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ライターが選ぶ「2021年BLコミックBEST10」前編 “ジャンルが無限”という深い沼への誘い

2021年12月24日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

世界でいちばん遠い恋』(麻生ミツ晃/海王社)

 2021年もBLの話題は事欠かない一年だった。あらゆるメディアで繰り返し見かけた「タイBL」のワード。中国で人気のBL小説を原作にしたアニメ『魔道祖師』は、毎週放送のたびにTwitterでトレンド入りしていた。チェリまほこと『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』の映画化も発表されている。


 漫画に特化すれば、「&arche(アンダルシュ)」「ガンガンBLiss」など筆者が把握しているだけでも4つの新レーベルが発足した年でもあった。


 そんな盛り上がりを見せた2021年のBL漫画を振り返ると、さまざまな角度から感情を揺さぶる作品に溢れていた。そこで今回は、筆者主観の「2021年BLコミックBEST10」をランキング形式にて紹介したい。


※本記事では第6~10位の5作品を紹介。第1~5位編は後日公開
※ランキング対象:2020年12月1日~2020年11月30日に発売された単行本


■ジャンルの多様化は無限


関連:ランクインした作品の表紙


■第10位『じじいの恋』(黒江S介/リブレ)


 タイトルに嘘偽りが一切ない作品が、この『じじいの恋』だ。75歳オーバー、シニアのラブリーでチャーミングな日常を描いている。


 どんなジャンルのマンガにも存在する、「おじさん」「オヤジ」と呼ばれる属性。しかしこの定義は曖昧だ。40歳が区切りとなっている感じはあるものの、結局はパートナーと年齢が離れている場合に、年上のキャラクターが自分をおじさんだと認識するパターンが多いとように思う。ただ同作に関していえば、迷わずこの属性に入る。


 また恋愛ものでは、「長年積もらせた(こじらせた)熱い想い」がしばしば描かれる。『じじいの恋』はその積もらせた年季の格が違う。なんせ60年以上ものだからだ。そのずっしりとした想い(暴走)が、関西弁ならではのテンポのよさにのって伝わってくる。想いの重さとは対照的に軽やかに読める、BLと構えずに読める1冊だろう。


■第9位『羅城恋月夜』(朔ヒロ/双葉社)


 『羅城恋月夜』は、本来なら祓い祓われの関係性である鬼と陰陽師の禁断の恋を描いた、人外和風ファンタジー作品だ。妖怪専門遊郭「かすみ楼」の結界修復を請け負った大学生陰陽師の紺と元男娼の茨木(シキ)こと伝説の鬼・茨木童子は、思いがけず触れあったのをきっかけに生きる世界も互いの立場も越えて惹かれ合っていく。


 ファンタジーは多少強引に突き進む物語も少なくない。しかし同作は、『前太平記』や『御伽草子』に登場する鬼・茨木童子の右腕の伝承と絡めた展開により、細かな設定にまでブレがなくキャラクターの言動にも説得力が感じられる。ストーリーだけでなく、日本の妖怪があちこちにちりばめられた世界観が視覚的に楽しいのも魅力だ。


 また同作は、著者・朔ヒロ氏の『明烏夢恋唄』のスピンオフでもある。さらに続編も決まっており、かすみ楼シリーズがどのような広がりを見せてくれるのか、いちファンとして待ち遠しい。


■第8位『踊る阿呆と腐れ外道』(あかねソラ/竹書房)


 大正時代の上流社会を生きる4人の男の情熱的な愛が描かれる『踊る阿呆と腐れ外道』。身分の差が恋の障壁となる、切なく儚い物語だ。


 この作品の特徴として挙げられるのは、上下巻通しての構成だろう。読み始めてすぐは、表紙に描かれている2組のカップルがそれぞれの巻における主役だと受け止める。しかし読み終えた時には、とある登場人物の愛を綴った物語だったと気づかされるのだ。 


 また大正時代の設定が存分に効いている作品だとも感じた。大正は初の普通選挙が行われたり社会に女性が進出したりと、あらゆる部分で民主化が進んだ時代だ。この作品ではそういう時代背景は最初にさらっと見せるのみにとどめ、あとは上流社会の人間同士の交流を中心に描いている。この描き方が、後進的で閉鎖的な世界でを生きている彼らの息苦しさと、抑えたくても溢れてしまう熱い恋情を際立たせていた。


 決して明るい題材ではない。目を逸らしたくなるシーンもある。しかし登場人物の幸せを願わずにはいられない、胸がぐらぐらと揺さぶられる作品だ。


■第7位『秘め婿』(芹澤知/シュークリーム)


 江戸、明治、大正、昭和を舞台とする歴史BLは読んできた。しかし古代を舞台にしたBL作品はおそらくはじめてではないだろうか。邪馬台国の宮中で秘かに燃え上がる、女王卑弥呼と男従者・ヤマトの恋を描いた作品が『秘め婿』だ。


 この作品の特徴といえば、史実。卑弥呼が鬼道の使い手だったこと、不老不死の食物として桃が食されていたこと、女性侍女ばかりの中で女王に仕えることを許された男従者がいたこと。これら『魏志倭人伝』や遺跡での発掘物にもとづいているであろう世界観の中で、当時の文化や人々の価値観を織り交ぜながら物語が展開していく。


 ただ1つ、明らかなフィクションとして描かれている部分がある。女王卑弥呼が、実は男性であるという設定だ。邪馬台国を語る上で欠かせない重要人物に「もしも」を置くという大胆な発想は、読者の想像に余白を生み出してくれた。この余白がキャラクターの感情や関係性の変化に深く寄り添える要因となっていた思う。


 神の妻しての責務を全うしようと1人でクニを抱える卑弥呼と、彼を支え守りたいと願うヤマト。ふたりが相手を想う気持ちと天秤にかけるのは、神とクニというあまりにも大きな存在だ。大きな存在と対面しているふたりがどんな決断をするのか、ドキドキが止まらないヒストリカルファンタジーだった。


■第6位『世界でいちばん遠い恋』(麻生ミツ晃/海王社)


 『世界でいちばん遠い恋』は、バイオリニストの壬生十嘉と重度感音性難聴のデイトレーダー・五十鈴歩との間でゆるやかに進んでいく恋の物語だ。この作品のテーマに挙げられるのは、「コミュニケーション」だろう。音楽で生きる十嘉と耳が聞こえない五十鈴という「正反対の世界」にいたふたりの交流を描くからだ。


 ただコミュニケーションは物語のエッセンスで、実はいたってシンプルなラブストーリーなのではないかとも思う。なぜなら、相手を知りたい、理解したいと切望する気持ちや自分の気持ちをわかってくれる人がいるという幸福感、ぶつけられた想いに戸惑う姿など、恋をしたことのある人ならきっと経験したであろう過程が描かれているからだ。


 また五十鈴は会話を相手の口の動きから読み取る。そのため表情、なかでも目の描写が多い。その視線が交わされる様子から、相手の気持ちを1つたりとて取りこぼしたくないというふたりの熱い想いが伝わってくる。


 ふたりが言葉を伝え合うのと同じように、ゆっくりと丁寧に進展していく関係性に心が洗われる作品だ。


■ジャンルが無限という深い沼。それがBL


 第6~10位のランキングは、コメディからシリアスなものまで、ジャンルが比較的分かれた内容となった。加えて、カップルの形もさまざまだ。このかけあわせで「ジャンルが無限に開拓されていく感覚」があるから、BL漫画沼から抜けられない。


 後日公開予定の第1~5位のランキングも合わせてチェックしていただけたら、いちBLファンとして嬉しい限りである。