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『妻、小学生になる。』に投影された、夢を見ながら現実を生きる“私たちのリアル”

2022年02月05日 06:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『妻、小学生になる。』(c)TBS

 心地いい夢を見た朝「ああ、やっぱり夢だったか」と、その幸福感に浸るよりも、夢から覚めてしまった現実への寂しさが募ることがある。


【写真】初登場の杉野遥亮


 小学4年生の白石万理華(毎田暖乃)に生まれ変わった新島貴恵(石田ゆり子)にとって、夫の圭介(堤真一)と娘の麻衣(蒔田彩珠)の待つ“かつて”の家族・新島家と過ごす時間は、まさに夢の時間なのだろう。


 それが、万理華の“今”の家族である母・千嘉(吉田羊)との現実が寂しければなおのこと。このまま夢を見ていたい、でもそうはいかない現実がある。夢と現実の間で、分別のある大人の女性である貴恵の心と、まだ保護者を必要とする10歳の万理華の体は、よりアンバランスな形に私たちの目に映った。


 金曜ドラマ『妻、小学生になる。』(TBS系)第3話。第1話では亡くなった最愛の妻が帰ってきたという奇跡に圭介の喜びが爆発し、第2話ではこれまで叶わなかった10年分の家族の想いが深まり、他者からの視線は少々気になるものの新島家は幸せにあふれていた。このまま万理華が18歳になって圭介と正式に結婚し、また家族に戻れるのではないか。そんな夢を見て笑い合うほどに。


 だが第3話では、この生まれ変わりは10年前と同じことを繰り返すためのものではないことが暗示される。かつて3人で遊びに行った水族館に、再び足を運んだ新島家。デジャブのように対比される場面が見受けられたが、そのたびに10年前と今とまったく同じにはならなかった。


 うっかり者の圭介は以前と同じようにソフトクリームを買うが、もう売店に携帯電話を忘れることはない。それどころか、今度こそ3人でシャチショーを見るんだと、整理券情報を事前にチェックまでする用意周到さを見せる。


 しかし、またもや一緒にシャチショーを見ることはできなかった新島家。その理由は、圭介のお尻を叩く側だった貴恵こと万理華が迷子になってしまったからだった。同じように見えても、全然違う。それはこの家族の形そのもの。


 お互いの姿を探し回った挙げ句、口から飛び出す「もう一生会えないかと……」の言葉も、10年前とはその重みが異なる。なぜなら、3人は本当に会えなくなってしまった絶望を知っているから。そして、今こうして過ごしていることの奇跡がいつ消えてもおかしくないことを心のどこかで予感しているのだから。


 だからこそ夢のような時間だけれども、現実の続きであることを見つけたくなる。今、目の前にいるベルーガは10年前に見たのと同じベルーガだと信じよう。40年生きることもあるというベルーガの生態を調べて、そう話す新島家の必死さが、いつ離れてしまうかもしれない万理華の体と貴恵の魂とを、懸命に結びつけようとしているように見えて切なくなった。


 この先どうなるかはわからないという直感は、圭介よりも何が起こるかわからない“若さ”のド真ん中にいる麻衣のほうが感じているのかもしれない。なぜなら彼女自身、ついこの前までまさか自分が就職を果たし、初取引先の蓮司(杉野遥亮)から人知れず重ねている努力を認めてもらう喜びを知るなんてこと、想像もしていなかったはずだ。


 でも、あるきっかけで人生は大きく変わっていく。だから、貴恵の記憶を持つ万理華だって、この先どんな変化が待っているかわからない。万理華に想いを寄せる同級生のタケル(川口和空)をチラつかせて母娘でキャッキャしてみせるが、それは半分冗談で半分真実。「こうなったらいいな」を夢見ながら、「こうなってしまった」の現実を生きる、私たちのリアルだ。


 それでも今を精いっぱい大切に生きることを誓うように、3人は手作りの婚姻届を書く。証人は娘の麻衣。もちろん夫は圭介、そして妻の欄には「新島貴恵」の名前。「白石万理華」ではないところがなんとも複雑なところだが……。


 10年間の貴恵の死から時が止まった新島家は確実に変わり始めている。そして、その影響は徐々に万理華の現実にも波紋のように広がっていく。貴恵との結婚を信じて疑わない圭介は「いつかご両親にもご挨拶を」なんて浮かれっぷりを見せていたが、予期せぬタイミングで千嘉と遭遇することに。小学生の子どもを夜まで連れ回した非常識とも取れない形であったため、穏やかな「ご挨拶」とはならなさそうだ。


 また、貴恵の弟・友利(神木隆之介)も万理華に叱咤されることで、再び漫画家という目標と向き合い始めようとしていた。どうやら、そこから万理華が実は同級生のヒマリ(飯田晴音)としていた漫画の交換ノートにまつわる相談を受けることになるようだ。さらに友利は「生まれ変わり」というキーワードとともに気になる中学生・出雲凜音(當真あみ)を見つける。この2人が接触することで、また新たな変化が起きていく。


 出会いと別れは常に背中合わせ。どんなに愛している人でも、いつかは旅立つ。それを知っていても、そんな悲しい事実には目をそむけて生きてしまうのが人間だ。この物語もそう。今はどんな未来が待ち受けているのか、できれば悲しい結末は考えたくない。だが、「もったいない生き方をしないで」と貴恵の思いを代弁する万理華の言葉を聞くたびに、この「生まれ変わり」が起きた意味を、再会の喜びの向こうにある現実的な意味と、向き合わなければならないのではと心がヒリつく。


(佐藤結衣)