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ライターが選ぶ「2021年BLコミックBEST10」後編 キーワードは“年の差”と“ファンタジー”か?

2021年12月26日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『いとおしき日々』(sono.N/メディアソフト)

 前回の第6~10位編に続き、筆者主観で選んだ今年イチオシBL漫画をランキング形式で紹介する「2021年BLコミックBEST10」。前編の第6~10位で選んだのは、以下の5作品だ。


■「2021年BLコミックBEST10」前編記事
第6位『世界でいちばん遠い恋』(麻生ミツ晃/海王社)
第7位『秘め婿』(芹澤知/シュークリーム)
第8位『踊る阿呆と腐れ外道』(あかねソラ/竹書房)
第9位『羅城恋月夜』(朔ヒロ/双葉社)
第10位『じじいの恋』(黒江S介/リブレ)


 そして今回は、第1~5位の作品を紹介したい。


関連:選ばれた作品の表紙画像


■日常BLの傑作作品もランクイン


第5位『さよなら、ナナシのバイオリン』(うめーち/リブレ)


 大切なものに名前をつけるという行為が、こんなにも独特な世界観へと変貌を遂げるのかと驚きを与えてくれたのが『さよなら、ナナシのバイオリン』だ。同作の舞台は、“モノ”に名前をつけると生命が宿り「名持ち」と呼ばれる生物になる世界。とある事情で名持ち楽器を手にしようとしないバイオリン奏者の奏介と、彼に弾いてほしいと願う自分の名前を知らない人型バイオリンが織りなす、不思議でやさしい純愛が描かれる。


 見どころは、なんといっても絵の生命力。特に生物が楽器に変身するシーンと演奏シーンは圧巻だ。繊細な手入れを必要とする楽器ならではの、緻密な線。どんな音が鳴るのか、読者の想像力を存分に膨らませてくれる抽象的表現。キャラクターたちの鼓動と豊かな音色が今にも聞こえてきそうな生命力にあふれた絵は、ゆっくりと育まれていく奏介とバイオリンの信頼関係の大きな説得力にもなっている。


 また独創的な世界の中に、人間の普遍性が描かれている点もすばらしい。傷つくのを恐れて大切な存在を側に置きたがらない人の弱さ。反対に大切にしたい人のために動ける人の強さ。決してモノとヒトという関係から始める独特なファンタジーで終わらせない、人間味にあふれた心温まる1冊だ。


第4位『夜明けの唄』(ユノイチカ/シュークリーム)


 2021年のファンタジーBLを語る上で、『夜明けの唄』は絶対に欠かせない。島民を守るために夜の黒い海と孤独に闘う覡(かんなぎ)様ことエルヴァと、彼を一途に想う青年アルトの間でゆっくりと育まれていく愛を描く同作。この恋愛要素をより盛り上げてくれるのが、先を読ませてくれない展開だ。


 たとえば覡の存在そのものが謎に包まれている点。覡は夜の黒い海からやってくる化け物と闘うのだが、その正体はエルヴァ自身も彼をサポートする修道院の面々ですらも知らない。さらに覡は短命だ。体に広がる黒い痣のせいで成長が止まり、数年で死を迎える。エルヴァもその例に漏れなかったのだが、アルトと過ごす日々の中で痣が薄まっていく。痣の出現も治癒も、その理由は今のところ何も解明していない。


 これらの幾重にも重なる謎が、ふたりの恋路に暗雲をもたらす。この緊迫感と、相手の幸せを案じ合うふたりのあたたかな愛情との対比が、ラブストーリーとしての満足度にも繋がっている。


 同作は、著者・ユノイチカ氏のデビュー作。あまりの読みごたえに、新人作家という事実を一瞬受け入れられないくらいの衝撃が走ったファンも多いのではないだろうか。


第3位『オールドファッションカップケーキ with カプチーノ』(佐岸左岸/大洋図書)


 「BLアワード2021」コミック部門1位、「このBLがやばい!2021年度版」2位と、2020年度に発売されたBL作品の中で圧倒的に支持されたと言っても過言ではない『オールドファッションカップケーキ』。その続編にあたる『オールドファッションカップケーキ with カプチーノ(以下、カプチーノ)』は、四十路目前の上司・野末と彼を心から慕う10歳年下の部下・外川の恋が成就した“その先”を描いている。


 2度目の成人を迎え変化に臆病になってしまった野末を、外川の一途な思いが引き上げる物語だった前作。カプチーノでは外川と人生を分かち合うという変化を選んだ野末が、周囲の目という現実を目の当たりにしたことで、自身の中に眠っていた「普通」に振り回されてしまう様子が描かれている。この“ありもしない普通”に覚悟が揺らぐ人の感情の描き方が、自分にも思い当たる節があると感じるほどリアルなのだ。


 また写真アルバムのような細かなコマ割りも、前作から継承されている。ふたりの日々を淡々と切り取るような構図が逆にシネマティックで、物語に臨場感を与えていた。背景や小物の描き込みも秀逸で、ふたりが今を生きていると実感させてくれる。日常BLの傑作と言えるだろう。


第2位『神様なんか信じない僕らのエデン』(一ノ瀬ゆま/リブレ)


 BL界ではもうおなじみとなった一大ジャンル「オメガバース」。α(アルファ)・β(ベータ)・Ω(オメガ)という男女性とは別の二次性が存在する世界を描く作品群だ。作品によって多少の違いはあるものの、「Ωは男性でも妊娠できる」「Ωには定期的な、αにはΩのフェロモン起因の急性的な発情がある」「αとΩの間でしか成り立たない“番”関係」という独自の設定が、創作の幅を広げるきっかけとなっている。


 しかし人気ジャンルゆえの課題だろう。「差別や偏見に苦しむΩをたったひとりのαが救済する」というテンプレートが確立されつつあるのも否めない。だからこそ『神様なんか信じない僕らのエデン』が描いた「最初のαとΩの物語」は、衝撃だった。


 「オメガバース」の設定を理解したうえで物語を読み進めてきたBL読者にとって、同作が描いた「二次性の起源」は改めて言われなければ疑問すら抱かない視点だったように思う。あえてその「当たり前」にキリスト教的要素を絡めながら切り込んだ同作は、テンプレート化されつつあったオメガバースのストーリーに、まだまだ開拓できる可能性があることを示してくれた。


 またΩが出す香り(フェロモン)の描写も秀逸だ。同作においてフェロモンは、効果音だけでなく妖艶な煙のような作画で表現されていた。鼻をくすぐるなんてものではない、まとわりつく濃密な香りであることが、絵だけでも十分すぎるほどに伝わってくる。


 展開とフェロモン表現の斬新さが光る『神様なんか信じない僕らのエデン』は、始まりの物語にしてオメガバースの新時代を切り開く作品といっても過言ではないだろう。


第1位『いとおしき日々』(sono.N/メディアソフト)


 『いとおしき日々』は、長年寄り添ってきた夫婦のアルバムをめくっているかのような感覚が味わる1冊だ。家庭教師だった真とその生徒だった和彦、10歳年が離れたふたりが惹かれ合い、歳を重ねるとともにますます愛を深めていく軌跡を描いている。


 この作品も筆者が10位で紹介した『じじいの恋』同様、「高齢者BL」に含まれるだろう。他のBLではなかなか見ることのない、定年退職、墓の購入、遺言書作成などの人生後半に集中するであろうライフイベントが描かれるからだ。


 また同作は日本で暮らす同性カップルがぶつかる、パートナーが入院しても状況を知ることすらできないといった現実にもある壁とそれに伴う選択を日常として描いていた。人生の分岐点の描写をあえて淡々と描くことで、「ふたりが一緒に生きてきた」という事実がより強調されている。


 著者のsono.N氏は、同作について「王道的ハッピーエンドを目指していたらここまで行き着いてしまった」とカバーコメントで語っている。『いとおしき日々』は、王道の先に新たな道筋を切り開いてくれた。


■今を生きるBLファンが作品に求めるもの


 筆者が選んだBEST10を振り返ると、「年の差」を設定に組み込んでいるのが4作品、「ファンタジー」要素があるのが5作品あった。これは2021年の人気BL漫画の傾向とも共通していると思われる。


 BLファンの口コミが多数集まる情報サイト「ちるちる」では今、「BLアワード2022」ノミネート作品を読者投票で選出している最中だ。そのため2021年のランキングにはまだまだ変動がある。しかし安定して上位にランクインしている作品を見ると、「年の差」や「ファンタジー」を題材に含む作品が揃っていた。


 筆者は「BL作品のトレンドは“穏やかな日常×年の差”か? 『BLアワード2021』ランクイン作品を考察」という記事で、2020年に発売されたBL漫画の人気傾向として「年の差」を挙げた。「支え導き合う関係性に年は関係ない」という希望を描く作品の人気は継続しているようだ。


 意外だったのは、昨年の「日常」とは真逆の「ファンタジー」の人気。「ちるちる」を運営する株式会社サンディアスは、2020年に日常を描く作品に人気が集まったのはコロナ禍の影響が大きかったのではないかと分析していた。筆者もこの分析に同感だ。


 2021年もコロナ禍の影響はまだまだ続いている。しかしコロナが日常であることに慣れてきたBL読者は、癒しだけでなく別の世界に旅立つような刺激を作品に求め始めたのではないだろうか。この読者の気持ちの変容が、ファンタジー作品の人気の背景にあるのではないかと考えている。


 「年の差」と「ファンタジー」。筆者はこの2つのキーワードが、2021年度のBLのトレンドになると踏んでいる。この予想が当たるか、外れるか。「BLアワード2022」の発表も待ち遠しい。


 またなにより作家の皆さんが名作を生み出し続けてくれているからこそ、筆者のBLライフは素敵に充実したものとなっている。2021年に出会えた作品に感謝しつつ、来年も新たな作品に落ちる瞬間を楽しみたい。