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『二月の勝者』は親たちのドラマでもある 中学受験控える家庭にとって目が離せない理由

2021年12月11日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『二月の勝者ー絶対合格の教室ー』(c)日本テレビ

「頑張れ頑張れ受験生! 負けるな負けるな受験生!」


 元ピチカート・ファイヴの小西康陽作曲による子どもたちのチャントが耳について離れない『二月の勝者ー絶対合格の教室ー』(日本テレビ系、以下『二月の勝者』)。どう見ても原作の黒木蔵人にしか見えない柳楽優弥、原作とはかけ離れた設定の役柄にリアリティを持たせる井上真央、地味になりがちな画面に華を添える加藤シゲアキ、いつのまにか日本一のデブキャラ俳優になりつつある加治将樹をはじめとする助演陣と「桜花ゼミナール」に通う子どもたちの熱演もあって、週を追うごとに盛り上がりが増している。


【写真】大受けしている黒木先生の髪型


 なによりも中学受験――中受(ちゅうじゅ)を控える子を持つ家庭にとっては、身につまされる内容がびっしり詰まっていて、どうにも目が離せないのだ。


 我が家には小学4年生になる子がいるが、中受対策の勉強は小4(正確には小3の春休み)から始まっているので、親子ともども『二月の勝者』を食い入るように観ている。子が通っているのは普通の公立小学校だが、場所柄もあってクラスの9割以上が中受をする予定であり、クラスのほとんどが『二月の勝者』を観ていると聞いた(黒木先生の髪型の話をすると大受けするらしい)。きっと親が見せているのだろう。


 もともと高瀬志帆による原作コミック(小学館)は、中受家庭のバイブルとして知られていた。我が家にも早い段階から全巻がセットされ、妻から読むように厳命されていた。筆者のように地方出身者で小中高と公立に通っていた人間は関東での中受熱にピンと来ないことが多く、「小学生が受験勉強なんかしなくてもいい」「公立中学に進学して高校受験をすれば十分」と思ってしまいがち。そのような親が中受について理解を深めるために『二月の勝者』が最適なのだ。


 第1話の冒頭、黒木は入塾説明会に集まった親たち(8割が母親)にこう告げる。「みなさん、覚悟はできていますか?」。その前に話していたのも、中受をめぐって起こった家庭崩壊のエピソードだった。黒木の決めゼリフは「合格のためにもっとも必要なのは、父親の経済力と母親の狂気」。親は受験の情報を集め、子の勉強のサポートだけでなく、塾の送り迎えや体調とメンタルの管理などを行う必要がある。もちろん、金銭面での負担も大きい(ドラマの中では年間132万円かかると説明されていた)。つまり、中受は子ども主導で行われる高校受験や大学受験と異なり、親の理解と努力が大きなウエイトを占める。


 ドラマ『二月の勝者』では、子どもたちの両親役に実力派の俳優たちがキャスティングされている。サッカー好きの三浦佑星(佐野祐徠)の母親はNHKの朝ドラ『カムカムエヴリバディ』でも主人公の母親を演じた西田尚美、父親は『MIU404』(TBS系)でエトリを演じた水橋研二。鉄道好きの加藤匠(山城琉飛)の母親は三谷幸喜作品で知られる堀内敬子、父親は東根作寿英。成績優秀な前田花恋(田中絆菜)の母親は高岡早紀。なかなか成績が上がらない武田隼人(守永伊吹)の母親は星野真里、父親は塚本高史。優等生の島津順(『俺の家の話』<TBS系>の羽村仁成)の暴力的で冷酷な父親は金子貴俊、臆病な母親は遠藤久美子。引っ込み思案の柴田まるみ(玉野るな)の母親は元宝塚の月船さらら。勉強に集中できない石田王羅(横山歩)の母親はNHKの朝ドラ『ふたりっ子』の岩崎ひろみといった顔ぶれである。


 ほとんどが1話のみの登場であり、非常に贅沢なキャスティングだと感じる。これが意味しているのは、中受は子どもと塾講師だけでなく、親たちのドラマでもあるということだ。


 もっとも大きな問題が、父親と母親の意見の相違である。特に厄介なのが、中受に理解を示さず、母親と子の足を引っ張る父親の存在だ。第1話にはサッカーに夢中で中受は必要がないと考える父親が登場し、第4話にはスマホゲームに夢中で中受にまったく理解を示さない父親が登場した。塾の費用を工面するために必死にパートで働く星野真里が、スマホゲームに課金してばかりの塚本高史に叫んだ言葉、「どうせなら私たちの子どもに課金してよ! 自分の子どもをクソ強いキャラに育ててよ!」に共感した母親は少なくあるまい。黒木はこう警告する。「ご夫婦の意見が一致してないと、中学受験は失敗します」。


 なぜ小学生が遊ぶ時間や睡眠時間を削ってまで勉強してまで中受すべきなのかは、毎話のように描かれている。簡単にまとめれば、子どもの可能性を伸ばしていくには、中受をすべきだということになる。好きなことに打ち込む環境は、私立中学のほうが適していることが多いし、中高一貫校に入れば中3のときに受験で好きなことを中断する必要もなくなる。中間一貫校の増加という外部環境の変化も起こっている。


 『ドラゴン桜』(TBS系)の桜木健二は「バカとブスこそ東大に行け!」と言っていたが、黒木に言わせれば「凡人こそ中学受験すべき」。我が子は天才だと確信があれば中受は必要ないかもしれないが、凡人だと思っているなら中受をしておいたほうがいいということ。凡人だって頑張れば成績は伸びていくのだから。


 中受に懐疑的だった筆者も『二月の勝者』にふれることで、できる限りサポートしようと思うようになった。子どもたちは受験本番に向けて、どんどん白熱して戦士のようになっていく。これも黒木が言うように、中学受験では本人よりも親のほうが先に音を上げることが多いし、子どもは大人が思っているよりずっとタフだ。だからこそ、親は気持ちをしっかり持って、サポート体制を整えておかなければならない。


 家庭によって考え方はさまざまだし、環境によって受験の必要性が変わるのは当然のことだが(身近に私立中学が少ない地域も多い)、子の中受を考える可能性が1%でもある親は、『二月の勝者』をマストで観ておくべきだと思う。


(大山くまお)