2022年02月06日 10:01 弁護士ドットコム
万引きをやめたくてもやめられず、繰り返してしまう「窃盗症」(クレプトマニア)のためのオンライン自助グループが、2月7日に立ち上がる。運営するのは、自身もクレプトマニアである高橋悠さん=活動名=(39)だ。万引きをやめて2年9カ月。「被害を与えていたことを忘れてはならない」と語る。
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クレプトマニアの中には、摂食障害を併発している人が少なからずいるとされる。悠さんもクレプトマニアと診断される前から、食べて吐く過食嘔吐(おうと)を繰り返してきた。
きっかけは、ダイエット。戸籍上「女性」である悠さんは、成長とともに身体が丸みを帯びていくことに違和感を抱くようになった。
「体型の『女性化』を受け入れられませんでした。小学6年生から給食のおかわりや間食をやめて、中学に入ってからはお弁当箱に入れるごはんの量を極端に減らすなどの食事制限をしました。低体重になり、中学1年生の冬に1カ月半入院したこともあります。退院後も過食嘔吐を繰り返していました」
悠さんの性自認は、男性・女性いずれにもあてはまらない「Xジェンダー」で、他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かない「アセクシャル」でもある。公言できるようになったのは、つい最近のことだ。
「わたしが学生のころは、今のようにセクシュアリティに関する情報はほとんどなく、インターネットも普及していなかったので、ことばも知りませんでした。幸い、中学はジャケット以外の制服に指定はなく、高校からは私服だったので、自由な服装で過ごせました」
過食嘔吐は続いていたが、部活動やスポーツなど、常に何かに打ち込む学生生活を送った。大学卒業後に進学した医療関連の専門学校では、ほかの学生よりも年上だったこともあり、率先してリーダーシップをとっていた。
25歳で一人暮らしを始め、医療機関に就職。しかし、職場は「過酷」だった。
「上司に3時間以上罵倒され続けたり、『(喋り方や声などを)女性らしくしろ』などと言われたりする毎日でした。長時間勤務は当たり前で、退勤後に上司に呼び出され、午前4時ごろまで飲みに付き合わされたあと、朝8時から出勤したこともあります」
ストレスで大量の食料品を買い、過食嘔吐を繰り返した。食費がかさむため、食料品を安く買おうとスーパーを渡り歩き、値引き品を購入した。食費を節約することに「達成感」を得る日々が4年間続いた。
29歳のころ、母親が交通事故にあったことを機に、実家に戻って転職。新しい職場環境は良好だったが、入社から約5年後に働きすぎで「うつ病」になり、1カ月半休職した。
「自分で勝手に仕事を増やして、自ら残業するなどしていました。職場で『認められたい』という気持ちが強まり、自分を追い込んでいったんです。仕事に没頭し、周囲に評価してもらうことで達成感を得ていました」
復帰後は、職場の配慮で仕事量が減り、定時退社するようになった。これまでと同じように「達成感」を得られなくなった悠さんは、食費の節約に没頭した。値引きシールを剥がして別の商品に貼りかえたり、サンプル品(見本品)として並んでいる食料品を持ち帰ったりするなど、徐々に行為はエスカレートしていった。
「摂食障害について調べていく中で、クレプトマニアといわれる人たちがいることは知っていました。徐々に近づいているような気はしていましたが、『まだ売り物を盗っていないから大丈夫』『サンプル品は売り物ではない』などと自分を正当化していました」
ある日、賞味期限切れのパンが売り場に並んでいるのをみつけた悠さんは、店員に値引きを交渉したが、断られた。パンはそのままバックヤードに運ばれていった。
しばらく経った別の日、同じように売り場に並ぶ賞味期限切れのパンが視界に入った。「どうせ、捨てられるなら…」と思った悠さんは、パンをバッグに入れ、越えてはならない壁を越えた。2017年、35歳の夏だった。
それからは、毎日のように万引きをしては「達成感」を得る日々が続いた。
翌年の春、保安員にみつかり、警察で事情聴取を受けた。このときは微罪処分(警察段階で事件を終結する手続き)となった。
「『なぜ、捕まったのか』『これまでのやり方の何が悪かったのか』と敗因分析をしていました。罪悪感がないどころか、次に活かそうと思っていたんです」
翌日から万引きを再開し、約3カ月後に再び警察の事情聴取を受けた。事件に関する書類は検察庁に送致されたが、不起訴となった。
「万引きを『やめなきゃマズイ』とは思いましたが、『やめたい』とは思えませんでした。万引きを『やめたい』と思えるように、窃盗事件の刑事裁判を傍聴したこともあります。情状証人として立つ被告人の家族を見て、自分の両親を証言台に立たせてはいけないと思いましたが、その帰り道に万引きをしてしまいました」
自分の意思では万引きをやめられないーー。そう思った悠さんは、自ら病院に足を運び、初診時に治療を継続するための条件が書かれた「契約書」にサインをした。
万引きした場合はすぐに申告し、店舗に商品代金と迷惑料を払うこと、契約書を常に携帯することが条件とされていた。しかし、条件を守ることはできず、申告することなく、万引きを続けた。
しばらくして、また万引きがみつかり、交番で注意された。限界を感じた悠さんは、両親に「入院したい」と伝えた。同じ時期に職場の事業所の閉鎖が決まり、半年後に会社都合で退職することになったため、退職後に3カ月間の入院をすることが決まった。
入院前日も「盗り納め」と思いながら万引きをした。2019年、37歳の春のことだ。この日を最後に、悠さんは万引きをしていない。
なぜ、万引きをやめられたのか。悠さんにとってプラスに働いたのは、入院中に被害店舗に謝罪文と現金書留を送ったことだ。
「病院にいわれたのではなく、自分の意思で送りました。契約書どおり、被害店舗には、万引きした商品代金と迷惑料を払うべきだと思ったんです。万引きで得した分のお金を手元に残しておくわけにはいかないとも思いました。謝罪文を書きながら『自分は何をしているんだろう』と情けない気持ちでいっぱいになったことを覚えています」
半数以上の店舗からは「受け取れない」と返金された。しかし、「治療に取り組み、1日でも早く良くなってください」など、回復を応援する手紙をくれた店舗もあった。
「被害店舗からの優しいことばを見るたびに、こころが痛かった。本当に情けなかった。被害を与えた事実は忘れてはならないと思い、今でも手紙を見返すことがあります」
退院後、悠さんはクレプトマニアに関する情報を発信するサイト「クレプトマニアからの脱却」を開設した。自分自身の回復、そして「万引きで悩む人を減らす」ことが目的だ。
現在は週に3回、医療従事者として働きながら、クレプトマニアと摂食障害の治療も続け、月に1回通院している。
クレプトマニアは依存症という「病気」だが、窃盗行為は「犯罪」であり、被害者もいる。悠さんは「クレプトマニアには、刑罰と治療の両方が必要。病気を理由に、なんでも赦(ゆる)される風潮があってはならない」と強調する。
「ギャンブル依存の場合は借金、アルコールや薬物依存の場合は健康被害などの『痛手』を負うことがあります。でも、クレプトマニアは刑罰以外に痛い思いをすることがほとんどありません。しかも成功率が高いので、赦されてしまったらやめようと思えるきっかけを失う可能性があります。痛手を負わないまま、万引きをやめられない期間が長くなってくると、回復はより困難になると思います。
ただ、依存症なので、刑罰だけでは万引きをやめることができないのも事実です。これが、刑罰だけではなく、治療も必要だと考える理由です。
もちろん、クレプトマニアに刑罰が必要というのは『刑務所に行くべき』という意味ではありません。犯罪を重ね、刑務所に行かなければならなくなってしまう前に、早い段階で治療や自助グループなどにつながり、助けを求めてほしいということです。また、治療にしっかりと取り組んでいる中での再犯であれば、その事情は考慮してもよいと思います」
クレプトマニアのための自助グループは全国各地で開催されてはいないため、参加したくてもできない人もいる。また、身元が割れることや街中に出ることへの不安感、交通費を払うことへの抵抗などから、参加をためらう人もいるという。
悠さんが2月から運営するオンライン自助グループは、これらの課題を解決するために立ち上げたもので、窃盗に悩む当事者であればだれでも参加可能だ。顔出しなし、聞くだけの参加も歓迎する。クレプトマニアの当事者が回復することで、万引きで悩む人や被害が減ることを悠さんは願っている。
<依存症オンラインルーム【クレプトマニア(窃盗症)】Room K>
https://www.ask.or.jp/adviser/online-room.html
※毎週月曜19:30~21:00開催(Zoom)。詳細は、ホームページ参照。
※NPO法人ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)認定「依存症予防教育アドバイザー」が運営する「依存症オンラインルーム」の連携グループのひとつ。悠さんを含むホストは全員、ASK認定依存症予防教育アドバイザーで、お互いに協力し合いながら、よりよい自助グループの運営を目指している。
【高橋悠さんプロフィール】
ASK認定依存症予防教育アドバイザー。クレプトマニア当事者として、サイト「クレプトマニアからの脱却」(https://kleptomania-dakkyaku.com/)で情報を発信するほか、病院等にメッセージを届けるなどの活動をおこなう。2月からは「依存症オンラインルーム【クレプトマニア(窃盗症)】Room K」を運営。