2022年02月12日 09:01 弁護士ドットコム
元AV女優で、現在は写真家・アーティストとして活動している大塚咲さんがアダルトグッズメーカーを相手取った裁判が今年1月、大塚さんの「勝訴的和解」を迎えた。
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引退して7年という歳月が経っても、自身の名を冠したアダルトグッズの「新作」が、無断で販売されたことに対して、大塚さんは損害賠償を求めていた。
「『一度脱いでいるんだし、裸に慣れてるのだから、何が起きても自己責任』というのはおかしい」。そう声を上げた大塚さんの2年半以上にわたる「闘い」を振り返る。(ライター・玖保樹鈴)
大塚さんが「大塚咲」の名前と写真を使用したアダルトグッズの「新作」が複数発売されていることを知ったのは、2019年6月のこと。SNSのフォロワーから「新作が宣伝されているけれど、AVに復帰したんですか?」と連絡があったことがきっかけだった。
自身の性器を「再現した」と銘打つ商品を目にした際、大塚さんは「全身の力が抜け、涙が出た」という。
パッケージに使われていたのは、現役時代に撮影された写真だった。そのときに残したサインが商品に刻印されていることを知った大塚さんは「これでは、本人が承諾しているという印象を与えてしまう」と危惧した。
かつての所属事務所は2018年に消滅していて、事前に連絡はなかったという。
「メーカーがAV女優という存在を軽んじているし、私は1人の人間なのにフリー素材のように扱われていると感じました」(大塚さん)
さらに、カメラマンとして、別のAV女優のアダルトグッズのパッケージ写真を撮影したところ、その商品に「奇跡のコラボレーション!」と書かれて、コラボ商品化されていることも知った。
引退してからも、自身をモチーフにした商品や、別の女優とのコラボ商品が発売されたことに「このままいくと、半永久的に『新作』を出されるのではと恐怖を感じる」「生身の人間なのに私の存在を無視して、まるでモノのように扱われていることに怒りもある」と思い、代理人弁護士を通して、メーカー側に販売停止を警告した。
メーカーは2019年7月31日までに販売を中止することを約束したものの、2020年になっても発売されている商品があった。このことから、プライバシー侵害・肖像権侵害・パブリシティ権侵害を理由に提訴を決めた。
商品販売の取り下げを申し立てた際、メーカー側は取り下げ自体は受け入れたものの、次のように「大塚さんに責任がある」という主張を展開した。
「その職業を容認した上で自身の裸体の動画を提供してプロダクションおよびAVメーカーを介して報酬を得ているわけですから今更羞恥心を著しく傷つけるとは私どもにとってはえっ?どうゆう(ママ)事?ですよ」
「写真は無許可で使用しているわけではなく、AVメーカーと出版社の合同企画で製作依頼を受けた際に受け取ったもの」
「商品のリメイクに関してはデザイナー代、新しい製版代と新たな料金が少なからず発生しますが、女性相手にそんなケチな話はしたくありません」
「今回におけるすべての原因は大塚さん自身にあることだけを自覚してほしいと思います」
「できれば今回の経験を売りにしてたくましく頑張ってほしいとも思います」
さらに裁判でも、メーカー側は「大塚さんに責任がある」という姿勢を崩さなかった。
「大塚さんが人気女優を撮影する夢のコラボというセンセーショナルな企画が一番の売りであった。このことは撮影の流れで説明している。撮影においても和気あいあいの中進行して協力写真も快く引き受けている。大塚さんはパッケージに写真が使われることを十分に認識している」
「大塚さん単独の商品は2016年12月に発売されたもので、2年6カ月も経って通知してきたのは理解に窮する」
「2020年6月現在も大塚さんのAVが公然とネット上で販売されているのはどう理解すればよいか? 大いなる疑問と矛盾を感じざるを得ない。正規の金銭的な契約で解決しているのであれば、現在も公然と販売されているいかなる恥ずかしい痴態の露出動画が販売されていても許容して平穏な暮らしを送っていたと解釈する」
「メーカー側の商品は成人向け商品の虚構の範囲内を逸脱するものではなく、表現の自由の範疇も超えるものではない。お互いに性産業に携わっているのであれば、性的に淫靡、卑猥なる下品な表現での争点は不毛である」
大塚さんは別の女優を撮影するにあたって、謝礼として、6万円を受け取っている。しかし、この6万円はカメラマンとしてのギャラであって、コラボ商品として名前や写真を使うことは許可していなかった。
また、いくら過去に脱いでいたとしても、現在はアーティストとして活動していることから、現在はヌードの公開を望んでいない。このころ、大塚さんは並行して、AV人権倫理機構(※)に作品の取り下げを申請していたものの、こちらも動画サイトでの販売が続いていた。
このことをもって、グッズメーカーは「現在も公然と販売されているいかなる恥ずかしい痴態の露出動画が販売されていても許容して平穏な暮らしを送っていたと解釈する」としたのだ。大塚さんの代理人の1人、神原元弁護士は「裸体の公開は毎回、本人の意思を確認するべきだ」と語る。
「人の裸体はプライバシー侵害の程度が最も著しいので、その公開についての同意は極めて慎重に扱うべきだと思います。一度公開されたから永久に公開してよい、なんてことはありえなくて、使用するたびに、毎回毎回、本人の意思を慎重に確認してしかるべきです」(神原弁護士)
さらにメーカー側は「使用写真は出版社から提供されたもので、その際に使用期間の制限やリメイクについての使用を禁止するとは聞いておらず、写真使用の制約は一切ない」とも主張した。
写真使用にあたって期間を設けなかったことや、契約書を交わさなかったことについて、グッズのうち1つに企画参加した別メーカーは、大塚さんと被告メーカー、写真を提供した出版社とAV制作会社と自社の関係が当時良好であったことから、裁判の過程で「なあなあ」の関係で始めたと陳述した。
しかし、いくら撮影時の雰囲気が「和気あいあい」で、関係が良好だったからといって、引退後も「なあなあ」で裸の写真の使用は許されないだろう。大塚さんは怒りをあらわにする。
「私の名前を勝手に使われたことがきっかけで、2019年に『さようなら大塚咲』という個展を開きました。愛着のあった名前を捨てようと思ったほど、この事件は私にとってはショックなものでした。作家活動を続けるうえで名前を変えることは難しいところがありますが、この商品の影響で、現在は名前を英語表記にしています」(大塚さん)
AVを引退してからも、現役時代の名前を使い続けている女性は存在している。大塚さんもその1人だ。
大塚さんはデビューした2004年から引退する2012年までの間、自身の名を冠した作品を何本も残しているが、現在のアーティスト活動をする中で獲得したファンは、そのころを知らない人も多い。
にもかかわらず、過去の姿を商品化されることは、活動に行きづまって再デビューしたイメージを持たれてしまう。そのことを根拠にパブリシティ権の侵害も訴えてきた。
大塚さんは、意見陳述で「昔の名前を使って活動しているのは、過去の知名度に頼っているからではと言われることがあるけれど、私にとって『大塚咲』は過去であり現在であり未来です。私は『大塚咲』でしかなく、『大塚咲』という作品を作り続けていく信念があります」と語った。
一方、メーカー側は「原告にパブリシティ権が成立するほどの著名性、世間一般の周知性は存在しない。パッケージの写真に着目して購入するものではない。したがって、原告に顧客吸引力は認められず、パブリシティ権が成立しない以上、パブリシティ権の侵害も成立しない」と、大塚さんの名前で商品が売れるものではないと反論した。
だが、その一方で、現役時代の大塚さんの商品に「人妻人気ナンバーワン」と銘打ったり、新たな商品にもサインを刻印するなど、「大塚咲」を全面に押し出していた。
「引退した女優の商品を出すのは、3年が限度だと私は思います。なのに、7年経っても商品ができるのは、過去の実績から売り上げが見込めると思ったからでしょう。このようなケースの前例は、私は聞いたことがありません」(大塚さん)
2022年1月、メーカー側が、商品の販売差し止めと在庫の回収と破棄、管理している大塚さんの写真などのデータの破棄と、今後大塚さんの名を商品や宣伝に使用しないことなどを全面的に受け入れて、和解が成立した。
大塚さんの代理人の1人、伊藤和子弁護士は、今回の和解について「引退後の肖像権やパブリシティ権が認められたのは大きい」と語る。
「AV人権倫理機構が設立されたことで、過去の作品は、ある程度ですが、削除することができるようになったけれど、過去の画像を勝手に使用されたことを争ったケースはこれまでに聞いたことがありません。
引退後の肖像権やパブリシティー権があることを前提とする勝利的和解が成立したことはとても大きく、今回の件が過去に出演していた人たちの権利を踏みにじって勝手に商品を作り、売り上げにつなげることへの抑止力になればと思います」(伊藤弁護士)
大塚さんは、この2年半について次のように振り返る。
「私がやらなくてもよかったけれど、今も知名度がある『大塚咲』が動くことで、ほかの女性たちが被害に遭うことを防げると思ったんです。それに黙っていたら、誰かの被害を見て見ぬふりをする1人になる。
引退して年月が経っているのに、無許可でアダルトグッズが作られることを防ぎたかった。服を着ているタレントの肖像権は守られるのに、なぜヌードになると無断で使われても仕方ないこととされてしまうのか。
ヌードになるほうが悪いとするのは、裸になった人への蔑視があると思う。その考え自体に疑問を持ってほしいと思います」
https://note.com/otsukasaki/n/n4bd41a8abf96
(※)AV人権倫理機構・・・いわゆる「AV出演強要問題」がきっかけで2017年4月に発足した団体。過去の作品について、出演者が販売停止を申請する際などの窓口になっている。