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誹謗中傷、警察に相談するも「被害届は受理できない」 被害者が味わった「一番のしんどさ」

2021年12月21日 10:21  弁護士ドットコム

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「行きすぎた誹謗中傷は起訴されること、警察が誹謗中傷問題に対し消極的で被害者を無下に扱うことを社会問題として取り扱ってほしいです」。情報提供を受け付けている弁護士ドットコムニュースのLINEに、こんなメッセージが届いた。


【関連記事:【後編】ネット中傷、面識のない加害者は「子どももいて、旦那の稼ぎも少ないし」慰謝料を拒否】



送り主は、関西地方に住む宮野さん(仮名・20代女性)。SNSやインターネット掲示板で誹謗中傷にあい、自力で開示請求をおこなった。



しかし、情報が開示されて一件落着とはいかなかった。警察にはなかなか被害届を受理してもらえず、加害者とのやりとりは何度も途絶えた。



宮野さんは誹謗中傷にも落ち込んだが、「警察に何度行っても受理してもらえず、相手にしてもらえないことが一番しんどかった」とこぼす。(編集部・出口絢)



●「噂になってるけど、どうしたん」

「お前覚えてろよ、どうなっても知らないからな、調子に乗るな」。2019年の冬、宮野さんのツイッターにこんな嫌がらせのメッセージが届くようになった。



その後、ツイッターとインスタグラムに宮野さん本人のなりすましのアカウントが複数できた。アカウント名は宮野さんの鍵付きのSNSアカウントと1文字違い。写真は宮野さんの顔写真で、プロフィール欄に実家の住所を書かれた。



さらに、宮野さんの鍵付きのSNSの投稿が晒されたり、友人や友人のアカウントを侮辱するような投稿を書かれたりした。宮野さんは当時「なぜこんなことが起きているのか全く分からなかった」と振り返る。



「ネットリテラシーには気をつけていたので、プロフィールなど公開され誰でも見られるところには自分の顔写真を載せたことありませんし、出身校、住所等はもちろん、住所が分かるような写真をアップしたこともありませんでした」



2020年1月に入ると、地元の友人から「こんな書き込みがあったと聞いて、噂になってるけど、どうしたん」と連絡があった。



教えてもらった掲示板「爆サイ」を見ると、宮野さんの名前でスレッドが立てられ、知人に対し「ネットストーカー」をしていて「脅している」など事実無根の内容が書かれていた。「大して可愛くないのに死んだ方がいいんじゃないの」などの言葉もあった。





また、宮野さんのフルネーム、顔写真、実家の住所と合わせて「生でやれるよ、連絡してみて」と宮野さんの鍵付きのSNSアカウントに誘導するような投稿もあった。それから、ひっきりなしに「いくらでやれますか」「何時に●●(場所)でどうですか」といったわいせつなメッセージが宮野さんの元に届くようになった。



全く知らない人から性器の写真がDMで送られて来ることもあり、宮野さんは日常生活をおくるのにも恐怖を覚えた。



「実家の場所も書かれてしまったので、もしも家族に危害があったらどうしようか、とか、なんらかの形で今の住所が判明して、付け回されたり実際に性被害に遭ったりしたらどうしようかとすごく怖くなりました」



●警察「被害届は受理できない」

困り果てた宮野さんは、まず最寄りの警察署に被害届を出しに行った。しかし、「犯人が分かっていないなら、何にもできません」と突っぱねられた。「犯人を調べるのが警察なのではないか」と納得いかなかったが、自分で開示請求することにした。



2020年5月に発信者情報開示請求を提起。7月に氏名と住所、メールアドレスが開示され、書き込んだ相手が山梨県在住であることが分かったため、今度は相手が住む山梨県内の最寄りの警察署に「被害届を出したい」と連絡した。しかし、今度は「被害者が住んでいる場所でないと受理ができない」と断られた。



警察は管轄区域の事件であるかどうかを問わず、被害届の受理をしなければならないと規定されている(犯罪捜査規範第61条)。



宮野さんがそのことを指摘すると、「捜査するためにはまず、被害者に事情聴取をしなければならない。だけど宮野さんは関西在住だから、宮野さんのいる関西地方までの交通費がかかるからできない」、「住んでいる場所の警察に相談してください」と言われた。



「たとえ殺人事件だとしても、交通費を理由に山梨県警は動かないのか」。宮野さんが疑問を呈すと、電話の担当者が変わった。



すると、今度は「告訴状の書式や日本語がおかしい」と言われた。弁護士にも確認してもらった書面だったため、「どこがおかしいのか指摘してください」と言うと「それもできない」と突き返された。



●加害者とは連絡が途絶えた

時を同じくして、加害者Aとの交渉も始まった。



開示された住所に慰謝料など150万円と掲示板のスレッド削除を求める内容証明を送ったところ、すぐにメールで「申し訳ありません」と連絡が来た。加害者Aは宮野さんの知人男性の知り合いに当たる人だったが、宮野さん自身は全く面識がなかった。



Aは宮野さんの友人のアカウントを乗っ取り、鍵がついていた宮野さんのSNS投稿をチェック。そのアカウントを編集し、宮野さんのなりすましアカウントとして、友人への誹謗中傷行為や侮辱行為もおこなっていた。





しかし、支払いについては「すぐには全額送金できない」と言い、その後連絡が途絶えた。 また、加害者は爆サイのスレッドも削除するとのことで宮野さんと合意していたが、スレッドが削除されることもなかった。



●警察「侮辱罪で捜査しても時効がきて間に合わない」

警察も対応してくれなければ、加害者本人との交渉も進まない——。困り果てた宮野さんは10月、甲府検察庁へ直接告訴することにした。



担当した検察官は「警察が受理しないのはおかしい」と言ってくれたが、「検察でも被疑者を呼び出して事情聴取はできるが証拠の押収ができないため、警察の捜査なしに起訴に踏み切るのは難しい」と警察を催促してくれることになった。



それでも警察署は「受理しない」と回答したため、山梨県警本部に告訴。合わせて、山梨県公安委員会へ苦情申し出をすることも伝えた。すると、11月末になりようやく山梨県警から「告訴状を受理する」と連絡があり、当初告訴状受理を拒否した加害者Aの最寄りの警察署が担当となった。



その時点で、侮辱罪の公訴時効まであと1カ月ほどしかなかったが、署の刑事課長は宮野さんにこう告げたという。



「年末年始もはさむため、侮辱罪で捜査しても時効がきて間に合わない。侮辱罪より名誉毀損罪の方が法定刑も重いから、名誉毀損罪と不正アクセス等の禁止に関する法の2点で捜査していくので侮辱罪に関しては捜査しなくていいですよね」



散々受理を渋った後に告げられた言葉に、宮野さんは憤った。「それはあなたの見解であって、私の気持ちを考えたことがあるのか」。再び不信感が募ったが、捜査を進めてもらうために口をつぐんだ。



山梨県警は弁護士ドットコムニュースの取材に「不受理としたことについては、宮野さんに説明し、ご理解いただけた上での対応であり、対応に問題なかったと考えています」とコメント。



名誉毀損のみでの告訴状の受理についても「説明した上で快諾を得ていた」とし、対応に問題なかったとしている。



●宮野さん「改めて山梨県警には驚きました」

宮野さんは「この回答を聞き、改めて山梨県警には驚きました」と憤る。



「『ご理解いただいた』とおっしゃりますが、理解していたら、わざわざ県警本部まで告訴し、甲府検察庁まで直接告訴することはありませんでした。納得していないから、山梨県公安委員会に苦情申し出書まで提出しました。これのどこが『ご理解いただいた』と言えるのでしょうか」



「度の過ぎた誹謗中傷や脅迫、知らない方からのわいせつな画像や数々のメッセージに加え、この一連の山梨県警の対応に失望し、私も一度は命を絶つことを考えました。ただ、悪質な誹謗中傷や警察の怠慢のために自分の命を投げ捨てるのは、と思い、何とか今ここにいます」



後編では、加害者とのやりとりや現在厳罰化が検討されている侮辱罪について思うことを尋ねた。