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ライターが選ぶ「2021年コミックBEST10」満島エリオ編 『ゴールデンラズベリー』の圧倒的な絵力

2021年12月29日 07:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ゴールデンラズベリー』1巻
満島エリオが選ぶ「2021年コミックBEST10」

1.『ゴールデンラズベリー』持田あき
2.『矢野くんの普通の日々』田村結衣
3.『ダンダダン』龍幸伸
4.『ルックバック』藤本タツキ
5.『ジーンブライド』高野ひと深
6.『私のジャンルに「神」がいます』真田つづる
7.『ブランクスペース』熊倉献
8.『海が走るエンドロール』たらちねジョン
9.『ダーウィン事変』うめざわしゅん
10.『後ハッピーマニア』安野モヨコ


 2021年、まず触れないわけにはいかないのは、7月19日、少年ジャンプ+にて無料で公開され、またたくまに社会現象と化した藤本タツキの『ルックバック』。この作品について、クリエイターに限らずあらゆるジャンルの人たちが自分の経験に重ねてSNS等で言及していたのが非常に印象的だった。その波及の規模は大きく、もはや作品自体の良し悪し、好悪を超えた、一つ上のレイヤーで語られる存在となったように思う。ひとつのマンガ作品が社会に対してここまでの影響力を持てるということを見せつけられ、いちマンガ好きとして爽快さを覚えるとともに、少しそら恐ろしさも感じる出来事となった。


 そんな今年、個人的な2021年BEST10として、2021年内に単行本1巻または2巻が刊行されたものから選出させていただいた。その中から3作品をピックアップしてレビューしたい。


■これまでの「2021年コミックBEST10」
島田一志 編 『ルックバック 』という収穫
飯田一史編 1位は読み切りの少女マンガ!
ちゃんめい 編 『フールナイト』が描く衝撃の世界観
関口裕一編 漫画家への感謝の念を抱く作品たち
若林理央編 漫画表現のさらなる可能性を感じた1年
立花もも編 この作品を読んでこなかった自分が恥ずかしい!
白石弓夏編 ヒロインをどれだけ愛せるかがキーポイント 


『ゴールデンラズベリー』持田あき

 ハイスペックなのに仕事が続かず、転職歴24回の芸能プロダクション社員の北方啓介が出会ったのは、何にも執着がなさそうな21歳の会社員·吉川塁。塁の睨むような目つきの強さにほれ込んだ啓介は彼女をスカウト。プロポーズ同然の啓介のスカウトと熱意に突き動かされ、塁も覚悟を持って芸能界を目指すようになる。


 本気で仕事に打ち込んで初めて感じることのできる喜び、悔しさ。熱意がぶつかり合うことで啓介と塁の間に生まれる、他の何かには例えがたい強い結びつき。「これ!」と思ったものには徹底的に食らいつく啓介の変態的なこだわり。日常に潜む「おかしな常識」にNOを突きつける塁の強さ。そんな熱量の高い感情をバシャバシャ浴びることができるのが『ゴールデンラズベリー』だ。


 そして、何よりこの作品が思い知らせてくるのは、マンガにおいて「絵の力」がどれほどの威力を発揮するのかということ。啓介が一瞬で目を奪われ、「彼女は本物」と思わせた吉川塁の特別さを、持田あきの筆致、特に強い瞳、うねる黒髪が生み出す圧倒的な絵力によって「理解させられ」ることだろう。

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『矢野くんの普通の日々』田村結衣

 傷だらけの少年が描かれた書影に、「バイオレンスなストーリーなのでは?」とドキッとさせらるが、ご安心ください。とっても癒される日常ラブコメなのである。


 ありえないほど不運&ドジなせいで毎日ケガをし続けている矢野くん。常にハラハラな日々を過ごす矢野くんが心配すぎて目が離せないクラス委員長の吉田さんは、いつしか矢野くんのピュアな可愛さに心を掴まれてしまう。あの手この手でアプローチしてみるものの、日常的にケガの危機にさらされつづけている矢野くんは、安全欲求(とにかく身を守りたい)に関心が偏りすぎていてまったく好意に気づいてくれない! そんな矢野くんと吉田さんのすれ違いの甘酸っぱさに、写実的な絵の上手さが生み出すシュールさが加わり、絶妙な味わいの作品に。表紙に反して平和でほのぼのとした(ちょこちょこ血は出るものの)癒しのラブコメディーだ。

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『私のジャンルに「神」がいます』真田つづる

 フォロワー数や作品ジャンルの規模、同人誌の部数や席の場所など、人気があからさまに可視化される同人の世界。そんな同人界の天才字書き·綾城さんを中心にうずまく嫉妬、羨望、自己顕示欲などの感情を切り取った真田つづるの作品。


 二次創作で同人誌などを制作する同人界隈には、そこにしか発生しない特殊な関係性や感情が存在することを、同人界隈にいたことのある人ならばなんとなく感じていたことだろう。その混沌にメスを入れ、的確に切り取り、キャラクターに落とし込み、「これは自分だ」と読者に思わせた作者の手腕が凄まじい。そして、それらの感情を収束させ、呑み込んでいくブラックホールのような存在「おけけパワー中島(おけパ)」を生み出したこと。これはもう、ひとつの発明と言っていいだろう。


 この作品は、作者の真田つづるが「同人女の感情」というタイトルでSNSに投稿し話題となったもの。Twitterに新作が投稿されるたびに、作品を読んだ同人活動者が登場人物に自分を重ね、自分にとっての綾城さんやおけパについて語ることで、毎回トレンド入りするほどSNS上でカルト的人気を博すこととなった。『ルックバック』もそうだが、真に影響力のある作品というものは、ただ読んで「おもしろかった」で終わらせず、読んだ人を現実に動かし、語らせる力があるのだと教えてくれる作品でもあった。

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