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中村獅童が語る、“仕掛け絵本”制作の理由 「子どもたちが観に来なくなったら、歌舞伎は終わる」

2021年12月18日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

中村獅童

 歌舞伎役者・中村獅童による絵本『中村獅童のおめんであそぼ とびだす!かぶきえほん』(主婦の友社)が11月25日に発売された。本作は、歌舞伎の人気演目として知られる『義経千本桜』を題材にした、ページをめくるたびにお面が飛び出す仕組みの“仕掛け絵本”。表面にお面のイラストが、裏面に物語が書かれているため、登場人物になりきりながら、紙芝居として、親子で楽しく歌舞伎に触れられる一冊となっている。


 なぜ中村獅童は、今回、子ども向けに歌舞伎絵本を作ろうと思ったのだろうか。歴史ある伝統の継承と同時に、意識せざるを得ない時代への適応、革新。本作に込められた未来の歌舞伎への思いとともに、新しい世代に日本の伝統芸能・歌舞伎を伝えていく重要性についても語ってもらった。(とり)


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■歌舞伎が子どものヒーローに!?


――子ども向けの歌舞伎絵本。仕掛けの構成や物語の噛みくだき方などから、お子さんに楽しんでもらうためのこだわりが、ひしひしと感じられました。そのなかで、演目『義経千本桜』を題材に選んだのはなぜでしょうか。


獅童:『義経千本桜』は、歌舞伎三大名作のひとつ。本当は通し狂言といって、本作で描いている以上に長いお芝居なんですけど、ざっくり言うと「両親を殺された子ぎつねが人間に化けて、(源)義経のもとへ行き、親鼓(親ぎつねの皮で作られた鼓)を返してもらうストーリー」。いわば、歌舞伎におけるファンタジー作品なんですよね。子どもが読む絵本も、メルヘンチックでファンタジー要素の強い物語が基本。そういった理由から、歌舞伎絵本にするには打ってつけの演目だと。題材は、すぐに決まりましたね。


――“お面が飛び出す”という仕組みの発案は?


獅童:この1年間、コロナウイルスの影響で仕事がいくつもキャンセルになって、息子たちと触れあう時間が普段以上に増えたんですよ。それで、うちの息子がお面をつけて遊ぶのが好きだったり、隈取に興味を示したりしている様子から、子どもたちが歌舞伎を楽しむ入り口は、ここにあるんじゃないかと考えました。息子たちと本屋に立ち寄ったとき、いろんな楽しみ方ができる絵本が、それはもう、たくさん置いてあったので、それを見たのも大きいですね。


 「息子たちとお面を付けながら歌舞伎ごっこみたいな遊びができたら楽しいだろうなぁ」ということを想像していたら、どんどんアイデアが出てきたんです。僕自身「こんな絵本があったら嬉しいな」という気持ちで作らせていただきました。ですから、制作はとてもスムーズに進んで、打ち合わせもリモートで3回だけ。あとは、すべて文面やサンプルでの細かい確認作業のみでしたね。


――コロナ禍のタイミングだったからこそ、作れた絵本でもあるんですね。ちなみに、本作の話から少しズレてしまうのですが、お子さんは、もともとどんな絵本がお好きだったんですか?


獅童:乗り物系とか、ウルトラマンとか。男の子が好きそうな絵本をいろいろ読んでいましたよ。ただ、この1年でガラリと嗜好が変わったみたいで(笑)。2016年からニコニコ超会議で、バーチャルを交えた新感覚歌舞伎『超歌舞伎』を初音ミクさんとのコラボで上演しているのですが、その映像を見た影響からか、最近は息子のなかでのヒーローが、ウルトラマンから『超歌舞伎』で隈取をしているパパ(僕)になってきているんですよね。


――それは素敵です! あのウルトラマンを歌舞伎が超えたと。


獅童:そうですね。今どきの子どもでも歌舞伎に対して「カッコいい」と思う感覚があるというのは、嬉しい発見でした。僕も子どもの頃から歌舞伎に触れてきて、自らの意思で歌舞伎に憧れて、歌舞伎役者を目指しました。「歌舞伎をやりなさい」なんて、強制された覚えは一度もありません。やっぱり触れる機会が極端に少ないだけで、歌舞伎には、少年心をくすぐるカッコよさがあるんですよね。本作をきっかけに、お面を付けて、隈取を施した役者になり切って遊んでくれる子どもたちが増えてくれたら何よりです。


■伝統と革新


――本作以前にも、子ども向けに、何か歌舞伎の面白さを伝える取り組みはされていたんでしょうか?


獅童:先ほどお話しした初音ミクさんとの『超歌舞伎』もそうですし、何度か、木村裕一先生の絵本『あらしのよるに』を歌舞伎化させてもらったこともありますね。それに僕は、コワモテ役で映画に出演するときも、Eテレの『歴史にドキリ』で歌って踊って歴史を教えるときも、本作のような絵本を出すときも、すべて「中村獅童」として活動を行っています。もしかしたら、僕の活動を見た人が、どこかで歌舞伎に引っかかるかもしれない。その姿勢で、子どもや若い人たちに歌舞伎の面白さを広めたい気持ちは昔からずっと一貫しています。


 歌舞伎を知らない人たちに、どういうきっかけで歌舞伎を広めていくか。それを考えるのもプロの歌舞伎役者の仕事です。歌舞伎という日本の伝統芸能を存続させるためには、子どもや、これまで歌舞伎に触れてこなかった人たちにどう歌舞伎を楽しんでもらえるかを模索していかなければならない。子どもたちがひとりも観に来てくれなくなってしまったら、本格的に歌舞伎の終わりですよ。


――途切れてしまうと。実際に、歌舞伎の現場にお子さんを連れて観に来られるお客さんもいらっしゃいますか?


獅童:いますね。それこそ『あらしのよるに』や『超歌舞伎』のときは特に多いです。とはいえ、今は歌舞伎の映像でも何でも、全部YouTubeで見られる時代になって、例え歌舞伎に興味を持ってもらったとしても、これからは、歌舞伎座まで足を運んでもらうのが相当大変な時代になっていくと思います。


 以前、中国まで古典演劇・京劇を観に行ったのですが、お客さんに現地の方はほとんどいませんでした。たまたま僕が行った公演がそうだっただけかもしれないけど、歌舞伎もそれに近い状況になりつつあるというのが、リアルな実態なんじゃないかと思います。「これがジャパニーズカブキか!」って、海外の人たちが観光ついでに写真だけ撮って帰っちゃうみたいな。それはそれで、とても素晴らしいことではあるのですが、今回のコロナのような状況になったら、海外の方々は来ることができないわけですし。


――それはやはり、自国の伝統文化に触れる機会が減ってきたのが理由でしょうか。


獅童:それもあるし、そもそも歌舞伎座のチケットの値段にもあると思います。さらに言うと、11時、14時、18時の三部制で公演をやっているから、これまで歌舞伎に触れてこなかった若い世代のお客さんに観に来てもらおうと思っても、日中は仕事があるだろうし、行きやすい時間がないんです。仕事終わりでも観に行けるような、敷居の低い公演がもっとあってもいい気がするけどなぁ……。


 伝統に重きを置いた、それこそ人間国宝の方が出演されるような値段の張る公演は素晴らしいですし、当然守っていくべきですが、来てもらいたいお客さんに合わせて、変えられるところは変えていかないと、なかなか裾野は広がっていかないのではと思っています。


――そう考えると、中村さんがやられてきた絵本やバーチャルとのコラボなど、コンテンツの垣根を超えた歌舞伎の見せ方は斬新ですよね。


獅童:僕が大事にしている意識は、伝統と革新。守るべき伝統は守りつつも、革新の追求を怠ってはいけないということです。ただ、革新的な歌舞伎のスタイルに抵抗感がある人も多いでしょう。確かに、それで歌舞伎そのものの質を下げるのは違うし、あまりに噛みくだきすぎると、それは歌舞伎と呼べるものではなくなってしまう可能性もある。だけど、もっといろんなスタイルがあっていいし、歌舞伎への入り口を広く構えた方が、結果として伝統を受け継ぐことにもつながっていくと思うんです。


 『あらしのよるに』も『超歌舞伎』も、最初は「あんなのは歌舞伎じゃねぇ」と散々言われました。でも、京都南座で初演を迎えたあとは、現地の歌舞伎通の人たちから「おもしろかった」「これはもう古典歌舞伎ですね」と言ってもらえたし、『超歌舞伎』も大変好評で、2020年にコロナの影響で中止になったことを除けば、2016年の初開催以降、毎年上演を続けられています。実際に、歌舞伎を観たことがない人にも観に来てもらえましたし、伝統と革新の成功例だと思っています。これらも50年も続けば、ひとつの古典芸能になりますし。


――それを入り口に、伝統的な歌舞伎に惹かれる人が増えるでしょうし。


獅童:そうです。だから、昔から歌舞伎を愛してくれている人たちにも「それはそれでいいんじゃない」と納得してもらえるよう、革新的なスタイルも、めげずに頑張っていくしかないと思っています。


 車で例えると、ベンツもBMWも、独自のブランド感を大事にしつつ、今の人が求めるトレンドをうまく組み入れているから、若い人から変わらず支持され続けているわけですよね。車好きによる車好きのためだけの車を量産しても、それ以上の広がりはない。そうなると、ブランド存続の危機です。歌舞伎も同じで、僕が映画に出たり、バンドを組んだりしているのは、歌舞伎役者以外の人の視点を持ちたいからなんです。


 今は歌舞伎の人間がドラマに出るのは普通になってきましたけど、僕が映画に出始めた頃は「歌舞伎役者なんだから歌舞伎だけやってりゃいいだろ」ってずっと言われていました(笑)。やり続けるものです。


――最終的には、マルチな活動の全てを歌舞伎に帰結させることが目標ですか?


獅童:結果的にそうなれば嬉しいけれど、やっているときはそこまで考えないですね。「すべては歌舞伎のため」という気持ちで映画に出ていたら、映画を作っている人に失礼ですし、せっかく映画俳優として呼ばれているのに歌舞伎のことを考えてやっていたら、もうそれは歌舞伎役者でしかないですよね。


 結果的に歌舞伎の宣伝になっていれば、それはそれで成功だし、歌舞伎に戻ったときに視野が広がっていたら、新しい表現を歌舞伎に取り入れられる。それだけです。映画に出るときは、映画俳優・中村獅童として全力で。監督に「歌舞伎っぽくやって」と求められれば、やりますけどね(笑)。


――お話を聞いていて、伝統芸能に触れるきっかけを生み出していくことの重要性をあらためて感じました。歌舞伎座でただ待っているだけでは、子どもとの接点を持つこともできないんですよね。


獅童:そうですね。歌舞伎って意外と単純なんですよ。スーパーヒーローがいて、悪役がいて、道化がいて、普通の人がいて。キャラクター性がすごく分かりやすいんです。映画『スター・ウォーズ』も、歌舞伎のキャラクターバランスを参考にしたらしい、という話も聞きますし、それのくらい王道のヒーロー物語でもあるんです。


 本作も、ページを開くたびに飛び出してくる登場人物のキャラクター感を、親子で楽しみながら読んでもらいたいですね。きっと、歌舞伎に馴染みのないお父さん、お母さんも多いでしょうし。お面を付けて、お子さんと一緒に遊んでもらって、少しでも歌舞伎に興味を持ってもらえて、実際に観にきてもらえたら、本作を作った甲斐があります。もちろん、その中でも特に僕が出ている歌舞伎の公演を観に来てほしいですね(笑)。