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『ハコヅメ』川合×藤にみる、令和ならではの師弟愛 永野芽郁がコメディエンヌの才を開花

2021年12月30日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(c)日本テレビ

 今年の夏クールに放送された『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(日本テレビ系、以下『ハコヅメ』)が12月28日から31日にかけて再放送されている。


【写真】『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』最終話の川合と藤


 本作は新人警官として町山警察署の地域課に配属され、町山交番勤務となった川合麻依(永野芽郁)が先輩の藤聖子(戸田恵梨香)の元で警察官として成長していく姿を描いたドラマだ。


 原作は警察官出身の泰三子が『モーニング』で連載している漫画『ハコヅメ~交番女子の逆襲~』(講談社)。物語は基本的に1話完結で、川合たち警察官の日常を切り抜いて楽しく見せていく。モーニングの青年漫画が得意とするお仕事もので、知っているようで知らない交番勤務の内幕がわかるのが、読んでいて楽しい。


 対してドラマ版は、原作漫画の複数のエピソードをつなげて1話にまとめている。脚本を担当したのは『監察医 朝顔』(フジテレビ系)などで知られる根本ノンジ。それぞれのエピソードが有機的につながり最終的にひとつの物語に収斂されていく構造が毎話見事だった。


 基本的にはシチュエーション・コメディの連鎖で作られているため、ドラマとしての敷居が低く、どこから観ても楽しめる。コメディとしての『ハコヅメ』を支えているのは町山交番の所長・伊賀崎秀一を演じるムロツヨシと藤を演じる戸田恵梨香、そして川合を演じる永野芽郁の軽妙なやりとり。


 『大恋愛~僕を忘れる君と』(TBS系)では恋人役だったムロと戸田だが『ハコヅメ』での呼吸もバッチリで、二人が映ると画面にユーモアが生まれる。そこに川合を演じる永野が加わることで更なるケミストリーが生まれるのだが、やはり本作最大の収穫は永野芽郁のコメディエンヌとしての才能ではないかと思う。


 永野とムロも福田雄一監督のドラマ『親バカ青春白書』(日本テレビ系)で親子として共演していた。だが、永野が演じていたのは『ハコヅメ』とは正反対の天然の女の子で、芝居をリードしていたのは父親役のムロだった。


 対して今回の川合は、変人揃いの警察官の中でふつうの人の視点を持ったツッコミ役なので、相手のボケを「受ける」芝居が多かった。新人警官という役割とは裏腹に、ドラマ全体のリズムを作っていたのは永野の芝居で、彼女の目を通して警察官のおかしな世界を覗き見るという構成となっている。つまり永野の適切かつ、ややオーバーなリアクションがあるからこそ視聴者は作品の中に入っていけるのだ。


 川合は新人の女性警官でどちらかというとダメダメのドジっ子キャラだが、川合を演じる永野の芝居は達者で安定感がある。連続テレビ小説『半分、青い。』(NHK総合)で主人公を演じて以降、永野は俳優として急成長しており、川合のリアクションを見ているだけでも楽しめる。一方、作品のメッセージを担っているのが戸田の演じる藤である。彼女の語る警察官としての矜持には毎回、感銘を受けた。


 例えば第1話で、自殺するという通報を繰り返す男性のアパートを訪ねた際「どうせいつものですよ」と言って帰ろうとする川合に対し、藤は「確かに通報内容にはいたずらや虚偽通報、くだらないものも多い。でもそれに対応する私たちは、いつだって本気じゃなきゃダメなの」と言う。


 また、第2話では、川合はガサ入れの場面で箪笥の中にある女性の下着を広げろと言われて「できません」と言って仕事を放棄してしまう。その際、藤は川合を一方的に叱ったりせず「川合の反応が正常」「慣れちゃった私たちの方がおかしいよ」と語りかける。


 川合が間違った行動を取って失敗したり、迷って動けなくなると、藤は優しい口調で助言を与えてくれる。藤が川合を諭す態度は冷静で淡々しており、押し付けがましさは無い。だが、警察官という仕事に対して彼女が誇りを持っていることはちゃんと伝わってくる。


 新人時代に藤のような先輩に出会えた川合は幸せだ。逆に藤の立場から見たら健気に頑張っている川合のような後輩はかわいくて仕方がないのだろうと思う。職場のハラスメントが大きな問題となっている令和の時代ならではの師弟愛である。クールでお茶目なところもあるが、シリアスな場面では冷静に諭してくる藤の振る舞いは、そのまま『ハコヅメ』というドラマの哲学を表している。


 本作は、緩いところは緩いが、押さえるべきところはしっかり押さえた作りとなっている。だからこそ観終わった後は「良い話を観たなぁ」と後味がいい。


 面白いのはこの構成が毎話だけでなく全体にも反映されていることだ。話が進むにつれて、刑事課のエースだった藤が町山交番の勤務になった本当の理由が明らかになり、物語はシリアスな方向へと変わっていく。だが完全にシリアス一辺倒にはならず、最後まで緩い部分を残している。そして、この緩さがあるからこそ、結果的に救いのある結末につながっていく。このシリアスとコメディの絶妙なバランス感覚こそが『ハコヅメ』最大の魅力だろう。川合を優しく見守る藤のような大人でありたいものである。


(成馬零一)