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転勤命令は拒否できる? 場合によっては命令が無効とされるケースも

2022年01月17日 10:11  弁護士ドットコム

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職場でトラブルに遭遇しても、対処法がわからない人も多いでしょう。そこで、いざという時に備えて、ぜひ知って欲しい法律知識を笠置裕亮弁護士がお届けします。


【関連記事:【第7回】「うちの会社には有休なんてない」と言われたら…有給休暇のルールを知っておこう】



連載の第8回は「転勤命令は拒否できる?」です。4月の人事異動を前に、転勤(​​配置転換)の打診や内示を受ける人も増えてくる頃ですが、笠置弁護士は「​​配置転換命令は無限定には発することができません」と話します。場合によっては命令が無効とされるケースもあるといいます。



どのような場合であれば無効となるのか、解説してもらいました。



●2021年にも転勤めぐる裁判

2021年は、配置転換に関する重要な判決の言渡しが相次ぎました。その中でも注目を集めたのが、「NECソリューションイノベータ事件」(2021年11月29日大阪地裁判決)です。





障害を持つお子さんと持病を持つ実母と大阪で同居する従業員が、大阪での拠点が閉鎖されることにともない、遠く神奈川県川崎市への配置転換を会社から命じられました。



これに対し、自身が単身赴任し、体調が万全ではない母にお子さんの世話をまかせるのは難しく、家族で引っ越せば環境の激変から長男の病状が悪化するおそれがあったとの理由により、配置転換命令を断ったところ、会社がこの従業員を懲戒解雇したという事件です。



会社との話し合いの中では、清掃業務への出向などの話も出たようですが、業務内容をめぐって合意には至らなかったということがあったようです。



裁判では、紛争の発端となった配置転換命令が有効かどうかが争われました。



現時点で判決文が公表されておらず、詳細は不明ですが、一審大阪地裁は、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるとはいえない」などと述べ、配置転換命令は「人事権の濫用」で無効だとする従業員側の訴えを退けたようです。



●配置転換命令は無限定には発することができない

伝統的に、配置転換命令の多さは、長期雇用慣行をとる日本企業の特質だとされてきました。



つまり、配置転換命令によって、多数の職場や職種を経験させることで、幅広いスキルを身につけさせ、技術や市場が次々に変化していく中でも、従業員を雇い続けられるようにすることが可能になっていたのです。そのため、多くの従業員を多数回にわたって何度も配置転換させることは、これまで社会的に広く行われてきました。



とはいえ、引っ越しを余儀なくされるような遠方への配置転換命令を受けた場合には、従業員の私生活に多大な影響が及ぶことになります。そのため、配置転換命令は無限定には発することができません。



1986年に最高裁が示した判断基準では、配置転換命令を発することが権利濫用と言える事情がないのであれば、配置転換命令を広く有効だと判断してきました。



具体的には、配置転換命令を発せられることが契約上明記されており、かつ、
・配転命令に業務上の必要性が存在しない場合、
・配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合、
・労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、
には、権利濫用になるとしています。



●裁判所の判断に変化も

しかし、近年の裁判例では、上記のように配置転換命令の有効性を広く認める判断基準のもとでも、社会情勢の変化を考慮して、会社の下した配置転換命令を違法無効だと結論付けるものが多数出ています。



例えば、バブル崩壊後、長く続く不景気の中で、従業員を退職に追い込むために追い出し部屋と呼ばれる部署に配置転換をしたり、会社の不正な行為について内部告発した従業員に報復する目的で左遷したような場合において、裁判所は、配転命令が不当な動機・目的をもってなされたといえるとして配置転換命令を違法無効と判断しました。



「労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるかどうか」という点の判断においても、かつてとは大きな変化が見られています。



少子高齢化が急速に進んでいく中で、育児負担や介護負担を負う者であっても十分活躍できる社会を作らなければならないという政策目的のもと、2002年に育児介護休業法が施行されました。



「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない」(育児介護休業法26条)

育児介護休業法施行後、裁判所は法律の趣旨に照らして、不利益が大きいにもかかわらず適切な手続・配慮がなされていない場合には労働者の不利益は著しいものと判断するという傾向が見られます。



具体的には、
・労働者の不利益の大きさがどの程度のものか、
・配置転換に至る手続が妥当であったかどうか(本人に事情聴取をするなどして、命令前に家庭の事情を十分考慮したかどうか、配転の理由等について労働者に具体的に説明したかどうか、労働組合等と真摯な態度で誠実に協議・交渉したかどうかなど)、
などを慎重に考慮しています。



さらに一歩進み、最近では、ITの専門職従業員のキャリア形成の期待への配慮を重視し、倉庫係への配置転換命令を違法無効としたものもあります。



また、精神疾患に罹患していた従業員への転勤命令について、業務上の必要性は認められないか、または非常に弱いものである一方で、環境変化や通勤時間が大幅に延びてしまうことなどが心身や疾患に悪影響を与えるおそれも否定できないとして、転勤命令を違法無効と判断した判決も出されています。



とはいえ、裁判所は、単に家族の事情で単身赴任を強いられることになるという事情は、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益ではないという立場を崩していません。しかし、このような考え方は、欧米先進国の中で一般的であるとは必ずしも言えません。



例えばフランスでは、働く場所がどこかという点は、従業員個人の同意なく一方的に変更できるものではないと考えられており、引っ越しを伴う配置転換命令については、会社の正当な利益を保護するために必要不可欠と言えるまでの例外的な事情がなければ認められないとされています。つまり、日本と比べて、原則と例外が逆になっているのです。





●転勤「退職のキッカケになる」が6割

エン・ジャパン株式会社が2019年に1万人のユーザーを対象に行ったアンケートでは、約6割が「転勤は退職のキッカケになる」と回答しています。私が教えているゼミの学生たちと話していても、配置転換がどの程度あるかという点は、学生の企業選びの大きな要素になっていると実感します。



加えて、新型コロナウイルス感染症拡大に伴って急速に普及しているテレワークという働き方は、これまでのようにコストをかけて、従業員を大規模に配置転換させる必要性が本当にあるのかを各企業に問い直しています。



社会情勢も家庭のあり方も、昭和の時代とは大きく変化している中で、1986年に出された裁判所の判断基準も、おのずから変化を迫られていると言えるでしょう。



冒頭にご紹介した大阪地裁の判決については、果たして高裁や最高裁でも維持されるのか、あるいは判断の変更があり得るのか、要注目です。



(笠置裕亮弁護士の連載コラム「知っておいて損はない!労働豆知識」では、笠置弁護士の元に寄せられる労働相談などから、働くすべての人に知っておいてもらいたい知識、いざというときに役立つ情報をお届けします。)




【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/