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『TOKYO MER』脚本家・黒岩勉の快進撃 少年漫画の爽快感をテレビドラマに移植?

2022年01月14日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(c)TBS

 脚本家・黒岩勉の快進撃が続いている。


【写真】『TOKYO MER』映画版に出演するキャスト


 2021年は『らせんの迷宮~DNA科学捜査~』(テレビ東京系)、『消えた初恋』(テレビ朝日系)、そして映画化が決まった『TOKYO MER~走る救急救命室~』(TBS系/以下『TOKYO MER』)の3本の連続ドラマを執筆。今年は、映画『キングダム2 遥かなる大地へ』と劇場アニメ『ONE PIECE FILM RED』の脚本が決まっている。


 テレビドラマには多作の脚本家が少なくないが、黒岩のように原作ものもオリジナル作品も幅広く手掛ける一方で、映画やアニメの脚本まで書くという作家はめずらしい。


 彼が手掛けてきた作品を観ていると、基本的には娯楽作を中心に手掛けるエンタメ系職人作家という印象だが、どの作品も彼ならではの独自の手触りがある。


 黒岩は大学卒業後、ラジオやテレビ番組の構成作家として活躍。2008年の第20回フジテレビヤングシナリオ大賞の佳作を受賞し、『世にも奇妙な物語~2009春の特別編~』(フジテレビ系)のエピソード『自殺者リサイクル法』で脚本家としてデビューする。


 その後、『LIAR GAME Season2』(フジテレビ系)で連続ドラマデビュー。本作は甲斐谷忍の同名漫画をドラマ化した作品で、昨年大ヒットした韓国ドラマ『イカゲーム』に影響を与えた「デスゲームもの」の傑作として知られている。


 極限状況での心理的駆け引きをエンタメとして見せると同時に、格差社会の暗喩としての理不尽なゲームをプレイヤー同士が信用し合うことで勝利していく姿を描いた作品だった。古家和尚が脚本を担当したシーズン1を引き継ぐ形での執筆だったが、原作ものということを差し引いても、初の連ドラとは思えない見事な仕事だった。ドラマ脚本家としての力量は、本作で証明されたと言って間違えないだろう。


 その後、黒岩は『謎解きはディナーのあとで』(フジテレビ系)や『ようこそ、わが家へ』(フジテレビ系)といったミステリー系の作品を多数手掛けることで脚本家としての地位を確立していく。そして、黒岩の名が広く知られるようになったが、2016年に発表したオリジナルドラマ『僕のヤバイ妻』(関西テレビ・フジテレビ系)だ。


 本作は、カフェを経営する夫・望月幸平(伊藤英明)の妻・真理亜(木村佳乃)が何者かに誘拐されたことから始まるサスペンスドラマ。幸平は愛人の北里杏南(相武紗季)と共に真里亜の殺害を計画していた。しかし妻が誘拐されたことで計画は狂い、物語は予期せぬ方向へと転がっていく……。


 誘拐された真里亜の身代金2億円を巡って駆け引きを繰り広げる姿は『LIAR GAME』と同じ「デスゲームもの」と言えるが、主人公の望月も含めて登場人物が全員、金のために相手を殺すことに躊躇がないため、物語はどんどんエスカレートしていく。


 面白いのは各登場人物の描き方。決断が素早く思い切りが良いため「騙して殺して金を奪う」という犯罪行為の連鎖でありながら、どこか清々しい。


 黒岩は「スポーツ中継のようなドラマにしたかった」※1 と語っているが、確かにスポーツ選手のファインプレーを見ているような“清々しさ”が本作にはある。


 19世紀に発表されたアレクサンドル・デュマの小説を現代劇に脚色した『モンテ・クリスト伯 ー華麗なる復讐ー』(フジテレビ系)も、陰惨な描写が続く復讐劇だったが、振り切った描写が続くため不思議と嫌な気持ちにならない。


 『僕のヤバイ妻』も『モンテ・クリスト伯』も、登場人物が素早い判断で駆け引きを繰り返すうちに、独自のグルーヴ感が生まれる。


 このグルーヴ感は「物語の快楽」と言い換えることもできる。現代の作家は、物語を正面から語ることをためらいがちで、どうしてもツッコミ目線を入れて相対化してしまうことが多いのだが、黒岩は物語を語ることに対して迷いがない。だからこそ多くの視聴者に届く。


 そんな黒岩の集大成といえるのが、昨年放送された『TOKYO MER』だ。


 未曾有の災害、大規模な事件・事故、テロの脅威、未知なる感染症に対応するため、東京都知事・赤塚梓(石田ゆり子)が立ち上げた「TOKYO MER」は都知事直属の医療組織。
「死者を一人も出さない」を目標とし、最新の医療機器とオペ室を搭載したERカーで事故現場に直行し、現地で直接オペをおこなう。


 描かれるのは、極限状態の事故現場で重症患者を助けるための選択を数分単位で決断していく医師たちの姿。コロナ禍を踏まえた2021年ならではの医療ドラマとなっており、直接的な描写はないものの、医系技官、トリアージといった言葉が劇中で飛び交い、感染症への不安から医療従事者が差別されているという台詞も登場する。


 政治的背景も含め設定は複雑だが、チーフドクターの喜多見幸太(鈴木亮平)の行動原理が「とにかく人を助けたい」という純粋かつ単純明快なので、観ていてとても爽快感がある。


 設定や世界観は複雑だが、登場人物の行動原理は純粋でわかりやすい。これは黒岩が脚本として参加している『ONE PIECE』(集英社)とも共通する要素だ。


 つまり、黒岩勉は少年漫画の爽快感をテレビドラマに移植した脚本家なのだ。


※参考
1.【きょうの人】市川森一脚本賞を受賞した黒岩勉さん(43) ドラマは「スポーツ中継のように」産経ニュース
https://www.sankei.com/article/20170329-FQLAG64DLFML7E6ZPBODQOKN54/


(成馬零一)