「コロッケそば」といえば、立ち食いそばの定番メニュー。汁の染みこんだコロッケと共にすする、そばの美味さは極上だ。
ところで、なんと「コロッケそば、発祥の店」が、銀座にあるという。しかも値段が1杯1210円もするそうだ。いったい、どんな味なのか。出かけてみると……(取材・文:昼間たかし)
清潔な店内。出てきたのは「コロッ…ケ?」
発祥の店があるのは、高級店が立ち並ぶ銀座6丁目。その一角のビルの2階に店を構える「そば所 よし田」である。以前は7丁目にあったそうだが5年ほど前にこちらに移転されたそう。
この店、創業は1885(明治18)年というから既に100年越えの老舗である。やってきたビルもなんだか高級そう。偶然、ビルの前には高そうなクルマも止まっているし。
でもエレベーターで2階にあがって一安心。
写真:昼間たかし
入口のところにはお得なランチメニューの案内もある。銀座という土地柄で高級感があるけれど、あくまで「街場の蕎麦屋」といったところか。
案内されて入る店内は清潔。店員さんもフェイスガードをしていて感染症対策もバッチリだ。訪問したのは13時くらい。ランチタイムも終盤に入った店内は8分くらいの人の入りである。ただ、やっぱり銀座というだけあって上品そうなお客さんが多い。入口が目立たないこともあってか、常連の方が多いのだろう。
迷わず「コロッケそば」を注文して待つこと5分あまり。たくさんのネギの入った「コロッケそば」が運ばれてくる。でも、乗っているのは、コロッケを名乗る「別のなにか」であった。
写真:昼間たかし
コロッケといえば、潰したジャガイモに衣をつけてカラッと揚げたもの、というのが日本では一般常識だろう。でも、これは明らかにそれとは異なる。
しかし、これこそが、この店でいう「コロッケそば」なのである。明治時代に考案されたメニューで、鶏肉のしんじょ揚げをコロッケと呼んでいるそうだ。明治になり、洋食が日本に入ってきた文明開化の時代に、試行錯誤を重ねて生まれたのが、この「コロッケそば」だったとされている。
いわゆる日本のコロッケは、西洋料理のクロケットを真似してつくったものと言われている。この店でコロッケそばが生まれた当時は「いわゆる日本のコロッケ」がまだ、社会にそこまで定着していなかったのだろう。
さて、伝統の「コロッケそば」を最初に作ったのは、正確にはこの店ではない。ここは日本橋浜町にあった本店からのれんわけされ、「コロッケそば」も引き継いだという。本店は戦争の空襲で焼けてしまい再建されなかったので、いまはこちらのお店が系譜を伝えているのだ。
そんな原初の「コロッケそば」は、一口食べると鶏肉の旨みが口いっぱいに広がる。さすがは銀座で長く商売している老舗である。鶏肉も美味しいのを使っている。
それに、そばのほうも抜群に美味い。当然、汁もである。それが三位一体となって箸を止めることを許さないのだ。もう、一口箸を付けた瞬間から、腕まくりもせずに一気食いである。
しかも、このお店、そばの量もすごい。東京でそばの老舗というと、高級感が前提。そばは全体の一部で酒をちびちびやりながら楽しむようなスタイルの店が多い。だから、そばの量も値段に対して「ちょこん」という店が多いもの。でも、ここのそばは、量もたっぷりめでちゃんと一杯でお腹がいっぱいになる逸品なのだ。
値段も1210円となかなかの価格。「さすがは銀座」という感じもあるが、丁寧に作った鶏肉のしんじょ揚げが乗っているのであれば、納得感もある。「コロッケそば」は確かに記憶に残る逸品だった。
駄そばも、やっぱり美味いのだ
でも、やっぱりコロッケそばといえば、立ち食いそばの定番である。だから、ワンコインでお釣りが出る値段で「昼飯はこれでいいか」と、雑に腹を満たす人々と方を並べて殺伐とした雰囲気の中で食べる、そんな「駄そば」な感じこそ至高と考える人もいるだろう。
その「駄そば」としての「コロッケそば」の雄は、やっぱり「箱根そば」である。
小田急系列のこのチェーンは1967年の創業だがいつからカレー味のコロッケが用いられるようになったかは定かではない。ただ1975年頃には既に全店の定番メニューになっていたという。その頃は今と違って春雨の入ったコロッケだったというから、興味深い。
そんな殺伐感も探求しようと、新橋駅前の「箱根そば」へ。発祥の店を訪ねてから、そのまま徒歩でハシゴである。既に2時前だというのに狭い店内は腹を満たそうとするサラリーマンで独特の殺伐感。食券を渡して「そばで」というと3分も経たずにカウンターに「コロッケそば」がやってきた。
写真:昼間たかし
まずはひと口そばをすすってから、コロッケを食す。ちょっと湯気をすってフニャっとしかけているサクサク感。そして「箱根そば」の独自性であるカレー味のコロッケの美味さが口の中でそばの塩気と混じり合う。ここで、丼を手に取って汁をすすると絶妙なハーモニーだ。
写真:昼間たかし
このコロッケが、半ばくらいまで食べると汁を吸ってグチャグチャになる。それを汁ごとすすりつつ、こぼれたニンジンとか具を箸ですくって口に運ぶのが楽しい。安く手早く腹を満たしたい欲求の中で、口にニンジンを運ぶのは刹那の休息である。
高級感と、そば本来の美味さで唸らせてくる「そば所 よし田」。殺伐とすする雰囲気だけでホッとさせてくれる「箱根そば」。どちらも、再訪したくなる美味ということに異論はない。とにかく、美味かった。
でも食い過ぎだ。「食べないで記事なんて書けるか!」と、出かけて来たのはよかったが、さすがにハシゴはやめときゃよかった……苦しい。