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空気を読まない主人公はなぜ人気? ハライチ岩井勇気原作『ムムリン』が面白い

2022年02月03日 10:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『ムムリン(1)』

 空気の読めない奴、というのは現実でたいていやっかまれるものなのに、フィクションにおいては重宝され、好意的に描かれていることも多い気がする。


 たとえば今季(2022年1月期)のドラマでは、田村由美のマンガが原作のドラマ『ミステリと言う勿れ』の主人公・久能整。「僕は常々考えているんですが……」とたびたび話の腰をおり、周囲から「めんどくさい」と言われてしまう大学生なのだけど、どんな事象も「なんとなく」で済まさない彼の視点はさまざまな事件を解決に導いていく。『ドクターホワイト』では、浜辺美波演じる白夜が、医療知識以外のすべてを忘れているため(こたつやクレープが何かもわからない)、周囲の思い込みや同調圧力に屈することなく、誰より正確に誤診を指摘していく。『ゴシップ #彼女が知りたい本当の○○』で黒木華が演じる瀬古もまた、常に辞書を片手に持ち歩き、言葉の一つひとつを正確に定義する律義さで、誰もが騙されかけていたゴシップの真相を明らかにしていく物語だ。


参考:【写真】ムムリンの人形を抱く岩井勇気


■思ったことをそのまま口にする


 場の空気を読めない、というよりは積極的に読まずに「なんで?」「おかしくない?」と疑問を口にする彼らが身近にいたら、たぶん相当うっとうしいし、いちいちうるさいな!と噛みついてしまうだろうけれど、物語の主人公としてなら「よくぞ言ってくれた」と素直に受け止めることができるし、先入観や常識にとらわれず物事の本質を見ようとする彼らの姿勢に「自分もそうありたい」と憧れもする。


 彼らのような人々を主人公に据えたドラマがこれほどつくられるということは、なんとなく多勢に流れ、考えることを放棄してしまうことに対する危機感を、多くの人が抱いているからではないだろうか。


 芸人・ハライチの岩井勇気が原作をつとめるマンガ『ムムリン』(漫画:佐々木順一郎)の主人公もまた、まるで空気を読まず、思ったことをそのまま口にする。物語は、宇宙旅行中のポコムー星人ムムリンが、宇宙船の故障によって小学生コウタの部屋に緊急避難するところから始まるのだけれど、持ち前の愛嬌を駆使して助けてもらおうとするムムリンに「えっ? まさか宇宙人ってだけで珍しがられて優しくしてもらえると思ってない?」とのっけから辛辣に対応する。「かわいそうだから泊めてあげたら?」という同級生にも「そう思うならナナちゃんの家に泊めたら?」「自分は何もしないならかわいそうなんていう資格ないよ」ととりつくしまもない。


 そもそも、この手の物語では、友達をつくるのがあまり上手ではない主人公が、未知との遭遇によって広い世界へ飛び出していき、友情を育みながら成長していくというのが定型だが、本作では、助けを求めているムムリンをしかたなく保護しているという形で二人の関係は描かれる。絵柄や設定は『ドラえもん』や『21エモン』を髣髴とさせるだけに、感情論に決して惑わされず、唯我独尊の態度をつらぬくコウタのキャラクターは新鮮に映る。ともすればただの嫌な奴にもなりかねないが、妙に愛着がわいてしまうのは、彼が誰を相手にしても常に態度を変えないからだ。


 親が金持ちで最新のおもちゃを自慢する同級生には「ミツヤ自身は何もないただの無能のくせによく我が物顔で自慢なんかできるよな」。風でスカートがめくれてパンツを見られたことに怒る同級生には「もしかして自分のスカートの中に価値があると思ってるの?」。コウタは誰に対しても臆することなく、言いたいことを言う。好かれたい、という媚びを見せることもなければ、嫌いだから、という一方的な感情で相手を断罪することもない。


   ムムリンに辛辣にあたるのも、ただ「その態度はおかしい」と思っているからで、道でおじさんにぶつかられたムムリンが一方的に怒られたときはしっかり庇うし、コロッケを落としたムムリンにはさらりと自分のぶんを半分渡す。子役として活躍している同級生に対しても、主役だろうが端役だろうが関係ない、頑張っているだけですごいんだと、ナチュラルに尊敬の念を示す。そのフェアな態度が、空気は読まないけど主人公になれるヤツ、の必須条件なのだろうと思う。


 とはいえ、コウタもすべてに持論で立ち向かうわけじゃない。人の話を一切聞かない親戚のおじさんや、おしゃべりに興じる女の子たち。そして母親の鉄拳制裁。正論をぶつけたところで敵うわけがない相手をちゃんと認識しているところに、コウタの人間味というか、愛らしさが感じられる。そんなコウタが、力ですべてを解決するガキ大将に対峙したとき、いったいどう切り抜けるのか? 2巻も、どんなふうに期待を裏切ってくれるのか、楽しみである。