2022年01月26日 11:31 弁護士ドットコム
慰安婦問題をテーマとしたドキュメンタリー映画『主戦場』をめぐり、ケント・ギルバートさんら5人の出演者が、監督と配給会社を相手取り、映画の上映差し止めと計1300万円の損害賠償を求めている裁判。その判決が1月27日、東京地裁で言い渡される。公開直後からSNSで話題となった作品はなぜ争われているのだろうか。これまでの経緯を振り返る。(ライター・碓氷連太郎)
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監督をつとめたのは、米フロリダ州出身の日系アメリカ人、ミキ・デザキさん。2007年に来日し、2012年まで山梨と沖縄の学校で英語指導助手をつとめた。その後、帰国したデザキさんは2015年、上智大学大学院進学のため再来日し、慰安婦問題をテーマにした映画の制作をすすめた。
完成した『主戦場』は2018年に韓国の釜山国際映画祭で初上映され、日本でも2019年4月から公開が始まった。ジャーナリストの櫻井よしこさんや米国弁護士のケント・ギルバードさん、歴史学者の吉見義明さんや元朝日新聞記者の植村隆さんなど、約30人の「左右両派の論客」が主張を戦わせる内容が評価されて、これまでに全国60館以上で公開された。
しかし、この作品をめぐって、一部の出演者が2019年5月30日、上映中止を求める記者会見を都内で開いた。
会見に参加した出演者たちは「大学に提出する学術研究だから協力したのであり、商業映画への出演は許諾していない」として、「自分たちと意見を同じくする右派グループは8人なのに、異を唱える側は18人とバランスを欠いている。グロテスクなプロパガンダ映画だ」と断じていた。
一方、デザキさんは、Youtube上で「もし完成した映画の出来が良ければ、映画祭への出品や一般公開も考えていると伝えていました」「卒業プロジェクトに思いこませて騙したという主張は完全に間違いです」「彼らはわかっているのです。映画の中の発言すべてが自らの意思によるものだと」などと反論した。
出演者のうち5人が2019年6月、デザキさんと配給会社を提訴した(原告は、ケント・ギルバートさん、トニー・マラーノさん、藤岡信勝さん、藤木俊一さん、山本優美子さん)。原告側のおもな主張は以下の通りだ。
・デザキさんが「卒業制作」、または「修士卒業のためのプロジェクト」としてドキュメンタリー映画を制作しようとしていると説明し、「私が現在手がけているドキュメンタリーは学術研究であり、学術的基準に適さなければなりません。よって、公正性かつ中立性を守りながら、今回のドキュメンタリーを作成し、卒業プロジェクトとして大学に提出する予定です」「大学院生として私 はインタビューを受けた方々を、尊敬と公正さをもって扱う倫理的義務があります」と言うからインタビューに応じた。
・撮影にあたっては、デザキさん側が用意した承諾書に署名したが、承諾書には「撮影・収録した映像・写真・音声を、撮影時の文脈から離れて不当に使用することがないことに同意する」との一項があるにもかかわらず、内容は甚だしく偏向している。
・うち2人と交わした「合意書」には「撮影・収録した映像・写真・音声を、撮影時の文脈から離れて不当に使用」しないとあるものの、その合意が守られていない。
・「慰安婦性奴隷説」否定派のインタビューを先行させたうえで、その後、「慰安婦性奴隷説」肯定派サイドの人物を権威づけた肩書きのもとに登場させて、一方的に前者の主張に反論させるという「性奴隷説」に有利な構成になっていることから、ディベートを僭称する一方的なプロパガンダ映画にすぎない。
・映画の冒頭で「歴史修正主義者」、「否定論者」「ナショナリスト」「極右」「性差別主義者」などとしていることは、原告らの名誉や声望を害する方法によって出演者の口述を利用している点で、 原告らの著作者人格権を侵害している。
このほかにも、映画の中で、出演者の1人が作成したYouTube動画が使われていたことは著作権侵害にあたると主張している。
2019年9月に第1回口頭弁論がおこなわれたものの、その後のコロナ禍による一時中断などで、原告と被告の本人尋問までに2年3カ月を有した。
提訴のあとも映画公開は続いていたが、2019年10月、神奈川県川崎市で開催された「KAWASAKIしんゆり映画祭」で、上映が危ぶまれる事態が起きた。主催する地元NPO法人が上映を望んだものの、共催の川崎市が係争中であることを理由に懸念を示したことで、見送りが発表されたのだ。
しかし、市の判断に対して、作品を出品していた是枝裕和監督などが抗議したことや、多数の市民から「表現の自由を守れ」という声が上がったことから、整理券配布の抽選形式で上映されることになった。
しかし、映画は現在では上映されていない。
2021年9月16日におこなわれた本人尋問の場で、デザキさんは次のように主張した。
・先に原告をインタビューし、その意見に批判しやすいように、対立意見を持つ人のインタビューをする手法は取っていない。
・右派グループは8人なのに、異を唱える側は18人というが、人数よりも何を言っているかを重視した。
・最初から結論があったわけではなく、最後の編集の段階で結論を持った。映画の中では、20万人という数字、強制連行の問題、性奴隷説かという3つの問題に触れていて、20万人は推定の数字であるので、注意深く見るべきだと思う。強制連行の問題は国際法に基づき「騙した」ことは強制連行にあたり、多くの騙しがあったと思う。また国際法上では完全に支配下に置かれていれば、お金を受け取っていても性奴隷と言えると思う。
・インタビュー段階では海外の映画祭で上映されると知らなかったし、配給会社とも連絡を取り合っていない。映画祭で映画を見た配給会社が連絡してきたのは偶然だった。
・インタビュー終了後、インタビューを使うなと言われたことはない。
・インタビューを受けた人はすべて私からの上映を知らせるメールを受け取っている。上映することについての抗議は誰からも受け取っていない。むしろ上映に際してのお祝いの言葉を送る原告もいた。
・出演者の1人に映像を送った際、「見てから返事する」と言われたが返事はなかった。別の出演者は完全な編集権をほしがったが、それでは自分の作品ではなくなるので、出演シーンを見て発言内容が曲げられていたり、無理やり言わせていないかを確認し、何かあれば映画にクレジットを入れることを伝えた。しかし返事がなかったので、合意だと解釈した。
・映画の中で「歴史修正主義者」や「否定論者」という言葉を使ったのは、メディアや学術界でそのように呼ばれているので、映画の冒頭で「~と言われている」と紹介した。
・著作権に関してはアメリカの「フェアユース(著作者の許可がなくても、条件を満たせば著作物を利用できるというアメリカの著作権侵害主張に対する抗弁事由)」の専門家から意見書をもらったが、すべての内容において問題なしと言われている。
・これまでにハーバード大学やスタンフォード大学など世界50以上の大学で上映され、学術的価値が高いと評価を受けている。
このように、デザキさん側は、映画制作はフェアにおこなわれていて、著作権侵害もないとして、原告の主張に全面的に反論した。またこの尋問の場で、日本での映画上映に際しては右翼の激しい妨害があり、「しんゆり映画祭」以降は上映機会を逃していることを配給会社代表が明らかにしている。
この日の尋問は、約4時間にわたったが、英語で答弁するデザキさんの通訳者がたびたび誤訳したり、意味を取り違えたりしたため、デザキさん側代理人が裁判長に抗議する一幕もあった。はたして、同作は再び映画館で上映することはできるのか。判決は1月27日、東京地裁で言い渡される。