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「全員に不都合のない政策はムリ」コロナ禍で変わる「批判」への意識 元官僚・千正康裕さん

2021年12月29日 10:11  弁護士ドットコム

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一斉休校やアベノマスク、GoToトラベルなど、政権与党が打ち出したコロナ政策の中には、批判や混乱を呼んだものが少なくない。


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元厚労官僚の千正康裕さんの新刊『官邸は今日も間違える』(新潮社)は、なぜ「迷走」が生まれたのか、霞が関に身を投じ、20年過ごした経験から分析した新書だ。



代表的な論点をあげると、▼国民ウケを狙い、「やれ」と言うだけで、実務の流れやリソースに無配慮な「官邸主導」の意思決定▼国民に対する政策意図や内容の説明不足――といった課題があるという。



しかし、多くの問題を指摘されていたにもかかわらず、衆院選で与党は政権を維持。むしろ批判していたリベラル野党が大敗を喫することになった。こうした状況をどう見ているのか、千正さんに聞いた。



●官邸は意外にも「国民の声」に敏感

政府のコロナ対策は批判を呼ぶものも少なくなかった。ただ、批判を受けて対応を改めることも珍しくはなかった。官邸は「一強」と揶揄されることもあるが、無党派層を取り込むため、むしろ支持率、つまり国民の声を良く見ているという。「よかれ」と思ってやっているが、読み間違えがあるということだ。



たとえば、定額給付金は当初、困窮世帯に30万円という話だったが、批判を受けて全世帯に10万円に方針変更となった。



「自分が官僚になりたての20年前だったらそのままだったでしょう。政府が右往左往しすぎの面もありますが、一般の人の声を気にしながら意思決定するようになったこと自体は良いことです」

千正さんは「より良い意思決定になるよう、もっと多くの声をあげてほしい」と強調する。





●「正解のないコロナ対策」批判のあり方に変化

ただ、常に国民に良い顔をすることはできない。コロナ禍で全員が満足する政策はありえないからだ。千正さんは「コロナ禍では、あらゆる意思決定が必ず批判される」と指摘する。



「コロナ禍の意思決定では、『すべての人に不都合のない結論』を出すことができません。答えがないし、使えるリソースも限られている。国民もこの2年でそのことが分かってきた。100点満点がないから、『分かりやすい批判』があまり響かなくなってきていると感じます。衆議院選挙で、追及型の野党候補が落選したのは、そうした世の中の空気を反映していると思います」

日本では今後、コロナと同じように「100点満点がない政策」を先送りにすることなく決断・実行していかねばならない。人口減少、高齢社会、社会保障、環境・エネルギーなどなど――。コロナ禍を経て、不都合を受け入れながら政策を決めていく経験をした今、建設的な議論が求められていると感じる。



ただ、そこで問題になるのは、政治家がきちんと説明するということだ。



「菅さん(義偉前首相)は、ワクチンを早く行き渡らせることには成功したけど、共感するメッセージが乏しく、支持を得られませんでした。『ゼロコロナ』が不可能なことはみんな分かっています。でも、外出自粛や時短営業など不自由を強いられている以上、説明がなければ納得できないのが人情です」

「不都合なことは理解が得られない」ではなく、「不都合なことでも説明すれば理解してもらえる」と国民を信頼しなくては、国民からの信頼も得られないという。



「これからのリーダーは、自分がどんな社会を目指しているのか、どんな政策をしたいのかを伝える能力を持っていないとダメでしょう。SNSでも良いし、地元で直接会う形でも良い。色んな形で伝えるチャレンジをしていかないといけません」

●野党が「提案型」にならないと、行政監視は効きづらい

衆院選により、与野党のトップがそれぞれ交代した。千正さんは「ちょっと光が見える気がする」という。岸田文雄首相は、安倍・菅政権とは異なる「丁寧な説明・対話」を打ち出し、立憲民主党の泉健太代表も「脱批判」で「提案型野党」を目指すとしているためだ。



「政権与党の疑惑に、野党が『正しい批判』をしても野党の人気は上がりませんでした。人気が上がるのは自民党の次の総理大臣候補でした。野党は『正しい』んだけど、(政権を)任せたくないなと思われていた。与党からすれば、だったら情報は出さないほうが得ということになってしまう。

でも、国民が政策を選べるようになって、野党に任せてみようかなと思うようになれば、行政監視も効くようになります」



●「違いが分かりにくい」ではなく、「分かりやすく伝える」のがメディアの仕事

そうした未来に向けて、報道の役割も変わっていく必要があるという。



「野党が提案型で行くのであれば、メディアは与党と野党、どちらの提案が良いかを報じないといけなくなる。だから、メディアは政策分析に相当力を入れないとダメですよ。対立構造がないと『違いが分かりにくい』なんて言っている場合じゃない。そこを分かりやすく伝えるのがメディアの仕事だと思います」

近頃、「野党は批判ばかり」という言葉も目にする。しかし、千正さんは「官僚のつるし上げショー」などと揶揄される「野党合同ヒアリング」についてこう証言する。



「立憲民主党の議員でも、政策を真面目にやっている人ほど、あんなくだらないものやりたくないという人がいっぱいいるんです。でも話を聞いてみると、『ああいうのじゃないと、メディアが取り上げてくれない』って言うんですよ」

著書の中で、千正さんは次のように述べている。




「政治家も官僚も、実際にはよい政策をつくって国民の生活をよくしたいという思いを持っている人が多い。ただ、正解が分からなくなっていると感じる。どこに、どんな課題を抱えている人がいるのか、どういう政策をつくったら解決できるのか。そして、国民がどう思っているのか、そんなことを知りたいと強く思っている」(p236)







「政治家や官僚も、誰の声をどう聴いたら正解か分からなくなっているし、国民の側も、どうやって政策の決定に関わったらよいか、誰にどんな声を届けたらよいか、分からないのではないだろうか。だから、両者をつなぐ回路が必要なのだと、強く思う」(p237)




どうやって今の時代に合った「回路」を再構築していくか――。千正さんは本書の中で、「PoliPoli」「issues」「Pnika」など若い世代がつくった新しいプラットフォームを紹介しながら検討している。こうした流れの中、はたして既存メディアもその「回路」のひとつに変わることはできるだろうか。