2022年02月11日 10:01 弁護士ドットコム
子どもが生まれた時期によって父親を推定する「嫡出推定」の見直しや、女性だけに義務付けられた「再婚禁止期間」の廃止を盛り込んだ民法改正案の要綱案がこのほど、法制審議会の部会でまとまった。
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今回の見直しは、明治時代の民法制定以来となるもので、報道によると、2月14日に古川禎久法務大臣に答申され、法務省は2022年度中の改正案成立を目指しているという。
今回の見直しの意義と今後の課題について、家族法にくわしい榊原富士子弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
現在の民法772条では、離婚後300日以内に生まれた子どもは、実際の血縁関係にかかわらず、「前夫の子」と推定される。今回の見直しでは、この規定に加えて、「再婚後の出生の場合は現在の夫の子」とする例外規定をもうける。
「今回の見直しの発端になったのは、1990年代から指摘されてきた『無戸籍』の解消でした。前夫からDVを受けていたり、相互の不信感があったりして、子どもを前夫の戸籍に入れたくないという女性が出生届を出さないケースです」
法務省によると、全国に戸籍を持たない人たちが825人(2022年1月時点)いるが、このうち7割が嫡出推定が原因だった。無戸籍の人は、実際にはもっと人数が多いといわれている。
戸籍がないとどのような問題が生じるのだろうか。
「戸籍がなければ、原則的には住民票をつくることが難しいです。子どもの住民票がつくれなければ、予防接種や小学校入学の際の就学時健康診断の通知が届かないなど、子どもに対する福祉や教育が行き届かないことが心配されます。
成長後も、戸籍がなければパスポートがとれない、運転免許が得られない、銀行口座が開けない、就職が困難になる、結婚ができないなどの問題があります」
弁護士ドットコムニュースの取材によると、総務省では2012年、自治体に対して「認知調停など子どもの身分関係を特定するための手続きが進められている場合には、市区町村長の判断により、職権で住民票の記載ができる」という通知を出している。自治体では、こうしたケースでは住民票をつくっているという。
政府もこの問題を解消しようと、2000年代に入ってから取り組んできたが、解決にはいたっていない。その理由の一つに家庭裁判所での手続きの負担が大きいということがある。
「実際には、出産直後の女性が赤ちゃんを抱えて家庭裁判所に行って手続きすることはとても負担になります。また、前夫にとっても、自分の子どもじゃないのに自分の戸籍に入ってしまう上に、手続きのために仕事を休んで家庭裁判所に行かなくてはならないわけです」
そこで、今回の見直しでは、再婚していた場合は現在の夫の子として届け出られるよう例外を加えている。しかし、まだ課題は残ると榊原弁護士は指摘する。
「今回の見直しは、再婚後の場合に限ります。そのため、離婚前に生まれた子は父母が別居していたとしても、やはりいったん前夫の子になってしまいます。ですので、無戸籍の子はゼロにはならないと言われています」
法制審議会の親子法制部会は今回の見直しの補足説明として、次のように明記している。
「無戸籍者問題に関して、市区町村窓口や法務局での相談支援の充実など10の方策も引き続き検討すべきであるとの指摘や、司法へのアクセスに困難を抱え、出生の届出をすることができずにいる母に対し、しばしば無戸籍者を生ずる背景にあると指摘される婚姻中等の家庭内暴力からの保護・救済も含めた、十分なサポートが行われる体制を調えていくべきであるとの指摘があった」
榊原弁護士も「民法改正だけでは解決できない問題については、自治体が中心となって支援策が必要だと思います」と話す。
また、現行法では女性に限り、離婚後は100日間、再婚が禁止されている(民法733条)。国連からは女性差別撤廃条約違反だとして改正するよう勧告を受けていたが、「再婚後であれば現在の夫の子」という例外規定が実現すれば、嫡出推定が前夫とかぶることはなくなるため、再婚禁止規定の撤廃も盛り込まれた。
今回の見直しを榊原弁護士はこう評価する。
「これまでの772条は、明治時代の家制度の論理をひきずり、家の都合を優先しています。 今回の要綱案は、それを子どもの立場や福祉を中心におきかえました。
たとえば、嫡出否認(嫡出推定を否認する手続き)は父親からしかできませんでした。これは後継を確保して家を守るための制度の名残でしたが、今回の見直しでは否認権者が子自身や親権者である母親にも拡大されました。これは画期的な転換です」
嫡出推定の制度は、1898(明治31)年に制定されている。今回の要綱案はおよそ120年ぶりの見直しとなった。一方で、まだ積み残された課題は多いと榊原弁護士は指摘する。
「民法を読んでいくと、『嫡出子』、『嫡出でない子』という言葉がありますが、『嫡』とは『正統な血筋の子』という意味があり、子を正統かそうでないかに分けてしまい、差別を維持する効果があります。
また、民法818条には『父母の親権に服する』と書かれ、 父母が上で、子が下であることを示しています。しかし、現在、世界では『親の権利』というより、『親の責任』という考え方が大勢になっています。
現在の民法は、戦後1947年に新しい憲法が施行された際に、急いで改正して間に合わせたものです。その際、衆議院司法委員会で、『本法は、可及的速やかに、将来において更に改正する必要があることを認める』との附帯決議がされていましたが、十分に実現しないまま今にいたっています。今後も見直しが必要でしょう」
【取材協力弁護士】
榊原 富士子(さかきばら・ふじこ)弁護士
京都大学法学部卒、1981年弁護士登録。日弁連家事法制委員会委員。婚外子相続分差別違憲訴訟、住民票続柄・戸籍続柄違憲訴訟通称使用訴訟、夫婦別姓訴訟などを担当。「Q&A 離婚相談の法律実務」(共編著・民事法研究会)「親権と子ども」(共著・岩波新書)など家族の法律に関する著作多数。
事務所名:さかきばら法律事務所
事務所URL:http://sakakibara-law.com/