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『逃げ恥』から『ハンオシ』へ なぜ“契約結婚ラブストーリー”は繰り返し描かれる?

2021年12月21日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『婚姻届に判を捺しただけですが』(c)TBS

 利害関係の一致から恋愛感情抜きに結婚。価値観の違いによってぶつかりながらも、生活を共にするうちに気持ちが動いて……。現在オンエア中の『婚姻届に判を捺しただけですが』(TBS系/以下『ハンオシ』)のプロットを抜き出してみると、同じく火曜ドラマ枠の名作として多くの視聴者の記憶に残る『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系/以下『逃げ恥』)を思い出す方も少なくないだろう。


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 『逃げ恥』では就職先としての結婚、『ハンオシ』は借金の肩代わり&許されない恋の隠れ蓑としての結婚という、その利害関係の派生の違いはあれど、周囲に対して大きな声では言えない理由での“契約結婚”という意味では確かに近いものを感じる。


 とはいえ、“視聴率がすべてではない”と言われているものの、『ハンオシ』は視聴率10%前後を安定的に推移しており、手堅い人気を得る形となった。では、なぜ一見すると現実離れしているように感じる“契約結婚ラブストーリー”が、繰り返し描かれ、そして一定数の視聴者の共感を集めているのだろうか。


■恋をしてもしていなくても、幸せにはなれる時代に


 『ハンオシ』の主人公は、中堅デザイナーの明葉(清野菜名)。「いつか独立する」という目標を持ち、目の前の仕事にやりがいを感じながら、自分の好きなものを集めた部屋で自由気ままに過ごす“おひとり様”生活を送っていた。恋をしていなくても、結婚をしていなくても、彼女は十分幸せを噛み締めているのだ。


 だが、大好きな祖母が倒れたことで事態は一変。祖母が大事にしている店を守ろうと、借金を肩代わりする羽目に。急に大金を用意することが難しいときに、声をかけたのが広告代理店に務める容姿端麗な営業マン・柊(坂口健太郎)だ。初恋の人である兄嫁への秘密の恋の隠れ蓑に“既婚者”という肩書きがほしい柊。そこで、借金返済までの期間限定で、明葉と柊の偽装結婚が始まる……というストーリーである。


 令和の時代に「借金の肩代わりに身売り?」という野暮なツッコミなぞしないのが、ラブコメを楽しむお約束。だが、そんなふうにツッコミたくなるほどの“とんでも”設定くらいなければ、現代の働く“おひとり様”たちにとって、恋愛や結婚に労力をかけることが難しい時代なのかもしれない。


 “ハラスメント”の認識が強まるほどに、かつてのように私生活に干渉する人は減ってきた。自分のペースで生きることができるメリットを享受する一方で、思わぬタイミングで誰かと急速に近づくということも少なくなったようにも思う。ほどよい“お節介”に背中を押される形でライフステージを変え、幸せを掴んできた層がいたのもまた事実なのだ。


 そんな半強制的に自分の周囲の相関図が変化する機会も少なく、日々仕事に打ち込みながら生きる人にとって、恋愛や結婚は「今は無理にしなくてもいいもの」と、優先順位が下がってしまうのも無理はない。そして、いざ「そろそろ」と思っても、そのタイミングでは恋の始め方がよくわからなくなっている、というケースも。


 だからこそ、仕事や借金といった生活がかかってくる問題になって、初めて人生の最優先事項として物語が動き出す“契約結婚ラブストーリー”は、そういう意味ではリアルなのかもしれない。こんなことでもなければ、恋愛なんて始まらないよ、と。波風立たない日常に、予想もしていなかった恋の暴風が吹き荒れる。そんなファンタジーを羨ましく思う人も多いのではないだろうか。


■“普通の結婚=恋愛結婚”神話の崩壊


 また、現代において「“普通”の結婚」と称される恋愛結婚に、疑問を持つ場面も多くなっている可能性もある。SNSの発達によって個人の声が広く届く今、結婚生活に対する不満を見かける機会も増えた。


 これには、円満で幸せなノロケ話よりも、トラブルによる苦労話のほうが、興味関心を引いて拡散されやすいという性質もあるのだが、「まだ結婚はいいかな」と思っている人にとっては結婚が人生の大きなリスクとして印象づくこともありそうだ。


 恋愛は非日常、結婚は日常。生活の変化に伴って、相手に求めるものが変わっていくことは、ごく自然なことだが、そうなって初めて見える素の部分に幻滅することもある。“普通”の結婚をしたからといって「めでたしめでたし」とはいかないことが知れ渡ってしまった。


 ならば、「いっそ恋愛のステージなしに結婚するのもありかも?」「友達のようにルームシェア感覚で結婚できる相手のほうが楽かも?」なんて、イレギュラーな結婚をリアルに考えることにも抵抗が少ない空気が漂っているようにも感じる。


 とはいえ、2人だけの生活でとどまるわけではないのが、結婚の難しいところ。『ハンオシ』でも、「理想の家族を作りたい」と妊活の壁にぶつかる柊の兄夫婦や、「結婚という形にとらわれなくても家族はできる」と離婚を迫られていた明葉の上司の夫婦問題も同時に描かれる。


 1人でいることも、2人でいることも、多くの家族を養っていくことも……どの道にも、選んだ現実と、選ばなかった“もしも”がある。それを悩みながら選んで進んでいくのが人生の醍醐味というものなのかもしれない。ときには、どうしようもなくたったひとつの道しか選べないというときもあるのだから。大事なのは、“普通”かどうかよりも、“自分”が納得した道を歩めるかどうか。


 選べるうちは、その悶々とした時間さえも楽しんで。いつか大きな波風が立ったときには覚悟を決めて飛び込むこともあり! そして「えいや!」と決めたら、またその大きな渦の中でジタバタもがきながらも懸命に生きて! “普通”にとらわれることなく、“自分ならでは”な生き様を! 1人ひとりが手に入れられるように健闘を祈る! そんなエールが、繰り返し描かれる“契約結婚ラブストーリー”には込められているように感じる。


(佐藤結衣)