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あなたも「名ばかり管理職」かも? 見分け方を労働弁護士が解説

2022年02月07日 10:31  弁護士ドットコム

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職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。


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連載の第9回は「名ばかり管理職の見分け方」です。笠置弁護士は「残業代を合法的に払わなくてよいことにするために用いられる手段の代表的なものの一つが、管理監督者」と注意喚起します。



管理職となった途端に、残業代が支払われなくなったという人はいませんか。働き方の実態によっては、「名ばかり管理職」の可能性もあります。



●残業代が出ない「管理監督者」とは?

会社が従業員に残業をさせた場合には、残業時間に応じた残業代を支払わなければなりません。これが法律の大原則です。



なぜこのような原則になっているかというと、労働時間は本来1日8時間・週40時間までであるところ、これを超えるような働き方は家庭生活にとっても健康にとっても悪影響が出てしまうからです。



残業をさせた場合には、会社に所定の割増率を加算した残業代を支払わせることで、なるべく残業をさせず、従業員にきちんとプライベートの時間を確保させようという仕組みになっています。



このような原則の例外の一つが、管理監督者というものです。



すなわち、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)に対しては、労基法上の労働時間・休憩及び休日に関する規定を適用しないことになっています(労基法41条2号)。



管理監督者は経営者と一体的な立場にあるわけなので、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請される重要な職責・権限が与えられているはずであり、実際の勤務の仕方も労働時間等の規制になじまない立場にあるため、自己の裁量的判断で労働時間を管理することができるはずです。



しかも、賃金等の待遇面で他の一般従業員に比較してその地位に相応しい処遇を受けているはずであることから、労基法上の労働時間規制を及ぼさずとも保護に欠けるという事情はないと言えることが、このような例外が認められている理由です。



「はずである」と何度も書きましたが、現実にはなかなかそうなってはおらず、大企業を含む多くの企業において、「管理職」というポストに就いた瞬間から、実態はまったく違うにもかかわらず管理監督者であると見なされ、残業代が支払われなくなるという取扱いが横行しています。



このような問題は、名ばかり管理職問題と呼ばれています。



名ばかり管理職問題は、日本マクドナルドの直営店の店長の方が、会社に対して過去2年分の割増賃金の支払いを求めたところ、これが裁判所で認められたという日本マクドナルド事件判決(東京地裁平成20年1月28日判決)により、社会的な注目を集めました。



●「名ばかり管理職」問題で相次ぐ裁判

最近でも、企業の規模を問わず、名ばかり管理職問題に関する紛争が続いています。



たとえば、日産自動車においては、マーケティング部門等で課長級の管理職(当時の年収は1000万円超)の地位にあった男性従業員(当時42歳。在職中に脳出血により亡くなられています)の配偶者の方が、残業代の支払を求めた事案では、横浜地裁が当該男性従業員は管理監督者に該当しないと判断し、約350万円の未払残業代の支払いを命じたという事件がありました(横浜地裁平成31年3月26日判決)。



私自身も、精肉加工業務を担当していたスーパーマーケットのチーフ級の社員が、管理監督者とされ残業代がまったく支払われていなかったという事案で勝訴判決を勝ち取ったり、複数の介護施設を運営している社会福祉法人で看護業務を担当している課長級の社員が、管理監督者とされ残業代がまったく支払われていなかったという事案で、未払残業代全額を支払うという内容の勝利和解を勝ち取るといった事件を担当しました。



●管理職=管理監督者とも限らない

名ばかり管理職問題をめぐる紛争が噴出している原因は、社内で管理職という肩書が付けば管理監督者なのだという誤解が、多くの経営者の間にまかりとおってしまっているためです。



管理監督者に該当するか否かは、あくまでも実態に即して客観的に判断されるものだ、という法制度の仕組みが理解されていないことも一因でしょう。



そのため、現在、さまざまな会社の中で管理監督者として取り扱われている社員の相当多数は、実際には管理監督者には該当しないと考えられます。



●管理監督者に当たるかどうかの判断基準

管理監督者に当たるか否かについて、裁判所がどのような考え方にしたがって審査するかについてご紹介しましょう。



裁判所が管理監督者に該当するか否かを判断する際には、単に肩書などの形式的な事情をみるのではありません。



働き方の実態に即しつつ、以下を総合的に勘案することにより、管理監督者に該当するか否かを判断しています。



(1)当該労働者が実質的に経営者と一体的な立場にあると認めるに足るだけの重要な職責・権限を付与され、一般の労働者と同様の厳格な労働時間規制になじまない立場にあり、その適用を排除する必要性が認められるか
(2)自己の出退勤をはじめとする労働時間の決定について厳格な制限を受けない立場にあるか
(3)一般の従業員と比較してその地位と権限に相応しい処遇を受けているか



裁判所は、経営者と一体的な立場にあり、例外的に法律で守らなくとも良いだろうという範囲をかなり限定的に解釈していることがおわかりいただけると思います。



具体的な事例で考えてみましょう。



たとえば、とある中小企業の営業部門の部長という肩書で、従業員の中でトップの800万円を超える年収を得ており、給料の内訳を見ると、月々20万円あまりの役職手当を支給されている人がいるとします。



この方の働き方を見ると、過労死ラインを超えるような残業を日々行っており、一般社員と同じように労働時間の管理を受けながら現場で営業の対応もしている上、役員会議への参加は特に求められていなかったという場合、この方は管理監督者と言えるでしょうか。



このような場合、たしかに年収額だけを見ると高額であるように思われるものの、この方の実際の残業時間からすればそれほど多額の手当であるとは言えません。そうだとすると、一般の従業員と比較してその地位と権限に相応しい処遇を受けているとは言えないことになります。



その他の働き方を見ても、経営者と一体的な立場であると言えるような実態は見られないということになるでしょう。



●「定額使いたい放題」の状態に

コロナ禍が長引き、各企業においてテレワークが普及する中で、労働時間の管理が難しいことを理由に、残業代を支払いたくないという会社は増加しているように思われます。



残業代を合法的に払わなくてよいことにするために用いられる手段の代表的なものの一つが、管理監督者です。管理監督者にすることで、会社はその従業員に残業代を払う必要がなくなり、いわば「定額使いたい放題」の状態に置くことができるわけです。



過労により脳や心臓の病気を発症し亡くなる方の中には、40代以上の方が圧倒的に多いのですが、この年代の多くが各企業において管理監督者の立場に置かれていることと無縁ではないでしょう。



管理監督者にあるとされている方は、ご自身が果たして経営者と一体的な立場とまで言えるかどうかを慎重に見極め、場合によっては専門家に相談し、異議申立てを行うことも検討してみましょう。



(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/