にされていますが、事業者であるメディア側の思いと消費者の認識はズレているかもしれません。
景表法において重視されるべきは、事業者の思いではなく、消費者の認識です。
とはいえ、決して、言葉狩りをするのが正しいとは思っていません。独自をうたうニュースメディアが週刊文春や週刊新潮など以外もに現れてきていること、独自性で競い合うことは健全であって、歓迎すべきです。
ただ、その際に、消費者が期待する【独自】は、自力で探すこと、他と違うことをすること、それをおさえた記事だと思います」
公式に回答してくれたメディア各社には頭が下がる思いだが、本音を言えば、各社とも、独自そのものの持つ意味について突っ込んで解説してほしいところではあった。
もう少し実態に近い感触を得たいと考え、報道現場ではたらくテレビ局の社員に話を聞いた。
「【独自】の基準は、横並びではないものです。たとえば、当局のレク(発表)・会見・リリースの情報は誰でもゲットできるものですが、それに対して、自分たちの独自の取材源から得た情報に【独自】と打つことで差別化を図っています」
ここの局では、5年ほど前に、「なんでもいいから【独自】を打て」と、【独自】がインフレを起こしていた時期があるそうだ。
「たとえば、殺人事件で、先んじて加害者の父親に独占インタビューをしたなら、【独自】でよいと思います。しかし、加害者の同級生にあたって、『こんな子でした』と人となりを取材した場合でも、【独自】としていた時期がありました。
それを繰り返しているうち、視聴者が【独自】に慣れてしまって、そもそも【独自】と考えられる記事の価値が下がるとして、自制したという経緯があります。他社も簡単に再現性のあるものを【独自】とするのは恥ずかしいよね、と」
ただ、このテレビ局は一枚岩ではなく、【独自】表記について、ニュース番組を作る部局と、情報番組を作る部局でも、考え方や方針は異なるそうだ。
報道畑の記者の発信のほうが【独自】記事が多いようにも思えるが、情報番組からの【独自】記事の打ち出しは負けていないという。
「視聴者からは区別がつかないことですが、報道は当局に記者を送り込んでいて、そうではない情報番組のディレクターは現場に行って足で稼ぐものなので」
ライバルとなる他社メディアの【独自】記事はどう見るか。
「マジで独自というときもありますし、どうでもいいものもあるし、ピンキリです。
スクープ性の高さは、視聴者からの期待が高まっているから成立します。テレビメディアも『過度なあおりをやめよう』というトレンドにあります。期待感だけをあおって、内容が薄ければ、信用を損なうからです」
取材を進めながら、これは「ブーメラン」になると青くなりました。弁護士ドットコムニュースのトップページには、こう掲げられています。
【専門家と連携し、法律トラブルや社会問題を独自視点で伝えるニュースメディアです。】
であれば、今回の記事も独自性があると主張したいところですが、【独自】表記は付けられません。
2021年11月30日に、コラムニストのプチ鹿島氏が文春オンラインにて、読売新聞の【独自】基準を先んじて取り上げているからに他なりません。
https://bunshun.jp/articles/-/50356
「既報のネタでも【独自】って?」「スクープとは違うの?」《読売新聞の【独自】って何だ問題》新聞表記の“素朴な疑問”を聞いてみた!
ネタの着想を得たタイミングは11月中旬だったので、文春の記事を読んだときには「アッ」と思ったわけですが、同様の思いをした経験は、記事を書く人なら少なからずあるはずではないでしょうか。
よって、今回の記事は【独自】を扱うものでありながら、二番煎じの恥ずかしさを感じながら出したものです。二番煎じながら情報のボリュームを増やして、さらに専門家の見解を得たことでようやく記事の形をなしました。
記事コンテンツに関する法規制としては、テレビにおいては放送法や、新聞においては新聞倫理綱領(こちらは法的拘束力なし)があります。真正面から【独自】を考える企画であれば、それらを検討するのが王道でしょう。今回の切り口は景表法や不競法を選びました。
【取材協力弁護士】
池田 毅(いけだ・つよし)弁護士
公正取引委員会に勤務し、景品表示法違反事件の審判などを担当。弁護士としても独占禁止法・景表法・下請法・贈賄規制法等で難度の高い事件を多数経験。ニューヨーク州弁護士・カリフォルニア州弁護士。2018年に独立し、独占禁止法・景表法等に注力する池田・染谷法律事務所を設立。
事務所名:池田・染谷法律事務所
事務所URL:https://www.ikedasomeya.com/