2022年01月29日 07:51 弁護士ドットコム
ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者のジャーナリスト・山口敬之さんから性暴力被害にあったとして損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は一審に続いて「同意がないのに性行為に及んだ」と認定し、山口さんに約332万円の支払いを命じた。
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一方、伊藤さんの著書などでのデートレイプドラッグに関する言及については、名誉毀損とプライバシー侵害にあたると判断。損害賠償を求めた山口さんの訴えを一部認め、伊藤さんに55万円の支払いを命じた。
東京高裁の中山裁判長は、デートレイプドラッグの使用に関する公表行為を除くものについては、不法行為は成立しないとした。問題となったのは、以下の2つの記述だ。
「酔って記憶を無くした経験は一度もありません。普段は2人でワインボトル3本空けてもまったく平気でいられる私が仕事の席で記憶をなくすほど飲むというのは絶対にない。だから、私は薬(デートレイプドラッグ)を入れられたんだと思っています」(『週刊新潮』掲載の記事より)
「インターネットでアメリカのサイトを検索してみると、デートレイプドラッグを入れられた場合に起きる記憶障害や吐き気の症状は、自分の身に起きたことと、驚くほど一致していた」(伊藤さんの著書『Black Box』より)
名誉毀損は、問題とされる表現が、対象者の社会的評価を低下させるかどうかが問題となる。ただし、社会的評価を低下させる内容であっても、(1)公共の利害に関する事実であり、(2)公益目的でおこなわれ、(3)内容が真実であるか真実と信じるに足りる相当な理由がある場合は、名誉毀損にならない。
では、今回、名誉毀損のみならず、プライバシー侵害も認められたのはなぜだろうか。今回の判決について、名誉毀損やプライバシー侵害の事案を多数扱う清水陽平弁護士に聞いた。
今回の判決は、伊藤さんの著書などでのデートレイプドラッグに関する言及については、名誉毀損とプライバシー侵害にあたるとしています。
著書等では、デートレイプドラッグを入れられたと「思っています」等と書かれているようです。この点は、著者の考えを書いているだけとも思えますが、「一般の読者の普通の注意と読み方を基準として」、文脈からデートレイプドラッグを飲ませた上で行為に及んでいる、という事実を摘示するものと判断しています。
その上で、デートレイプドラッグを飲ませられたのかについての明確な証拠がないことから、真実性を否定しています。
また、真実と信じる相当な理由についても、おおむね以下のような点を指摘して否定しています。
・伊藤さんが相当量の飲酒をして、強度の酩酊状態になっていたこと
・酒に強い体質であったとしても、体調等によっては酩酊の症状が大きく左右されることは、成人の一般的な知識や経験等で知られるところであり、デートレイプドラッグが使われた際に出る症状と指摘する点が、飲酒による酩酊の症状として十分説明が可能であること
・どの症状が、どのような根拠からデートレイプドラッグによるものだと、科学的見地から調査等をしたのか明らかではないこと
そして、デートレイプドラッグを使用した否かは、行為の計画性や行為態様の悪質性に影響を及ぼす重要な事柄の一つであるため、これを使用したとの事実が摘示されると、社会的信用は一層低下する関係にある旨を指摘し、名誉毀損を認めています。
次に、プライバシー侵害についてです。
まず、個人の私的領域に属する事柄については、それが一般に知られておらず、かつ、一般人の感受性を基準として公表を欲しないと認められる場合には、プライバシーの利益を有していると指摘しています。
これは、「宴のあと」事件(東京地裁判決昭和39年9月28日)に類似する規範であるといえます。
次に、それが侵害といえるか否かについては、「その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する」か否かによって判断するべきとして、ノンフィクション「逆転」事件(最高裁平成6年2月8日)と「長良川リンチ」事件(最高裁判決平成15年3月14日)を引用しています。
その上で、対象者の社会的地位、情報の内容、伝達範囲と被害の程度、公表の目的や意義、態様、公表の必要性、公表されない法的利益と公表する理由等々の考慮要素を指摘しています。
なお、最高裁はプライバシーという言葉を使いませんが、以前からおおむねこういった規範により、プライバシー侵害か否かの判断を行っており、最近の事案としては、「Google検索結果削除請求」事件(最高裁決定平成29年1月31日)、最高裁判決令和2年10月9日などがあります。
以上の規範を建てた上で、デートレイプドラッグの使用に関して、社会一般の正当な関心事であり、公共の利害に関する事実であることや、同様の被害に遭う女性が泣き寝入りをすることを改める端緒として公表を行ったこと等を認めつつも、デートレイプドラッグを用いたということが真実とはいえないという判断を前提に、「デートレイプドラッグを用いたとの事実が開披されると、計画性をもって、より悪質な態様で、加害行為を行った者であるという真実とは異なる印象を周囲に与えかねない」こと等を考慮すると、同意がない性行為をしたという部分だけを公表されることと比べると、その被る不利益の程度はより大きい、として、プライバシー侵害を認めています。
——今回の裁判所の判断について、どう考えますか。泥酔に乗じて同意のない性行為をした場合と、レイプドラッグを使って同意のない性行為をした場合とで、社会的評価には大きく差があるということでしょうか
この点は、人によって判断が分かれるのではないかと思います。今回の判決のように、酒と薬とでは質的な違いがあると見て、「計画性をもって、より悪質な態様で、加害行為を行った」と判断することは十分可能と思います。
他方で、「いずれにしても、前後不覚にして性的行為をしているというのなら準強制性交ではないか」という考え方によれば、社会的評価に変わりないともいえると思います。
とはいえ、やっていないことを「やった」と言われることは、普通は耐えがたいことと思われることからすれば、侵害を認める判断は妥当だと考えます。
——損害額(慰謝料50万円、弁護士費用5万円)の評価を教えてください
名誉毀損やプライバシー侵害における慰謝料は、多くの事案で30~60万円程度と判断されます。今回もその範囲での認定となっており、感覚的には「まぁそんなところかな」という印象は受けます。
また、弁護士費用は、認容額の1割を認めるというのが実務上の慣例になっているため、これも通常の認定といえます。
とはいえ、一般論としてですが、名誉毀損等の事案を多く扱う立場からすると、認容額はおおむねいつも低額です。そのため、労多くして功少なしとなっていて、被害者が泣き寝入りをせざるを得ない素地があると思います。
そのため、今回のケースでどうかというのはさておき、事案を踏まえ、より適切な慰謝料を認定してもらいたいなと思っています。
【取材協力弁護士】
清水 陽平(しみず・ようへい)弁護士
インターネット上で行われる誹謗中傷の削除、投稿者の特定について注力しており、総務省が主催する「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の構成員となっている。主要著書として、「サイト別ネット中傷・炎上対応マニュアル第3版(弘文堂)」などがある。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp