2021年12月12日 10:11 弁護士ドットコム
特定の民族を貶める「ヘイト文書」を社内配布するのは違法だとして、在日コリアンの女性従業員が、「フジ住宅」(大阪府岸和田市)と同社会長を相手取り、損害賠償をもとめた訴訟で、1審につづき2審でも敗訴した会社側がこのほど、最高裁に上告したことがわかった。「会社に変わってほしい」。そんな女性の願いは叶うのか。これまでの裁判をふりかえる。(ライター・碓氷連太郎)
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原告の女性は、2002年から、同社で非正規従業員として働いている。
女性によると、同社では2008年ごろから、戦前の「大東亜共栄圏」を肯定する書籍や、在日を含む中韓北朝鮮出身者を「卑劣」「野生動物」などと書いた文書が配布されていた。
女性は2015年8月、こうした「ヘイト文書」が、女性を名指しするものではなくても、差別にあたるとして、計3300万円の損害賠償をもとめる裁判を起こした。
1審・大阪地裁堺支部は昨年7月2日、「資料の内容と原告個人との結びつきが明確ではなく、原告個人に対する被告会社の従業員が抱く客観的な社会的評価を具体的に低下させる効果があると認めるには足りない」と判断。
一方で、「労働者の国籍によって差別的取り扱いを受けない人格的利益を侵害するおそれが現実に発生していて、社会的に許容できる限度を超えている」として、環境型ハラスメントを認定して、会社と会長に計110万円を支払うよう命じる判決を下した。
●1審後も「ヘイト文書」が配布されていた
提訴したあとも、女性は勤務をつづけてきたが、1審・大阪地裁堺支部の判決後すら、社内では中国や韓国を貶める文章が配布されていた。このことについて、女性は、次のように苦痛を吐露している。
「以前よりも体調が悪くなりました。動悸はするし、ときどき心臓がギュッと動いて苦しくなることがあります。毎日出社していますが、会社では変わらず韓国や中国を貶めたりする内容の記事や、自分を攻撃するために判決をないがしろにする文書などの配布が今もつづいています」(女性)
民族差別的なものだけではなく、女性を誹謗中傷する社外の人間のブログや、『この人はいつまで働き続けるんですか』『温情を仇で返す行為であり恥知らず』と書かれた経営理念感想文などを配られていたという。
しかし、表立っては支援の声を挙げないものの、社内には、女性を差別せずに接する仲間も数多くいる。女性によると、仲間の支えがあったから、会社を辞めずに働いてこられたという。
大阪高裁の清水響裁判長は今年11月18日、フジ住宅と同社の今井光郎会長に計132万円の支払いと、原告を批判したり、攻撃したりする文書の差し止めを命じる判決を言い渡した。また、ただちに文書の配布を禁じる仮処分命令も下した。
文書に関しては、原告側が申し立てた、次のような具体的な指定が認められた。
<新聞、雑誌、図書、パンフレット並びにインターネット上で配信されている記事や動画およびメールマガジンや従業員が作成した業務日報、業務報告書、業務予定表、経営理念感想文、従業員と上司または従業員と社外の者との間でのメールの中に、中華人民共和国・大韓民国・朝鮮民主主義人民共和国の国家や政府、政府関係者を強く批判したり、この3カ国の国籍や民族的出自を有する者に対して「死ねよ」「嘘つき」「卑劣」「野生動物」等の人格攻撃の文言を用いて侮辱したり、この3か国に友好的な労働組合やマスメディア、政治家、評論家などに対して「反日」「売国奴」などの文言で同様に侮辱するもの>
また、「日本やその民族的出自を有する者を賛美して、この3つの国やその民族的出自を有する者に対して優越性を述べたりするなどの記載があるメディアの社内配布」と、裁判を理由に女性を貶める文書も差し止めるように命じた。
1審・大阪地裁堺支部が、特定の民族を貶める資料の配布は、女性に対する直接の差別には結びつかないとしていた点については、2審でも覆らなかった。ただ、次のように女性に対する個人攻撃の文書などについて、会社側の不法行為を認めている。
・憲法13条(個人の尊重、幸福追求権及び公共の福祉について)、14条(法の下の平等)、19条(思想・良心の自由)、21条(集会の自由・結社の自由・表現の自由、検閲の禁止、通信の秘密)と人種差別撤廃条約およびヘイトスピーチ解消法の趣旨に照らして、原告を貶める文書の配布は、原告が抑圧されることなく裁判を受ける利益を侵害する不法行為である
・同社が大阪府内の一戸建て供給戸数がトップクラスで東証一部上場企業であり、4年連続で健康優良法人に認定されるなど高い評価を得ていて、民族的差別が醸成されない環境作りが社会的に期待される立場にも関わらず怠ったことは不法行為である
加えて、フジ住宅および今井会長が、従業員を各地の教育委員会による教科書展示会に動員し、特定の教科書が採用されるようにアンケート提出を促したことの違法性も認めた。
2審・大阪高裁の判決後の記者会見で、原告女性は絞り出すような声で、「会社に変わってほしい」と口にした。
「会社で、『韓国人は卑しい民族性』とか『犯罪者』とか『反日』とかそういった、人を貶めるような大量の資料配布をずっとされてきて、すごくいたたまれなくて、2015年1月に初めて会社に『止めてほしい』と伝えました。
ただ、それだけでした。止めてくれって言っただけでした。1審判決が出るまでは、司法の判断で、会社も変わってくれるだろうと希望を持っていました。
残念なことに、1審が出ても会社は何も変わりませんでした。より一層、私に対しての攻撃を従業員に書かせたりすることがあって、今も不安でいっぱいです。希望が削がれたところがあって、少しずつ心も体も弱ってる自分を感じながら、なんとかごまかしてきました。
次こそ、会社には、この(2審)判決を受け止めて、変わってほしいと思います。ただ、1審のときも会社の中で何も話し合われてなかったという事実を知り、どんなに良い判決が出ても会社を変える力にならなければ、このあともまだまだ続くのかなと思います。
ここ(判決文と仮処分決定文)に書かれていることを会社が本気になって考えてくれれば、すごく良い企業に変わるだろうし、私はそうなってほしいと本当に思っています。そういうところで希望をつないで、今ここにいます」
11月18日午後2時過ぎ、判決直後の大阪高裁前で、原告側代理人の弁護士が「ヘイトハラスメントを認める」「違法な文書配布の差止め認める」と書いた紙を掲げて、マスコミや支援者に向けて「勝訴」を報告した。
ところが、そこに突然、中年女性と高齢男性が乱入して、「フジ住宅はヘイト企業ではありません」「またもや日の丸バッジもブルーリボンバッジも装着を禁じされました」という紙を掲げる一幕もあった。
この2人は「フジ住宅を支援する会」のメンバーと名乗った。高齢男性は、集まっていたマスコミの前で、フジ住宅の正当性に関する持論を展開した。さらに別の高齢男性も加わり、「不当な判決だ」「社内の『言論の自由』を完全に封鎖する」とたたみ掛けた。
フジ住宅側も翌11月19日、ホームページ上で「同判決は、私企業における社員教育の重要性や経営者の言論の自由を一般的には認めつつも、本件に関しては新聞、雑誌、一般書籍の配布も含む過度の制約を行ったものであり、承服できません」として、上告する方針を示している。
さらに、「とくに、配布が原告個人を対象とする差別的言動がないと認めたにもかかわらず、侮辱的表現や本件訴訟批判の表現が含まれる文書の差し止めを認めたことは、今後、文脈を問わずして表現の選別が必要となり、過度の言論の委縮を招くものであり、我が国の言論に対して極めて重大な影響を及ぼすものと言わざるを得ません」として、「表現の自由」を奪うものにつながると主張している。
しかし、この裁判で争われているのは、「表現の自由」ではなく、1人のマイノリティが出自を理由に職場で差別されず、安心して働き社会の一員として生きるという「人間の尊厳」そのものだといえよう。
女性は「フジ住宅に変わってほしい」と願っているが、職場で同じような差別に苦しむマイノリティは、ほかの会社にも存在している。決して、一社だけの問題ではなく、すべての企業に民族差別に対する考え方が問われているのだ。