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ジャズ漫画『スインギンドラゴンタイガーブギ』は心を揺さぶる? 音楽の本質を訴えるセリフから考察

2022年01月10日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『スインギンドラゴンタイガーブギ(6)』

 ときは昭和26年、戦後の米軍占領下にある日本で、ジャズの世界に飛びこんだ少女の奮闘を描いた漫画『スインギンドラゴンタイガーブギ』(灰田高鴻、監修=東谷護/講談社/全6巻)。


参考:【画像】『スインギンドラゴンタイガーブギ(1)』表紙


 ヒロインの“とら”は、姉の想い人であるベーシスト・小田島を探すために福井から単身上京する。小田島の所属するジャズバンドにボーカリストとして加入し、天性の才能を開花させていく――焼け跡からの復興をも体現する、胸のすく成長譚である。


 とらをスカウトしたバンドリーダーの丸山が作中でその名を引き合いに出していることからして、彼女のイメージモデルは昭和初期に13歳で舞台デビューし天才少女歌手といわれた笠置シヅ子か。笠置シヅ子は戦後の大ヒット曲『東京ブギウギ』の歌い手である。


 ともかく序盤から、とらのパフォーマンスにグイグイ引きこまれた。スカートをひるがえし、手足を伸びやかに動かしながら歌う姿がバンドを扇動し、メンバーも負けじと熱くなる。躍動感いっぱいの音が聞こえてくるよう。とらが弾むベースの音を「ぼむぼむぶぅ~ん ぼっぼんぼん!」と口ずさむ擬音語も秀逸だ。


 バンドの活動の拠点は米軍キャンプだったが、丸山は貧苦から抜け出し、成り上がるためにとらを看板として芸能界への進出をもくろむ。音楽家のギャラを決める「格付け審査」という仕組み、ラジオの勃興、裏社会の仲介役に至るまで、時代の息吹を伝える情報もふんだんに盛りこまれている。戦後ポピュラー音楽の流れを概観する背景の描きこみも登場人物たちの熱気をよりリアルなものとしているのだ。当時の流行語を折りこんだ洒脱な台詞回し、笑いとシリアスが自然に同居する語り口の巧みさも抜群だ。


 また、本作はジャズを軸とした多面的な《感情史》でもある。


 丸山の父は米軍キャンプで演奏をする息子を「アメリカ野郎の太鼓持ち」とののしる。一方、米兵たちの苛立ちが描写される部分も印象的だ。日本人は敗れはしたが、平和を手に入れている。いつ朝鮮戦争にかり出されるかわからない不安を抱えた彼らからすれば、貧しかろうが自由に音楽を演奏して暮らせる身分がどんなに恵まれているか。そんなことに気づかされる。


 バンドを率いる立場の丸山は、仏頂面の小田島に口うるさいほどに「スマイル」を求める。それはプロの矜持でもあるとともに、丸山が人一倍「みんなに笑顔であってほしい」と望んでいるためでもある。調子のいい男に見える丸山だが、成功にこだわる気持ちの奥底には戦下で命を落とした姉への想いがあるのだ。


 小田島はバンドの中でも抜きん出た実力を持ちながら、過去6年分の記憶を失い、闇の中にいるかのような日々を過ごしている。とらはそんな小田島に、いっしょに楽しく演奏し、笑っていてほしいと思うようになりーーまだローティーンのとらの淡い恋心とミュージシャンシップの入り混じった感情がいじらしく、甘酸っぱく映る。


 バンドは方向性の違いから分裂し、メンバーはそれぞれに腕を磨き、また再会を遂げ、そして各々に道をひらいていく。壁にぶつかったとき、必要とされていないと感じたとき、ミュージシャンは「どうして音楽をやる意味があるんだろう?」と思い悩むものだが。


 米軍クラブのマスターは言う。


“「音楽がないと人生がままならないじゃないですか‼︎」(3巻P103)”


  小田島に想いを寄せるピアニストは言う。


“「この曲が繰り返される度に……私はあの人に恋こがれてそして失恋をするのです」”
“「有史以来人間はそうやって自分自身を舞台役者のように演じてきて……沸き起こる感情をリセットする術を求めて芸術を創り鑑賞し続けてきたんじゃなかろうかなんて……」(6巻P54~55)”


 折にふれて語られる、音楽の本質を伝える言葉にも心揺さぶられた。作り手は音楽に感情を宿し、聴き手はその感情を受け取り、また自分の中でふくらませる。時代を作った音楽と、それにまつわる感情を描き出した本作から、読み手は音楽を愛する心のありようをしっかりと受け取るはずであろう。