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【今月の一冊】直木賞受賞作からノンフィクション超大作まで、各出版社の「年間ベスト作品」を紹介

2021年12月30日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

厳選した5作品

 毎月のテーマに沿って、各出版社のおすすめの作品を紹介する新企画「今月の1冊」。初回のテーマは「年間ベスト作品」とし、2021年に刊行された作品のなかから、厳選した5作品をレビューする。直木賞受賞作からノンフィクション超大作まで、2021年の出版シーンを振り返るにピッタリな作品ばかりなので、未読の方は年末年始、読書時間の参考にしていただきたい。※ランキングではなく順不同。


関連:選出された作品の書影


■『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼(ポプラ社)


 登録者数約27万人というTikTokクリエイターのけんご。“目利きの本読み”として知られる彼が、2021年に読んで面白いと思った小説を決める、第1回「けんご大賞」の受賞作が先ごろ発表された(特別賞を含め全11作)。そこで「ベストオブけんご大賞」に輝いたのが、綾崎隼の『死にたがりの君に贈る物語』である。


 『死にたがりの君に贈る物語』は、「ミマサカリオリ」という人気作家の謎めいた“死”をめぐる青春ミステリだ。「けんごが選んだ」という他は、余計な情報のないまま読み進めていったが、なんとも心に響く一作だった。文字数の関係もあるが、ここでその内容を詳しく紹介するつもりはない。


 ただひとつ言えることは、この小説には、ミステリとしての謎解きの面白さに加え、人はなぜ物語を求めるのか、という著者の根源的な問いと答えが書かれている。身のうちに沸き起こる何かを書かずにはいられない者だけが、真の意味での作家になれるのだろう。しかし読む者がいない物語は不幸だ。それは別に1人でもいい。逆に言えば、1人でもその物語を必要としてくれる人がいるのなら、作品は、作家は、この世に生まれた価値がある。そういう考えを持った作家が書いた物語だけが、信じられるのだと私は思う。(島田一志)


■『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬(早川書房)


 新人の鮮烈なデビュー作が、読書界に旋風を巻き起こしている。第11回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞した逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)は、史上初めて全選考委員が満点をつけた作品で、刊行直後から話題が沸騰。本作はその後、第166回直木賞候補作にも選ばれ、さらなる注目を集めている。


  独ソ戦が激化する1942年。モスクワ近郊の農村で暮らす少女セラフィマは、ドイツ軍に母を含む村人たちを虐殺され、復讐を誓う。狙撃訓練学校の教官長を務めるイリーナのもと、セラフィマは女性だけの狙撃小隊の精鋭となるべく仲間とともに厳しい訓練を受け、やがて戦場の最前線でおびただしい数の敵兵を手にかけていくが――。


  圧倒的な熱量と新人離れした筆致で展開される、史実とフィクションを織り交ぜた女性たちの戦争の物語。本作は戦場の極限状態を描くなかで、ホモソーシャルな軍隊の有様や、女性への性暴行をも問い直す。“女性を守るために戦う“という行動原理を掲げるセラフィマが、最後にたどり着く敵の姿は示唆的だ。セラフィマにとって師匠であり、母の死を冒涜した復讐相手でもあるイリーナとの関係や、さまざまな信念のもとで戦う狙撃手たちとの絆など、女性同士の連帯も本作の大きな魅力のひとつ。凄まじい新鋭による傑作小説である。(嵯峨景子)


■『出版と権力 講談社と野間家の一一〇年』魚住昭(講談社)


 第165回芥川賞を受賞した、石沢麻依による東日本大震災の記憶を巡るデビュー作『貝に続く場所にて』や、第165回直木賞候補作となりその完成度が各方面で絶賛された一穂ミチ『スモールワールズ』など、2021年も数多くの話題作を世に送り出してきた講談社。中でもリアルサウンド ブックが注目したのは、2021年2月に刊行されたノンフィクション作家・魚住昭氏による大著『出版と権力 講談社と野間家の一一〇年』だ。


 『渡邉恒雄 メディアと権力』(2000年)や『野中広務 差別と権力』(2004年)などの伝記的ノンフィクションで知られる著者が、講談社の未公開資料を紐解き、近代出版150年を彩る多彩な人物群像の中に、創業者一族である野間家の人々を位置づけた一冊だ。「日本の雑誌王」と謳われた創業者・野間清治の生い立ちから始まる本書は、講談社の光と影をできる限り正確に描き出すべく、ときに当事者たちにとって都合の悪い内容も綴られている。特に戦時下で講談社がどのような判断のもと、戦争協力に至ったかについては、頁を割いて丹念に著されており、“出版と権力”の関係性を再考する上で極めて示唆的かつ学びの多い資料になっているといえよう。重厚なノンフィクションが高く評価される魚住昭氏の手腕が光る。


 講談社をはじめとした老舗出版社にとっては耳の痛くなるような話も少なくない本書だが、しかし「事実は事実として、正しく後世に伝えるべき」という出版人としての姿勢は、野間清治の時代から脈々と受け継がれている講談社の精神である。同社のコンセプトである「おもしろくて、ためになる」の歴史的背景を辿ることで、出版事業のあり方を問うとともに、その未来を照らし出したことに敬意を表し、本書を講談社の年間ベストに選んだ。(松田広宣)


■『オーバーヒート』千葉雅也(新潮社)


 「小説の新潮」からは、2021年も時代を映し出す優れた作品が数多く刊行された。「多様性を尊重しよう」と謳われる昨今の風潮に一石を投じた朝井リョウの『正欲』、とある島に生きた一族の150年史を描ききった貫井徳郎の大河小説『邯鄲の島遙かなり』、西加奈子がロスジェネ世代の人生の闇に深く潜り込んだ『夜が明ける』など、読み手の認識や価値観を揺さぶるような小説が次々と発表され、混迷した時代における「文学の力」を改めて感じた一年だった。


 ジル・ドゥルーズの哲学を主なテーマとしている哲学者・千葉雅也の小説第二弾『オーバーヒート』は、第165回芥川賞候補となった作品で、本書もまた次の時代を照射する一冊である。東京から大阪に移り住み、京都で教鞭を執る哲学者の「僕」は、リベラルな社会の欺瞞に毒づきながら、男たちとの肉体関係に耽溺し、年下の恋人の態度に一喜一憂する。言葉の世界と肉体の世界を対比的に描く中に、「僕」を取り巻く人々との関係性を星座のように描き出した小説だ。


 本作を文芸誌『新潮 2021年 06 月号』に発表した直後に、千葉はリアルサウンドに社会学者・宮台真司の書籍についての選評「強く生きる弱者ーー宮台社会学について」を寄稿。「弱者の側には、特有の自治の空間がある。そこには特有の喜怒哀楽があり、ドラマがあり、生きがいがあり、そこにはやむをえずの面もあるが、やむをえずだけではない自律性があるのだ」と、弱者が持つ強さについて言及していた。混迷のあまり、善悪を単純に分割してしまいがちな今こそ、千葉の言う「弱者の強者性」に目を向けることが必要なのではないか。(松田広宣)


■『テスカトリポカ』佐藤究(KADOKAWA)


 『テスカトリポカ』は、調査から執筆まで3年余りを費やして書き上げたというクライムノベルの一大巨篇だ。メキシコ、ジャカルタ、そして川崎を舞台に、血塗られたアステカ神話が暗黒の資本主義を加速させるーー。


 メキシコの町から川崎に逃れてきたルシアは、暴力団員の土方興三との間に息子のコシモを産む。両親に愛されずに育ち、日本の学校にも馴染めなかったコシモは、物を盗み、自分で茹でた鶏肉を食らい、公園でひとり彫刻に向き合う日々を過ごす。少年はあまりにも無垢だったが、しかしその肉体には恐るべき力を秘めていた。とある事件を起こして少年院へと入ったコシモは、出院後に雇われた工房でバルミロ・カサソラというメキシコ人と出会う。このバルミロこそ、かつてカルテルに君臨した麻薬密売一族の生き残りだった。やがてコシモは、バルミロが元医師の日本人・末永とともにはじめた国際的な臓器売買ビジネスに関わるようになり……。


 東京から多摩川を越えてすぐの川崎という街を、世界を巻き込んだ新たな凶悪犯罪の中心地とする大胆な発想に説得力を与えているのは、著者の徹底的な調査の賜物である細部の描写だ。ずしりとした重みが伝わるナイフや銃、オイルと錆の匂いがするスクラップ場、悪党たちの眼差しと凄惨な暴力。リアリティの積み重ねによって、日本でも弩級のスケールでクライムノベルを描くことができることを証明した作品として、本作は今後のさまざまなエンターテインメントにも影響を与えるだろう。装丁家・川名潤によるデザインも秀逸で、作品世界への没入度を高めている点も評価したい。(松田広宣)