2021年12月19日 10:11 弁護士ドットコム
日本的経営「三種の神器」と呼ばれる終身雇用、年功序列、企業別労働組合が「時代遅れ」と批判されるようになり、年功序列を中心に、その脱却が叫ばれるようになった。
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この3要素は米国の経営学者ジェームス・C・アベグレン氏が1958年に著書「日本の経営」(The Japanese factory)で戦後の日本企業の発展の源泉として、表現したものだが、現在、日本経済の低迷が続く中で、かつての強みが弱みであるかのように批判されている。
今後、待遇差の拡大や、多様な働き方の実現、人材の流動化など、組織のあり方を大きく変えるような流れに向かう可能性があるが、かつて強さを発揮した日本の企業組織には、もはや顧みる点は残っていないのだろうか。
「日本的経営」を再定義して、新たなコンセプトを打ち出した「日本”式”経営の逆襲」(日本経済新聞出版)を上梓した岩尾俊兵・慶應義塾大学商学部専任講師に聞いた。(編集部:新志有裕)
ーー著書の冒頭で、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏が、日本の企業から多くを学んでいることを公言していることに触れていますが、ジェフ・ベゾス氏が学んだのは、「三種の神器」のようなものとは違うのでしょうか。
「三種の神器」については、そもそも幻想ではないかと私は考えています。昔から終身雇用は大企業の一部だけでしたし、労働組合の存在しない企業もたくさん存在します。そもそも、日本のほとんどの企業は過去から現在まで中小企業です。
今回、私が「日本『的』経営」ではなく、「日本『式』経営」と違う表現にしたのは、日本的経営の「三種の神器」といった雇用慣行のようなものではなくて、日本で生まれた経営技術や経営手法に注目した方がいいと考えたからです。
たとえば、私は自動車の生産現場を研究しているのですが、トヨタの工場では、品質やコスト、納期、安全性、従業員満足度の向上を目指す、従業員全員参加型の「カイゼン」が継続的に行われています。
ジェフ・ベゾス氏はこれに学んで、倉庫作業や物流の効率化など、様々な場面で「カイゼン」を行っています。サイトの商品ページで不具合が生じた時に、すぐに修正するための仕組みも「カイゼン」に学んでいます。
「カイゼン」のように、日本に源流がある経営技術や経営手法はたくさんあるのですが、残念なことにアメリカ発であるかのように扱われているケースも多く見受けられます。
たとえば、「アジャイル開発」(開発とテストのフィードバックスピードを重視する開発手法)や「リーン・スタートアップ」(必要なものを、必要な時に、必要なだけ使ってプロトタイプを市場に投入する効率的な起業方法)といったものですね。
「時代遅れだ」と悲観的になりすぎず、「日本発」の経営技術や経営手法を見直すことで、企業人の方々に、日本企業の本来の強みを再認識してほしいと考えています。
ーーただ、これだけグローバル化が進む中で、もはや「日本」という枠に囚われない方がいい、という考えもありますが、どうでしょうか。
もちろん、そういった考え方には大枠では賛成です。ただし、グローバル化がどんなに進んでも、一つだけ輸出も輸入もできないものがあることも事実です。それは、国の土地そのものと制度そのものです。グローバル化がどれだけ進んでも、土地と制度は土着のものであり続けるため、様々な国の制度のもとで、それぞれ特殊な経営手法が発達していくと考えられます。
たとえば、日本は法制度的に簡単に解雇ができないので、人を切らずに済むマネジメント手法が発達しやすいですし、自然環境的にみると災害が多い国ですので、災害から復旧するためのマネジメントも得意になりやすいです。このとき、国の輸出入は無理でも、様々なやり方で経営手法の輸出入はできますので、日本で発達した経営技術のうち、世界で通用するものは日本から輸出していけばいいのです。
ーー「カイゼン」のようなものを実現するためには、現場でのチームワークが必要だと思うのですが、チームワークを重視してきた日本企業の組織のあり方が変わると、「カイゼン」が成り立たなくなる可能性はないのでしょうか。
「カイゼン」は、いろいろな職場の「カイゼン」同士をつないで、問題解決と変化の連鎖を起こし、その結果として大規模なイノベーションを起こすことに意味があります。
そこで、仕事の幅を限定しすぎたり、リモートワークを進めすぎたりして、社内の別の部署の人に、「うちではこんなことをやりたいから手伝ってくれないか」と伝えることに苦手意識をもつようになると、イノベーションにつながる大きな動きが生まれにくくなるでしょう。
ーー自動車工場はまさに「カイゼン」の象徴かもしれませんが、デジタル化やEV化が進んで、パソコンみたいに簡単に部品の交換や機器の接続が可能な「モジュラー化」が加速すれば、そんなに人と人が協力しなくても作れるようになるのではないでしょうか。
確かに、全部がモジュラー化して、あるモジュールはAさん、あるモジュールはBさんに作ってもらって、あとからそれをガチャっと組み合わせれば完成する、という形になれば、チームワークなんてなくても開発や生産が成り立たちます。そこには、それぞれの仕事をこなす孤立した天才がいればいいだけです。
ただ、デジタル化が進んだとしても、全部がそうなるわけではありません。車のデジタル化を例にあげると、もともとの車の機能にデジタルの部分がくっついているだけ、という面があります。そもそも1トンもの鉄の塊が動くということはデジタル化でも変わりません。素人が部品を組み立てて作るEVでも出てくれば話は別ですが、今の仕組みだと今後も工場で作っていくことになります。
そうすると、生産の過程ではデジタルとリアルの部分のつなぎ目のようなものがあって、別の領域同士の人たちが協力し合わないといけないのです。今後はチームワークによる調整が必要な場面が変わったとしても、チームワークの必要性自体が消えるわけではないしょう。
また、そもそもどの程度モジュラー化が進むかについても、産業や企業ごとに考えるべきです。少数の天才を集めて、チームワークのないイノベーションを起こすやり方だってあるでしょうし、そうでないやり方がうまくいく産業も残るでしょう。
ーーあるタスクに特化して、誰とも協力しなくてもいい仕事のやり方の究極系として、ウーバーイーツのように、AIとの機械的なやりとりを通じて動くような仕事もありますが、デジタル化が進めばこういったものが他の分野にも広がる可能性があるのではないでしょうか。
中にはチームワークを発揮しなければいけない仕事が嫌だという人もいるでしょうし、そういう人にとってはウーバーイーツみたいな働き方もありなのかもしれませんね。前提として、濃密なチームワークを必要とする仕事一辺倒ではなく、仕事の選択肢が広がったのはいいことです。今後、もっと高度な専門職でも、ウーバー的なものが出てくるかもしれないですね。専門家がAIを介してつながるような、いわば上司も同僚もいない働き方です。
ただ、ウーバーイーツをやっている人でも、掲示板やSNSで情報交換をしているケースはありますよね。雨の日は地べたに置かずにドアノブにかけておくといいよ、とか、やり方の工夫を共有しているわけです。こうした互恵関係みたいなものは、単独の仕事になったとしても、生まれてくるのかもしれません。このように考えると、人はみんな何らかの形でチームワークを求めているのかもしれません。
ーー「カイゼン」のような言葉はどうしても製造業の話に思えてしまうのですが、サービス産業にも通用するのでしょうか。
そう思います。たとえば、日本のサービス業のオペレーションレベルは高いものがあります。外国の人は日本のレストランにびっくりします。今後、製造業の経営技術を抽象化してサービス業でも利用可能にしていく道があると思います。たとえば、「日本的サービス品質管理」などという形で、世界に打ち出すことができるかもしれません。
また、他にも製造業からサービス業にまで広げて考えることができる経営技術として、京セラの「アメーバ経営」(編集部注:企業を小集団(アメーバ)に分けて、それぞれのアメーバごとに時間当たり採算の最大化を図る経営手法)があります。
京セラ創業者の稲盛和夫氏は、京セラで育てた経営技術をサービス業のJALの再建に用いたわけです。
なお、「カイゼン」も「アメーバ経営」も本質は一緒で、「すべての人が経営意識を持つ」ということが根底にあります。その意味で、カイゼンもまた、本質的には製造業だけではなく経営一般に通じる経営技術だと思います。
「カイゼン」を生んだトヨタの生産現場では、問題をすぐに把握でき、その解決をしないと前に進めない状態を作ることで、現場全体を考える経営意識が芽生えてきます。みんなが技術者であり、経営者なのです。だから、製造現場の末端の人でも初歩の統計を学んでいます。アメリカの人が聞いたらびっくりしますよ。こういうことに日本の人たちが気付いていないのです
ーー日本的経営「三種の神器」のようなものはあくまで表面的な話であって、みんなが経営意識を持てるような組織であることが日本の企業の強みだということでしょうか。
そうですね。しかも、それは日本の企業が元々もっていたものなのです。岸田政権が日本型資本主義を打ち出していますが、私は「すべての人が経営意識をもつ」ことによって、「イノベーションの民主化」を進めるべきだと思っています。
アメリカのように、創業者がビジネスモデルを考えて、良い人材を連れてきて、プロトタイプを作って、外注も含めて、すでに決まったことを人にやらせるというやり方だと、上層部の人たち以外は、単なる部品になります。
それに対して、みんなが頑張って知識をつけて、会社に入った後も勉強して、イノベーションの主役になって、報酬も公正に分けるというようなシステムを作って、それを日本発の経営技術として世界に広げていく、という可能性はまだまだあると思っています。