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期待以上に面白い『JJM 女子柔道部物語』 金メダリストの実体験を基にした“サビ始まり”のストーリー

2022年01月30日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『JJM女子柔道部物語(12)』

 かつて『柔道部物語』という名作をものした小林まことが、今度は女子柔道を描く! それだけでもう絶対面白いに決まっていると、だれもが確信しただろう。しかし、いざ『JJM 女子柔道部物語』を読み始めてみたらそれどころじゃなかった。期待をはるかに超えている。なんといってもヒロイン・えもの魅力がズバ抜けているのだ。


 何をやっても続かなかった神楽えもが柔道を始めたのは高1のとき。軽い気持ちで入部して、なんと入部1週間後には市の新人戦に出場して優勝、快進撃はとどまることを知らずーー。これ、「漫画」ではありそうな展開だが、なんと「原作担当=主人公のモデル」である金メダリスト・恵本裕子の実体験だというからビックリしてしまう。


参考:【画像】『JJM 女子柔道部物語(1)』表紙


■小林まことがスピード復帰した理由


 最近では大谷翔平や藤井聡太の天才的な活躍ぶりが、よく「非現実的すぎて逆に創作ではここまで書けない」などと言われる。「事実は小説より奇なり」というやつである。だけど、それならいっそ「フィクション」の題材にしない手はないのでは⁉︎


 一度は漫画家引退を宣言した小林まことが、恵本裕子とのご近所づきあいの縁あって本作でスピード復帰したのも、こんな漫画みたいなエピソードを漫画にしないわけにはいかないと血が騒いだためであろう。


 柔道は言わずもがな日本発祥だが、世界的にも競技人口が多く、スポーツとしての注目度が高い。「柔よく剛を制す」というように、体格が小柄でもしなやかな技で華麗に相手を投げ飛ばすことが可能なところもグッとくるポイントだ。たとえば『YAWARA!』(浦沢直樹)のいちばんの魅力もそこにあった。小柄で可憐な女の子が、世界の強敵を得意の一本背負いでしとめるギャップがたまらない。幼い頃から柔道をしこまれているものの、普通の女の子でありたいジレンマに陥っているという設定、ラブストーリーの絡まり具合も絶妙だ。


 最近の作品で人気を集めているのは、アニメ化も発表されている『もういっぽん』(村岡ユウ)。柔道をやめるつもりだった主人公が、決中学時代の柔道部仲間(決して強いわけではない)の熱心な誘いに心を動かされ、新たな気持ちで高校柔道に挑むというイントロも心に染みる青春部活ものだ。女子高生たちの日常描写も微笑ましいが、過去にも柔道ものを手がけている作者だけあってスピード感あふれる描きこみからは、柔道というスポーツの見どころをつぶさに描こうとする意欲が伝わってくる。


 『JJM 女子柔道部物語』の味は、熱血部分とすっとぼけたコミカルさの共存だ。それはかねてより小林まことの持ち味であったが、本作の前に「劇画・長谷川伸シリーズ」を手がけたことで、さらに臆面もないキャッチーさを伴うドラマの説得力が加わったのではないか。


 大正~昭和期の作家、長谷川伸の『瞼の母』をはじめとする人情ものの時代劇は、小林まことの作風にピッタリ合っていた(それだけに、筆者はこの路線をずっと描き続けていくものと思っていた)。


 大胆にタメをつくり、大仰ともいえる表情の変化で喜怒哀楽をしっかりと見せる。ここぞという場面では歌舞伎役者が見得を切るかのようなどアップで、カタルシスを覚えずにいられない。


 『J J M女子柔道部物語』の冒頭は、えもが世界柔道選手権大会の一回戦で敗退するシーンで幕を開ける。コーチとともに控え室で顔をゆがめ、悔し涙にくれるーーそこで「1年後のオリンピックで金メダルを獲る」ことが明かされ、場面は柔道と出会う高校時代に移されるのだ。この泣かせの“サビ始まり”の演出は、小林まことが作曲活動をしていることとも関係があるのかも?


 おしゃれに熱心でミーハーで、食べることが大好きで。素直で怖いもの知らずでハツラツとした、えもの豊かな表情に読みながら感情を持っていかれる。高2の「春高全道大会」で優勝、最新12巻では高3となり、大学生や社会人もエントリーする「全日本体重別選手権大会」に参戦。やがて、大きな壁にぶち当たる日を頭のすみに止めながらーー止まらぬ勢いを、いっぱしの柔道家に育っていくえもの成長の足跡を追っていくのが楽しくて仕方がないのだ。