2022年02月02日 10:31 弁護士ドットコム
大阪市にある衛生機器メーカーの元社長とその知人が1月26日、インサイダー取引をおこなったとして、金融商品取引法違反の疑いで大阪地検特捜部に逮捕された。
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報道によると、逮捕されたのは、衛生機器メーカー「アサヒ衛陶(えいとう)」(大阪市)の元社長と、その知人の投資会社役員。
元社長は2017年、家電量販大手「ヤマダデンキ」との業務提携を公表する前に知人に情報を漏らし、知人が経営する会社名義で自社の株を買い付けるインサイダー取引をおこなった疑いが持たれている。
また、知人の投資会社役員も自分が経営する会社などの名義で、「アサヒ衛陶」の株を買い付けた疑いがあるという。
今回のようなインサイダー取引のポイントについて、金融商品取引法にくわしい澤井康生弁護士に聞いた。
ーー具体的に、どのようなことをすると「インサイダー取引」となるのでしょうか。
ざっくり言うと、会社の内部情報を利用して株取引をおこなうことが「インサイダー取引」です。しかし、具体的なケースにおいて、誰のどのような行為がインサイダー取引にあたるのかという判断はなかなか難しいといえます。
一般的に、金融商品取引法が禁止するインサイダー取引とは、上場会社などの会社関係者、あるいはその会社関係者から情報を得た者(情報受領者)が、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼす重要事実を知って、その事実の公表前に当該会社の有価証券(株式等)の売買をすることをいいます。
このような取引が許された場合、一部の人がインサイダー情報を利用して、一般投資家よりも有利な取引をすることができます。これは極めて不公平ですし、結果として、証券市場の公正性や健全性が損なわれることになります。インサイダー取引が禁止されているのは、このような理由からです。
インサイダー取引の要件をおおまかに整理すると、(1)会社関係者が、(2)職務に関する重要事実を知りながら、(3)その公表前に会社の株券の売買等をおこなうこと――になります。
今回逮捕された元社長は(1)株式売買当時は社長在任中だったことから「会社関係者」にあたり、(2)大手家電量販店との業務提携計画という「重要事実」を知りながら、(3)その公表前に知人会社名義で会社の株券を買い付けたとされています。
そのため、あくまで報道のかぎりでは、インサイダー取引のすべての要件を満たすという結論になります。
ーー元社長は、知人会社名義で会社の株券を買い付けたとされています。このように、他人名義で取引していたとしても、インサイダー取引にあたるのですか?
形式的に他人名義を用いたとしてもアウトです。お金を出したのは誰なのか、最終的に利益を得たのは誰なのかを実質的に判断することになるためです。
また、インサイダー取引として禁止されているのは、重要事実の公表前に株を売買することです。公表前に株を売ったり買ったりした時点でインサイダー取引が成立します。その後、実際に高値で売り抜けてぼろ儲けしなくても、買った時点でインサイダー取引になります。
ーー報道によると、知人は、元社長から大手家電量販店との業務提携計画という重要事実を知らされて、自分が経営する会社名義で衛生機器メーカーの株を買い付けています。知人の行為まで違法とされるのは、なぜでしょうか。
たしかに、この知人は社長の知人にすぎず、当該会社とは何ら関係のない外部の人間であることから、インサイダー取引の主体となる会社関係者にはあたりません。
しかし、このような場合も規制対象にしなければ、容易に脱法的な取引がおこなわれ、結果的に証券市場の公正性と健全性に対する一般投資家の信頼を確保することができなくなってしまいます。
そこで、金融商品取引法は、会社関係者から重要事実の伝達を受けた者(いわゆる情報受領者)についても公表前の売買等を禁止し、インサイダー取引の規制対象としています。
情報受領者は会社関係者から重要事実の伝達を受けただけで足り、情報受領者自身の地位や当該会社との関係は問わないとされています。たとえば、会社関係者の夫から重要事実を聞かされた妻であっても「情報受領者」にあたります。
社長の知人は、社長から重要事実の伝達を受けた情報受領者に該当し、インサイダー取引のすべての要件を満たすという結論になります。
ーー情報受領者からの又聞きという形で情報の伝達を受けた人(二次情報受領者)がいた場合、この人もインサイダー取引の規制対象となるのでしょうか。
原則として、一次情報受領者から情報の伝達を受けた二次情報受領者はインサイダー取引の規制対象にはならないとされています。
二次情報受領者までインサイダー取引の規制対象に含めてしまうと、処罰範囲が不明確に拡大してしまい、かえって証券取引ないし証券市場を混乱させてしまうからです。
ただし、一次情報受領者と共犯関係が認められる場合は別です。
ーーインサイダー取引は外からは見えにくい犯罪といえます。どのような経緯で発覚するのでしょうか。
たとえば、社内関係者の内部通報や内部告発、証券取引等監視委員会による調査、日本取引所自主規制法人による市場における売買審査などで発覚することがあります。
また、日本取引所自主規制法人は、重要事実が公表された特定銘柄の売買状況に関する調査や取引状況に関する審査をおこなうことによって、インサイダー取引を監視していますし、必要に応じて証券取引等監視委員会に通報することもあります。
ーーインサイダー取引を防止するためには、どのようなことが必要だと思いますか。
会社の役員や幹部の中には、営業は「プロ」でもコンプライアンス方面は苦手で、会社法や金融商品取引法についてはよく知らないという方も意外に多くいらっしゃいます。そのため、社内でコンプライアンス研修をおこない、その一環としてインサイダー取引の危険性を熟知させる必要があります。
また、インサイダー取引は発覚しやすく、バレたときのリスクが大きく(5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金)、割に合わないことも理解しておくべきでしょう。
環境面でもインサイダー取引が起こる機会を減らすことが必要です。重要事実の管理を厳格にし、社内でも重要事実を知る人を極力少なくすることです。
上場会社の中には、役職員による自社株の売買を許可制や届出制にしている会社も多くありますので、これらの厳格な運用や違反した場合の社内のペナルティを厳しくすることも必要といえます。
【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/