2021年12月31日 09:31 弁護士ドットコム
商品の購入者やサービス利用者たちが販売員となり、次の購入者を誘って販路を拡大し、マージンを得る「マルチ商法」。対面が難しくなったコロナ禍でも活動は止まず、11月には違法勧誘での逮捕事件も発生した。昔からあるのに見えにくいその実態について、ある男性が証言する(ジャーナリスト・富岡悠希)
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12月中旬の平日午後2時、渋谷駅から少し離れたカフェ前で待ち合わせをした。「富岡さん?」と声を掛けてきたのは、ズュータンさん。『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(https://www.amazon.co.jp/dp/4591168425)(ポプラ社)の著者だ。
ズュータンさんは、書籍タイトル通りにマルチ商法に取り込まれた妻と離婚した過去を持つ。妻をマルチ商法から離そうとする過程とすれ違いぶりは、読むと切なくなる。
離婚後の2016年3月から被害者の声を集めて、noteに書き始めた。その相手は140人を超す。
マルチ商法の実態や被害は、なかなか見えにくい。語れる数少ない「専門家」として、現状をどう見ているのだろうか。
――こちらのカフェ、マルチ商法への勧誘がよくおこなわれていた場所と聞きましたが。
先ほど店内をぐるっと回りましたが、今は勧誘しているテーブルはないですね。5、6年前に来たとき、入口やレジに「ネットワークビジネスの勧誘お断り」と急に張り紙が貼られていました。さすがにお店も問題視したのでしょう。そんなこともあって、少しは減ったのかな。
数年前に来たときも、まだ向こうの壁側にずらりと並んでいたり、そこかしこのテーブルでおこなわれていたりしました。時にはこちら側や喫煙スペースのほうにもいて。
このカフェの使われ方は、勧誘だけはありません。近くに、マルチ商法を手掛ける企業の本社があります。土日に開かれたセミナーが終わったあと、そろってここに来る。
マルチのシステム内でランクの高い「上位会員」を囲んで、勧誘の仕方の反省会や、うまく勧誘するにはどうすればいいかのミーティングをしていました。 上位会員の50代女性が、若い会員に「とにかく一度私の家に連れてきなさいよ!」と言っていたことも。
カフェなどで出会うと、話し方も独特ですね。声を張っているというか、早口で声がでかいのでわかりやすい。ノートにマルチのピラミッドが書かれていることもあるし、話の内容などでもわかります。
このカフェに限った話ではなく、渋谷の別の喫茶店は、学生に高額な投資用USBの購入を持ちかけるマルチの巣窟みたいになっています。何度も出くわしました。
――仕事柄、私も喫茶店はよく利用しますが、記憶にないです。
敏感になってしまったんですよね…。マルチ商法の人のオーラを感じるようになったので。表情、話し方、雰囲気など、何か違和感を感じると、だいたいマルチ商法の勧誘やミーティングをしていることが多いです。
話は渋谷に限りません。11月には横浜で、ABC勧誘に出くわしました。
「見込み客」=「カスタマーC」に対して、「代わりの説明役」=「アドバイザーのA」と「橋渡し役」=「ブリッジB」が囲んでいました。典型的なマルチ勧誘のやり方です。
また、10月には新宿でも、マッチングアプリで出会った男性に対して、女性が勧誘していました。たぶん男性はこの後、どこかに行こうとしてたらしく、バッチリおしゃれ。「え? マルチの話だけ? この後どっか行こうよ」みたいなリアクションをしていました。女の子は「この後も3人ぐらいと会わなきゃ」と言って出て行ったので、さらに勧誘をするのでしょう。
都心だけでなく、郊外のファミレスでも出くわします。マルチの勧誘は日常風景で、どこにでもあります。
――そうした勧誘は、適切におこなわれているのでしょうか?
マルチ商法は特定商取引法で厳しく規制されている「連鎖販売取引」の通称です。まず、勧誘目的だと伝えずにアポを取ってはいけません。また、公衆の出入りしない場所に誘い込むこともダメです。とすると、「お茶しよう!」と自宅に招かれてマルチの話をされたらアウトですよね?
マルチ商法を手掛ける企業は、どこも「法令遵守」を掲げています。ところが、現場はそうならない。最初から「マルチへ誘いたい」と言って誰が来ますか? マルチという単語を使わず、ネットワークビジネスでも同じでしょう。
そのため、目的を隠して勧誘相手に近づく「ブラインド勧誘」が、どんどん巧妙になっているように感じています。
いろいろな話を聞き、少しずつ仲良くなる。そして、別の会員の家で開かれる料理教室に誘うなどする。人間関係が出来てから、「ねえ、この会社知ってる?」と切り出すのです。
私が見た、あるマルチ企業の上位会員が勧誘初心者向けにおこなっているセミナー動画でも、ブラインド勧誘が前提で話がされていました。
――投資マルチの被害にあった若者が増えているという報道があります。
投資マルチや先ほど話に出したUSBマルチだと、たしかに若者の被害者が多いです。そのため、マルチは若者が被害に遭うものというイメージが出来上がってしまいます。また、報道されるのは、お金の被害があったケースに限られます。
昔からあるマルチの手法は、複雑で手が込んでいます。たとえ自分が逃げられたとしても、もっと弱い人が被害に遭う。その中には、お金持ちの人もいますが、学生などの若者やブラック企業に勤めている人、シングルマザー、障がい者などもいることを忘れないでほしいです。
――マルチ被害に関しては、昔から警鐘が鳴らされているのに、なぜ、令和の今も続くのでしょうか?
マルチ側も時代に合わせ変化、進化していると捉えるべきです。
昔は対面勧誘だけだったのが、マッチングアプリを使うようになった。11月の逮捕事件も、マッチングアプリ経由で、被害者と逮捕者が接点を持ちました。
SNSも駆使し、流行ったころはFacebookを使い、今はLINEを連絡手段にしています。
また、上位会員に近づくほど、マインドコントロールや洗脳、服従させる手段をよく勉強しています。自分より上の会員から学ぶほか、関連書籍なども読んでいます。
――「マインドコントロール」と聞くと、そこまでできるのかと感じてしまいます。
以前、社会心理学の専門家と話をする機会がありました。その先生は支配する人とされる人、2人いればマインドコントロールが起こりうると言いました。家庭内でのDVがそうですよね。
マルチでも同じことが起こります。そして、どっぷりはまってしまうと、「自分の人生をマルチに手渡している」状態になります。
――マルチ被害を減らすためには、どうすれば良いのでしょうか?
マルチ商法の実態を多くの人に知ってもらう必要があります。私がこうして取材に応じているのも、その理由です。やはりニュースにしてもらうことで、初めて私たち被害者の声が聞いてもらいやすくなる。行政もマルチ商法の注意喚起をしやすくなるはずです。
また、被害者の声を行政に届ける必要があります。消費者庁は「特定商取引法違反被疑情報提供フォーム」(https://form.caa.go.jp/input.php?select=1160)を用意しています。
このフォームを開くと、「違反の疑いがある行為をおこなっている事業者」を報告できます。「取引態様等の選択」をして、「事実関係」を記します。
マルチに勧誘された場合は、メモ・録音・録画などをしておくといい。こうした情報提供で役立つし、あとで被害を証明する証拠になります。
消費者庁に事例がたまれば、特商法でマルチ商法(連鎖販売取引)をより厳しく規制する動きも出てくると期待しています。
――たしかに一つの手段になり得そうです。
ただし、ここで注意点があります。情報提供をするためには、被害者が被害を受けたと認識できる必要があります。
私が自分の身に起こった被害を発信しても、「お前が悪いだろう」という反応が一定数で起こります。「自己責任論」ですね。こうした反応をぶつけられると、被害者なのに声をあげにくくなってしまう。
また、被害者は、常に反省を強いられます。誰に言われなくても、「なんでこうなった」「もっとどうにかできなかったか」と自分を責めている。
いまだに、だまされたほうが悪いという風潮があるように思います。加害や被害の実態が明らかになっていないうえに、特に大手メディアがあまり記事にしない。
ウェブメディアなどを通して、「マルチ商法っていかがなものか?」という雰囲気作りをしていくことが、大事だと痛感しています。
そういう雰囲気があって、はじめて被害者も声を上げられる社会になるはずです。