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『鬼滅の刃』で描かれる熱い兄妹愛 炭治郎と妓夫太郎の違いとは?

2022年01月21日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『鬼滅の刃(11)

※本稿には、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)


 親子、兄弟(兄妹、姉妹)、夫婦、そして、師弟――『鬼滅の刃』という物語は、さまざまな「家族」のかたちを描いた群像劇だった、という見方もできるだろう。


 とりわけ作者(吾峠呼世晴)がこだわっているように見えるのが、「きょうだい」というモチーフであり、物語の中心となる主人公の兄妹――竈門炭治郎と襧豆子はいうまでもなく、煉󠄁獄杏寿郎と千寿郎、不死川実弥と玄弥、時透無一郎と有一郎、胡蝶しのぶとカナエ(と栗花落カナヲ)、さらには、継国縁壱と巌勝(黒死牟)といった、脇を固める「きょうだい」たちの描写にも、かなりの熱量が注がれている。


 ちなみに現在、テレビアニメ版が放送中の「遊郭編」にも、強烈な個性を持った悪の兄妹が登場する。そう、“上弦の陸”と呼ばれる鬼――妓夫太郎と堕姫である。


参考:『鬼滅の刃』×ホテルニューオータニのコラボビュッフェメニュー


※以下、ネタバレ注意。


■いかにして遊郭で育った兄妹は鬼になったか


 まず、妹の堕姫だが、ふだんは吉原で人気の花魁として働きながら、人知れず美しい女を攫(さら)い、喰らっている。鬼殺隊の上官である宇髄天元(音柱)らとともに同地に潜入していた炭治郎は、この花魁が別の花魁を襲っているところを見つけ、戦うが、やがて“上弦の陸”は彼女だけではなかったということを知る。


 途中から参戦した天元によって頚(くび)を斬られた堕姫の体内から、別の鬼が出現したのだ。それが兄の妓夫太郎であり、この兄妹を倒すには、同時にふたりの頚を斬らなければならないらしい。「俺たちは 二人で一つだからなあ」(第86話)


 醜い怪物のような風貌の兄は、鬼になってもなお美しい妹を溺愛しているが、このふたりには壮絶な過去があった。


 遊郭の最下層で生まれ育った、妓夫太郎と堕姫の兄妹(人間だった頃の堕姫の名は「梅」という)。幼い頃からふたりだけで過酷な日々を耐え抜いてきたが、ある時、梅が客の侍の目玉を簪(かんざし)で突いてしまい、その報復として「丸焦げ」にされてしまう。それを見て怒り狂う妓夫太郎もまた、背後から斬りつけられ、瀕死の状態に(ただし、最後の力を振り絞り、妹をひどい目にあわせた侍は殺す)。


 と、そこに現れたのが、当時の“上弦の陸”――童磨だった。「お前らに血をやるよ/二人共だ/“あの方”(=鬼舞辻󠄀無惨)に選ばれれば 鬼となれる」(第96話)


 そしてふたりは鬼になったわけだが、そういえば、第93話――再読するたびに、ふとページをめくる手を止めてしまうくらい、個人的に印象に残っている場面がある。それは、戦いのさなか、堕姫の「お兄ちゃん!!」という叫び声に反応した炭治郎が、妓夫太郎の姿に自分を重ね合わせてしまう場面だ。


 炭治郎はいう。「その境遇はいつだって ひとつ違えば いつか自分自身が そうなっていたかもしれない状況」


 むろん、世界の全てを呪っていた妓夫太郎・堕姫の兄妹とは異なり、鬼の始祖・鬼舞辻󠄀無惨に(襧豆子を除く)家族全員を殺された炭治郎が、その憎い仇の血を受けてまで「鬼になりたい」などと願うはずはないだろう。しかし、竈門家で惨劇が起きた“あの日”――彼が出会ったのが鬼殺隊の冨岡義勇ではなく、鬼舞辻󠄀無惨だったとしたら? そしてその無惨に、「私を倒したければ、鬼になるしかないぞ」と挑発されたら?


 場合によっては、炭治郎もまた、人間と怪物の境界線を越えようとしたかもしれない。だが、前述の場面で、彼は続けてこうもいっているのだ。「もし俺が鬼に堕ちたとしても 必ず鬼殺隊の誰かが 俺の頚を斬ってくれるはず」


■炭治郎と妓夫太郎の違いとは?


 あらためていうまでもなく、こうした「他の誰かを信じられる心」は、子供の頃から炭治郎の中でゆっくりと育まれてきたものであり、それを持っているか否かが、同じ「妹想いの兄」である彼と妓夫太郎の最大の違いだといっていいだろう。つまり、いまも昔も炭治郎と襧豆子の周りには多くの頼れる人たちがいて、妓夫太郎と堕姫には誰もいない、ということだ。そうした「境遇」の違いが、ふたりの「兄」の命運を分けたといってもいい。


 だが、少なくとも、妓夫太郎には堕姫が、堕姫には妓夫太郎がいたわけである。彼らが犯した罪の数々が許されることはないが、その点においてだけは、ふたりには“救い”があったといえるかもしれない。


 なお、公式ファンブック(『鬼殺隊見聞録・弐』)収録の「大正コソコソ噂話」によると、かつて梅が客の侍の目玉を突いてしまったのは、妓夫太郎のことを侮辱されたからなのだという。そう、人であった時も鬼であった時も、兄は終始、妹を守るために戦い続けたが、実は妹の方でも、兄の尊厳を守ろうとして戦っていたのである。


 いずれにせよ、彼らの行く先は間違いなく“地獄”だろうが、この強い“絆”があるかぎり、ふたりはどんな辛い場所でも逞しく生きていけるのではないだろうか。


 「俺たちは二人なら 最強だ/寒いのも 腹ペコなのも 全然へっちゃら/約束する/ずっと一緒だ/絶対離れない」(第97話、妓夫太郎の回想より)