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『ちりとてちん』はSNS考察を楽しむドラマのはしり? 『カムカム』との共通項も

2022年01月03日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『カムカムエヴリバディ』(写真提供=NHK)

 上白石萌音から深津絵里へとヒロインがバトンタッチしたNHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』。新しい手法を次々と取り入れており、目が離せない。


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 『カムカムエヴリバディ』の好評ぶりとともに注目を集めているのが、脚本の藤本有紀が今から14年前の2007年に手がけた朝ドラ『ちりとてちん』だ。放送当時は朝ドラ過去最低の平均視聴率(関東のみ)が話題になったが、筆者も含めた熱狂的ファンが多い作品として知られ、DVDボックスは過去最高の売り上げを記録。朝ドラ初の「ファン感謝祭」まで開かれた。今では当たり前になった「朝ドラ受け」も、『ちりとてちん』の最終回1話前でニュースに登場した森本健成アナの一言が始まりと言われている。最近では『カムカムエヴリバディ』の第23話で、闇市に『ちりとてちん』に登場した小料理屋「寝床」の暖簾がかけられていてファンが盛り上がった。


 ここではあらためて『ちりとてちん』の魅力について語ってみたい。『カムカムエヴリバディ』との共通点が見つかることもあれば、あえて変えているところも見つかると思う。


 『ちりとてちん』では、なんといっても主人公の和田喜代美(貫地谷しほり)のキャラクター造形に驚かされた。朝ドラのヒロインといえば、明るく健気でいつも前向きというイメージがあったが、喜代美はそれを完全に覆すような、後向きで劣等感まみれで妄想癖があって肝心なときはいつも弱気になってしまうヒロインだった。宮藤官九郎脚本の朝ドラ『あまちゃん』(2013年/NHK総合)の主人公・天野アキ(能年玲奈)のキャラクター造形にも影響を与えていると思われる。


 喜代美のまわりにも個性的な人物が多い。喜代美が自分を変えるために引っ越した大阪で出会うのが、高座に上がれなくなった落語家・徒然亭草若(渡瀬恒彦)をはじめとする徒然亭一門の面々だった。実力者の一番弟子・草原(桂吉弥)、短気だが落語を愛する二番弟子の草々(青木崇高)、父・草若に複雑な思いを抱える売れっ子タレント(だけど落ち目気味)の三番弟子・小草若(茂山宗彦)、クールで計算高い四番弟子の四草(加藤虎ノ介)という個性豊かな4人はファンの人気も高く、スピンオフドラマも制作された。喜代美は彼らに囲まれて生活するうちに、やがて落語家を目指して修行を始める。


 登場人物で忘れてはならないのは、天然ボケで突拍子のない行動をとることもあるが、家族と五木ひろしをこよなく愛し、おおらかで人情家で涙もろい母・糸子(和久井映見)の存在だろう。当時37歳で母親役に見えるよう苦労したと語っていた和久井だが、『ちりとてちん』での好演をきっかけに、大河ドラマを含めたありとあらゆるドラマで母親役を演じる「日本の母の第一人者」となった。大阪へと電車で旅立つ娘を見送りながら、五木ひろしの「ふるさと」を河原のカラオケ大会で熱唱するシーンでは、どんなシーンかまったく知らないエキストラの人たちが和久井の歌を聴いて涙したというエピソードがある。


 『ちりとてちん』には、喜代美をはじめ、どこか欠点があるけど、愛らしくて憎めない人物が多い。本作の大きなテーマである、立派な人物がまったく出てこない「落語」と共通している。まったくろくでなしに見えても実はいいところがあったり、表向きは完璧でも実はダメなところがあったりするのが人間というもの。そんな人たちが寄り集まって、失敗を重ねながら落語やそれぞれの生業に懸命に打ち込む姿は、落語好きだった喜代美の祖父・正太郎(米倉斉加年)の言葉を思い起こさせる。「おかしな人間が一生懸命生きとる姿はほんまにおもろい。落語と同じや」。


 『ちりとてちん』のもう一つの大きな魅力は、凝りに凝った構成と緻密にはりめぐらされた伏線だった。放送当時、ソーシャルネットワークサービス「mixi」でファンが1話ごとに考察を繰り広げていたのをよく覚えている。『ちりとてちん』はファンがSNSで考察を楽しむドラマのはしりだったように思う。


 まず、落語を大きなテーマにしているため、「愛宕山」「次の御用日」「崇徳院」「ちりとてちん」「たちぎれ線香」などの落語がエピソードの中に登場するが、それぞれの内容がストーリーと重ね合わさっている。特に、ドジばかりの幇間が旦那や芸妓たちとピクニックをする賑やかな演目「愛宕山」は、喜代美が落語を好きになるきっかけになっているとともに、祖父を亡くして落ち込む喜代美が立ち直るきっかけとなったり、喜代美と草若の出会いを導いたりと、物語全体の鍵になっていた。妻を亡くしてから高座に上がれなくなった草若が、3年ぶりに開かれた徒然亭一門の落語会で突然高座に上がり、泣きじゃくる弟子たちの前で「愛宕山」をかけるシーンはNHKの企画サイト「朝ドラ100」の「思い出の名シーンランキング」で堂々1位になっている。


 落語の演目がストーリーと重なったり、演目を主人公たちが扮装して再現するのは、宮藤官九郎脚本の『タイガー&ドラゴン』(2005年/TBS系)と同じ。ルーツは大衆演劇の演目を取り入れた市川森一脚本の『淋しいのはお前だけじゃない』(1982年/TBS系)である。


 伏線の張り方と回収も実にきめ細かく、例を挙げようとすると膨大になる。大きな伏線回収の例を二つ紹介しよう。


 『ちりとてちん』は「伝統を継ぐこと」が大きなテーマになっていた。正太郎が大切にしていて、喜代美が繰り返し聞いていた「愛宕山」の落語のテープが、実は草若から直接もらっていたものだと判明する。これは一度、家を出ていた喜代美の父・正典(松重豊)が塗箸職人の後継ぎになると決心した日に行われた落語会で、記念としてもらったものだった。そのときの楽屋には草若の息子、小草若もいた。二組の伝統を継ぐものたちの運命が重なっていたのだ。


 最大の伏線回収は、家族のために生きる専業主婦の糸子を見て「お母ちゃんみたいになりたくない!」と故郷を飛び出した喜代美が、最終週で母親になることを選んで「私、お母ちゃんみたいになりたい」というものだろう。糸子が喜代美を生んだときは、夫の正典が糸子の大好きな五木ひろしの「ふるさと」を歌ってくれていたが、喜代美が出産するときは、夫の草々が亡き師匠の「愛宕山」を語っていた。ひとつの曲(演目)をリフレインさせながら主題を語っていく手法は『カムカムエヴリバディ』での「On The Sunny Side Of The Street」と通じている。五木ひろし(本人)の起用法も大変粋なものだった。


 朝ドラ史に残る傑作の一つである『ちりとてちん』。配信も行われているので、未見の方は『カムカムエヴリバディ』を完走したらぜひ観てもらいたい。


(大山くまお)