トップへ

平均年齢70歳の恋物語『僕らが恋をしたのは』はなぜ全世代を魅了する? 1巻を閉じたとき、胸に宿る希望

2022年01月28日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『僕らが恋をしたのは(1)』

 近年、さまざまな業界で、年齢を問わず活躍する人が増えた。社会で高齢化が進むにつれて、「何歳になっても活躍する人」がさまざまなマスメディアで取り上げられるようになった。お笑いコンビ・錦鯉は、50歳と43歳(2021年12月当時)の漫才師から成るコンビであり、2021年のM-1グランプリでの彼らの優勝は、そんな今の時代を投影していた。


  『僕らが恋をしたのは』(オノ・ナツメ/講談社)は、田舎で定年退職後の生活を楽しんでいる四人の男性たちのもとに、ひとりの美女が現われるところから始まる。メインキャラクターの平均年齢は70歳だが、本作に魅了される読者が世代を問わず増えているようだ。その理由を探りたい。


■ひとりの女性によって変化する四人の日常


    初めて読む人も、物語の概要はすぐにつかめるだろう。山奥で自由な生活を謳歌する四人の男性には、わかりやすいあだ名がついている。本が好きな「教授」、ワイルドな「ドク」、大らかな「大将」、ロマンチストの「キザ」。


    このニックネームは、定年退職をする前の彼らの仕事とは関係のないものだ。コミュニティの中だけで呼ばれているニックネームであり、四人が生活する山奥は日常、そして過去から切り離されたものだということを表している。彼らはそこを「男の楽園」と呼ぶ。


    そんな男性だけの世界に、突如現われるのが本作のヒロイン「お嬢」だ。彼女は男性たちと年齢が近く、昔は舞台女優だったと語る。お嬢は何を考えているかわからない、謎めいた雰囲気をかもし出す。


   男性たちの日常は、お嬢の存在によってゆっくりと変化する。


    彼女の話すことはどこまでが本当なのか読めない部分がある。ラブコメディのような穏やかな物語になるのかと思いきや、男たちがお嬢に惹かれるにつれて、不穏さも増していく。


■もし登場人物が20歳前後だったら


 「もしこの漫画の登場人物が全員若者で、大学生の夏休みを描いたストーリーだったら」と仮定してみたい。青年たちが田舎の別荘で毎日を楽しんでいると、そこに「小悪魔」を体現したような少女が訪れる。面白そうだが、どこか既視感がある。


    これまで見た漫画や小説、映画などのエンターテインメント作品で見たことがある設定だと感じる人もいるだろう。


   本作で重要なのは、メインキャラクターの五人が若者ではないということだ。彼らは定年退職するまで社会にもまれていたはずだし、山奥の住まいとは別のところに家族がいる(もしくは「いた」)。


    当然のことだが、年を重ねると経験値は上がる。


    長い人生で培ってきたものが外見や性格に表出され、誰もが今の自分と切り離せない過去を持つようになる。本作の登場人物も例外ではない。嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと……彼らの背景は徐々に明かされる。


 若者だけのストーリーならできない描写も、いたるところにある。たとえばお嬢が大将の家に立ち寄った際、仏壇を見つけ、手を合わせる場面がある。大将は6年前に妻を亡くしていて、妻が好きだったお菓子を供え、家に花を飾っている。そして妻が生きていた頃と同じように話しかける。老後、私たちはどのように自分の人生を振り返るのだろうかとふと思う。


 本作を読みながら、自分の過去や現在、未来に思いを馳せる。この気持ちは読者が10代でも70代でも変わらないだろう。読者を年齢で分けることをしない作品なのだ。


■年を重ねてからの希望


    高齢化が進む。若者が年上の人に対して「老害」という言葉を使う。多くの人が自らの将来に漠然とした不安を抱えている。


    生きていれば、すべての人に必ず訪れるのが老いだ。今、「老害」という言葉で年上の人をひっくるめようとしている人たちもそうだ。数十年後、今はまだ生まれていない若い世代から、「感覚が古い」と言われることになる。


    そんなとき、無理に若者に合わせたり、自分を卑下したりするのではなく、「今からでもできることがたくさんある」と考えを変えてみると、自分を取り巻く世界はがらりと変わる。


    『僕らが恋をしたのは』1巻を閉じた後、胸に宿るのは「年を重ねてからも新しいことに巡り合えるかもしれない」という希望だ。むしろ今までの人生で苦しい経験をした人のほうが、より深く本作を味わえるかもしれない。