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速水もこみち&dancyu編集長・植野広生が語り合う、キーワード主義では伝わらない“料理の本質”

2021年12月13日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

速水もこみち/dancyu編集長・植野広生

 最新レシピ集『大切な人に食べさせたいおうちごはん』(KADOKAWA)で、これまでの著作以上に独自の料理観を究めた速水もこみち。“料理好き俳優”の域を超え、その探究心はとどまることを知らない。


 今回リアルサウンドブックでは、そんな速水が敬愛する「dancyu」編集長・植野広生氏を迎え、夢の対談が実現した。『日本一ふつうで美味しい植野食堂 by dancyu 公式レシピブック』(プレジデント社)を刊行したばかりの植野氏は本づくりの極意を、速水は料理の美学を惜しみなく語る。ファンの心と胃袋を掴み続ける食の探求者二人による、スペシャルトークを楽しんでいただきたい。(大信トモコ)


関連:インタビュー中の速水もこみち・植野広生


■「香りを伝える」というのはとても難しい


――植野さんは、料理家としての速水さんに対してどのような印象をお持ちですか。


植野:もこみちさんは、食べさせる相手を楽しませたい、ただひたすらに喜ばせたい!と、料理をする目的がすごくはっきりしているのが素晴らしいと思います。僕たち食べ手にとって重要なのは、単に上手に作った料理とか、美味しい料理だけでなく、「その料理でどんな風に感動させてくれるか」ということ。それは料理を作る人にとっても重要なことですが、意外に忘れ去られたり、軽んじられたりしているように思えて。速水さんがそうした重要なイメージをしっかり持っているのは、本当にすごいと思います。


――それでは、速水さんから見た植野さんはどんな方ですか?


速水:以前も番組でご一緒させていただいたのですが、本当に「辞書」みたいな方なんです。


植野:僕の顔、そんなに四角いですか?(笑)


速水:いえいえ、見た目じゃなくて知識がです(笑)。植野さんを特集したドキュメンタリー番組を観たのですが、取材拒否のお店でも何度も通って味を研究したり、食に対する情熱が半端なものじゃない。ましてやご自分でも料理を作るから、食材への熱い愛情を番組や雑誌を通してひしひしと感じるんです。本当に、いつも勉強させていただいています。


植野: YouTubeなどを見ていても、もこみちさんは“香り”をとても大事にされますよね。番組でご一緒した時も、料理が出ると必ず香りを確認していて。


速水:それは、もうクセになっていますね。


植野:それは正しいことだと思っていて、料理は香りと温度とテクスチャーがすごく重要な要素だと思うんです。例えば、本にしてもテレビにしても、香りは見た目では伝えられないじゃないですか。この本では、それをどのように表現しようと思ったんですか?


速水:本や映像を通して「香りを伝える」というのはとても難しいですよね。僕はそこで、パッと見た瞬間にみんなに元気になってもらえるよう、食欲をそそるような色で視覚的に表現したつもりです。そこから、香りについても想像力がかき立てられるものになればと。僕は性格上、カラフルで華やかなものが好きだけれど、料理によっては地味な色の食材のほうが良かったりするので、シックな色の食材も取り入れたりしました。また、僕は切り花が好きなんです。今回は「大切な人に食べさせたい」がテーマなので、エディブルフラワーをたくさん使ってますが、これも香りを想像させるモチーフですね。


植野:それでキッチンに立つニコライ・バーグマン(※現代フラワーデザインの代名詞とも言えるアーティスト)と呼ばれているんですね!


速水:言われたことないですよ(笑)。


――お洒落な例えですね(笑)。速水さんは今回、写真にもかなりこだわられたと思うのですが、一見するとレシピ本には合わなそうなダークな背景など、それこそ海外の料理本の雰囲気を感じます。


速水:そこは意識しました。料理をメインに、イメージ的には「海外っぽいものができたらいいよね」ということで、海外の料理本を意識したデザインに挑戦させていただきました。


植野:デザインもそうですが、この本がよくできているなと思うのは、カバーの写真でイメージが全部わかるところです。もこみちさんが写っていないページでも、ちゃんともこみちさんの世界が料理に表れている。ご自身が考える、この本で表現した「もこみちさんらしさ」は何ですか?


速水:“皿やテーブルなどを含めた料理”を強く意識しているところですね。レシピ本のコーディネートでテーブル周りを散らかす人って、あまりいなかったと思うんです。


植野:確かに、チーズを振ったものがこぼれていたり、綺麗すぎないから、すごくリアリティがある。


担当編集者:実は、本作はスタイリングも全部、速水さんが手掛けているんです。


――え! 普通はフードスタイリストが入りますよね?


速水:お皿も何もかもほぼ、私物です。38ページのローストポテトは大地を感じさせるように、メインとなる料理の奥に生のジャガイモを置いてスタイリングしました。もともと料理写真を見るのが大好きなんです。


植野:ちゃんと絵画の構図が活きてますよね。制作時のスタイリングについてもっと聞きたいのですが、現場では、「ここはこうした方がいいかも」とフレキシブルに動く感じだったんですか? それとも、絵を全部決めてそれに当て込んでいったのでしょうか?


速水:流れとしてはレシピはもう決まっていて、あとは僕のお皿を並べる時にスタイリングしていきました。僕はその場でパッと思いつくタイプなので、書き上げたレシピ以上のものが現場で生まれることもあります。食材を並べてじっと見ていると「普通に切るのは嫌だな……もっときれいに見せたい。じゃあこうした方が美しいんじゃないかな?」と、途中で切り方を変えることもあります。一度スイッチが入ると、そういうのが止まらなくなるんです。切り抜きで使っている写真も、全部自分が撮影しました。


植野:撮影の時はスイッチ入りっぱなしでガンガンに?


速水:それこそ音楽を流しながら。中華料理を作っているときはチャイナっぽい曲を流して。その雰囲気をみんなで味わいながら作りました。


植野:ここまで自分でスタイリングした本は初めてですか?


速水:ここまで一から手がけた本はないですね。


■料理をするようになったきっかけは『料理の鉄人』


――今回は写真とレシピで構成されていて料理の説明文がない分、読み手のイマジネーションに火がつきます。


速水:レシピから説明的な文章を外したのは、自分の中でもチャレンジでした。あまり多く語りすぎるのも嫌だなというのがあって。


植野:それはどういう考えから?


速水:味には自信があるので、まずは写真を見てイメージして作って、食べてみてほしい!という思いからです。


植野:つまり、世の中がキーワード主義なんですよね。例えば、テレビ番組見るとレポーターやアナウンサーがが「これは甘い」「柔らかい」と言う。そうすると、「甘い」「柔らかい」=美味しいと定義づける、キーワードができてしまうんです。それを使えば、みんなに美味しさが伝わるような気がしているのだけれど、実はその料理の本質は何も伝わっていないんです。だから本を作っていて、見出し一つにしても、わかりやすいキーワード的なものを出すことの功罪がある。そういう中で、言葉をそぎ落としてイメージで訴えかけてくるこの本は、伝えるということにおいて実に良くできていて、料理に対して誠実だと思います。


――ちなみに「dancyu」ではどんな伝え方を意識していますか?


植野:僕がスタッフに言っているのは、違和感がないこと。違和感というのは様々なところにあって、例えば、褒め言葉として使っている「こだわる」という言葉を「dancyu」は使わないんです。


――「こだわりの料理」など、よく耳にも目にもします。


植野:ある辞書は最近「こだわる」を褒め言葉として掲載したのですが、もともとは、何かに“固執する”というネガティブな意味を持つ言葉で、僕は違和感を覚えます。「こちらのシェフが京都の野菜を使ってこだわりの料理を作っています」と言われたら、「この人すごく頑固なのかな?」と思っちゃう。あと「予約が取れない店」。それを褒め言葉として紹介してどうするんだろう?とか。「じゃあ、行けないじゃん」という(笑)。そういう違和感を、キーワード主義に対して抱いています。


ーー当たり前のように使用されているキーワードです。


植野:言ってしまえば、「dancyu」での僕の仕事の大きな部分は、そういった違和感を潰すこと。写真にしてもそうです。例えば、せっかく白木のカウンターで撮ったのに、木目が縦になっていたりする。それは、絶対にありえないですよね。座ったとき、カウンターの木目は絶対に横になっているので。読者の方々はその違和感を言葉にして説明はできないかもしれないけど、感覚的に「変だ」と感じてしまう。そのちょっとした違和感で、読者が離れていってしまうのが一番怖いんです。僕らみたいに理屈で考えれば理屈で返せますが、感覚は感覚で返せませんから。そういうこともあり、「違和感のないこと」は常に考えています。


――その「dancyu」の考えは、本作との共通点に思えます。


植野:もこみちさん本人がすべてをやるのだから、それは違和感はないですよね。こういう自然なスタイリングで会話が聞こえてくるような写真は、とても素晴らしいと思います。食事の風景を喚起させ、思わず食べたくなるような、箸を伸ばしたくなるような世界観が伝わってきますよね。


速水:その写真のバックボーンだったり、シチュエーションがイメージできることは、たしかに大切ですね。食卓の楽しい雰囲気が伝わればいいな、と思っているので。


植野:もこみちさんは、ずっと相手のイメージを大切に料理を作ってきましたよね。経験を積んだり、歳を重ねたりするにつれ変わってきたことはありますか? 料理を作るときのイメージの持ち方やシチュエーションに変化はあったのかどうか。


速水:もともと料理をするようになったきっかけとしては、小学生の頃にテレビで観ていた『料理の鉄人』があって、料理を作る人ってすごく格好いいなと。それから……ちょっとモテたいっていうのもあって(笑)。


――何もしなくてもモテますよね(笑)?


速水:いえいえ(笑)。最初は自分のための料理だったんですけど、どんどん友達が増えて、ホームパーティーで料理していくうちに、食を通して人と繋がることが楽しくなって。


植野:自分のためだったのが、誰かのためって考えるようになったきっかけは何でしょう?


速水:最初の料理本を作る時から、自分だけの好みで作ってしまうのはよくないな、というのが頭の片隅にあって。ここは責任持ってみんなに喜んでもらえるものを作りたい、と思ったのがきっかけですかね。


植野:今、世の中全体がコロナの影響もあって食との向き合い方を変えてきていると思います。


速水:それはありますね。言われてみれば、自分自身も食材との向き合い方が結構変わってきていて、今、フードロスをなくす活動をしています。


植野:僕もコロナ禍で“食の雑誌”として何ができるかを改めて考えましたが、結果的にこれまでやってきたことと、今やるべきことや、これからやることはさほど変わらないです。これからも世の中の食いしん坊がもっと楽しくなることを提案して、そのために生産者や、飲食などのサービスに携わる方々の思いを伝えていきたい。どんな状況でもそれは変わらないし、今あるこの素敵な日本の食文化は簡単に変わってはいけないと考えています。


速水:そうですね。みんなコロナの影響でなかなか外食に行けない時期を過ごして、食べる側としては、料理人が思いを込めて作り上げる料理の美味しさだったり、食のありがたさをあらめて感じてるいるのではないかと。僕は家で料理を作って食べることが多いのですが、落ち着いたら勉強のためにもっと外食もしたいなと思いましたし。


植野:お店への思い入れもありますよね。外食ができる状況が戻ってきて、「まずどこに行こうか」というとき、選ぶのは単にネットでの点数が高い店ではないと思うんです。


速水:そうですね。


植野:自分にとってなくなったら困る店、自分がいちばん好きな店に行きますよね。そこで本当のいい意味での「行きつけと常連さん」という関係が生まれる。それはすごくいいことだと思っていて、コロナ禍を経験したことで、本来のあるべき姿が少し戻ってくるかなと。


――ありがとうございます。最後に、お二人はそれぞれの本を読者にどのように楽しんでほしいですか?


植野:「植野食堂」のムックについては、町場の食堂とか中華とか、当たり前のものがそこにあることがいかに素晴らしいかを知っていただきたいです。お店の皆さんは「普通ですよ」「当たり前ですよ」と言いますが、その普通で当たり前のことを続けながら、時を重ねることでしか出せない味というものがありますから。そして、本を見て実際に家で料理を作っていただいたら、お店に行って答え合わせもしていただきたいです。


速水:僕の本を手に取っていただいて、ぱっと開いて「美味しそう! 作ってみたい!」と思ってもらえたら嬉しいですね。と言っても、みなさん日によって舌の感覚が変わると思うし、生活のリズムも人それぞれです。例えばお子さんがいて、時短で済ませたい日もあると思うんですよ。でも、たまには誰かのためにちょっと時間をかけて作るのもいいですよ、ということを伝えたい。もともと料理が好きな人ならスキルを上げたり、逆に料理経験が少ない人もこの本をきっかけに色々と作ったら、その先にはまたちょっと違う世界がきっとあると思っています。


(写真=鷲尾太郎)