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東大刺傷、殺人未遂で逮捕された「17歳」は起訴されるのか? 少年事件の手続の流れ

2022年01月19日 13:31  弁護士ドットコム

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大学入学共通テスト初日の1月15日朝、東京大学(東京都文京区)近くで受験生ら3人が刺されて、名古屋市の高校2年の少年(17)が殺人未遂の疑いで逮捕された。


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報道によると、この少年は犯行前、東京メトロ車内や東大前駅構内で放火も図っていたという。今回の事件のように、犯行時に17歳だった場合、どのような手続きをたどることになるのだろうか。



●殺人未遂で「逆送」となるのは「かなり例外的なケース」

14~19歳の少年が警察に逮捕された場合、捜査段階では成人と同じく、警察で取り調べを受ける。だが、原則として、捜査機関から家庭裁判所に送致され、少年審判にすすむ。



家庭裁判所による少年審判が開かれる場合は、原則非公開だ。



少年鑑別所による鑑別結果や、家庭環境等の調査結果、付添人による意見などを踏まえ、(1)処分しない、(2)児童相談所などへ送致する、(3)保護観察や少年院送致などの保護処分とする、(4)検察官へ送致する(逆送)――といった決定をおこなう。



今回の事件では、少年は殺人未遂の疑いで逮捕された。澤井康生弁護士は今後の流れとして、「家庭裁判所において少年審判が開かれることになるが、おそらく保護処分決定で少年院送致になると思う」と語る。



「今回の事件は、17歳の少年が3件の殺人未遂を犯した重大事件です。そのため、検察官送致(逆送)となり、通常の成人と同様の刑事事件として裁かれるか否かが問題となります。



少年法の規定では16歳以上の少年が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事件(殺人既遂)の場合は原則、逆送とされています(同法20条2項)。しかし、今回は殺人未遂であって殺人既遂ではないことから、原則に該当しません。



そこで、家庭裁判所は、一切の事情を斟酌(しんしゃく)して、その裁量により、刑事処分相当か否かを判断することになります(同法20条1項)」



もし逆送となった場合、少年は原則として起訴される。この場合、その後の刑事手続きは、基本的に成人と同じ流れをたどることになる。





澤井弁護士が逆送ではなく、少年院送致となる可能性があるとみている理由は、逆送となる割合が低いためでもある。



「最高裁判所が公開している司法統計によれば、少年事件において逆送となる割合はもともと全体の2.6%程度しかなく、かなり例外的なケースであることがわかります。ちなみに保護処分となるのは全体の22.2%もあります(2019年度データ)。



さらに2020年度の年齢別、犯罪種別の統計データによれば、16歳~17歳で殺人未遂事件を犯したケースは8件です。しかし、8件すべてが保護処分(少年院送致が6件、保護観察が2件)となっており、逆送された事件は1件もありませんでした。



このような家庭裁判所による実際の運用傾向からすると、今回の事件において、逆送となる可能性は低く、保護処分として少年院送致となるのではないかと思います」



●「少年院」と「少年刑務所」の違いは?

澤井弁護士によると、少年院は「収容すべき少年の年齢、心身の状況および犯罪傾向の進度によってタイプが分かれている(少年院法4条)」という。つまり、少年の心身の状況などによって、収容される少年院が変わるということだ。



「通常の少年が入所する少年院(第1種少年院)、犯罪的傾向が進んだ少年が入所する少年院(第2種少年院)があります。また、心身に著しい障害がある少年が入所する少年院(第3種少年院)もあり、これがいわゆる「医療少年院」と呼ばれている施設になります。



医療少年院は心身に著しい障害がある場合、すなわち身体疾患、身体障害、精神疾患や精神障害を有する場合に入所することになります。この少年院には、内科、外科、精神科など全ての科がそろっており、医療法上の病院にあたります。



ここでは少年に専門的治療を施しながら、健全な社会生活に再適応・社会復帰させるための特別な矯正教育が実施されています」



一方、犯行時17歳の少年が逆送となり、検察官に起訴され、執行猶予の付かない実刑判決となった場合には、少年刑務所に収容されて服役することになる(少年法56条)。少年刑務所と少年院には、どのような違いがあるのだろうか。



「少年院の目的は、あくまで少年に対する適切な矯正教育をおこない、改善更生と社会復帰を図ることです。そのため、少年に対して、生活指導、職業指導、教科指導、体育指導、野外活動などの特別活動指導などが施されます。



これに対して、少年刑務所はあくまで刑務所の一種であり、刑罰を執行するための施設であることから、成年の受刑者同様に刑務作業をおこなうことになります。ただし、少年であることに配慮し、少年院でおこなっているような矯正指導もあります」



●少年は社会復帰後に「大学入試を受験することはできる」

報道によると、今回の事件で逮捕された少年は、医師になるために東大を目指していたという。今後、どのような処分が言い渡されたとしても、少年は、いずれは社会に戻ってくることになる。



澤井弁護士は「もし、少年が退学などの事情によって、高校を卒業できなかった場合であっても、社会復帰した際に大学入試を受験することはできる」と話す。



「今回の事件の少年が保護処分となり、少年院送致となった場合は、少年院の中で教科指導(高等学校教育指導)を受けることが可能ですし、高卒認定試験(かつての大検)も受験することができます。



刑事裁判を受けて少年刑務所に収容されたとしても、2007年から法務省と文部科学省の連携により、刑務所内で高卒認定試験を受験できるようになっています。



そのため、少年院送致となった場合でも、少年刑務所に収容された場合でも、施設内で高卒認定試験受験し、社会復帰した際に大学入試を受験することはできます」



●改正少年法の影響は受けない

今年4月1日からは改正少年法も施行されて、18、19歳は「特定少年」と位置付けられる。今回の少年は犯行時17歳であるが、何らかの影響を受けるのだろうか。



「少年法の改正によって、原則として逆送となる事件の対象を拡大したり、有期懲役が科される場合、20歳以上と同様の刑期の長さになったり、起訴された場合に実名報道が解禁されたりします。



今回の事件の少年は犯行時に17歳だったことから『特定少年』には該当しませんので、今回の少年法改正がただちに影響することはないと思います」




【取材協力弁護士】
澤井 康生(さわい・やすお)弁護士
警察官僚出身で警視庁刑事としての経験も有する。ファイナンスMBAを取得し、企業法務、一般民事事件、家事事件、刑事事件などを手がける傍ら東京簡易裁判所の非常勤裁判官、東京税理士会のインハウスロイヤー(非常勤)も歴任、公認不正検査士試験や金融コンプライアンスオフィサー1級試験にも合格、企業不祥事が起きた場合の第三者委員会の経験も豊富、その他各新聞での有識者コメント、テレビ・ラジオ等の出演も多く幅広い分野で活躍。陸上自衛隊予備自衛官の資格も有する。現在、朝日新聞社ウェブサイトtelling「HELP ME 弁護士センセイ」連載。楽天証券ウェブサイト「トウシル」連載。新宿区西早稲田の秋法律事務所のパートナー弁護士。代表著書「捜査本部というすごい仕組み」(マイナビ新書)など。
事務所名:秋法律事務所
事務所URL:https://www.bengo4.com/tokyo/a_13104/l_127519/