「スクリーントーン(トーン)」をご存知だろうか。ドットや線、花、星などさまざまな模様がフィルム状になっていて、原稿用紙に貼り付けて使う。マンガ家にとって必須の画材……だった。
しかし、マンガ制作はデジタル化が進み、トーンのニーズも低下。人気ブランド「J-TONE」を販売していた会社は2019年に破産し、マンガ家たちは大いに悲しんだ。
と思いきや、J-TONEは半年後に「奇跡の復活」を遂げた。マンガ用品を扱うライバル会社「G-Too」がブランドを買い取って一部品番を復刻したのだ。
ニーズはあるものの年々先細っている「トーン」事業を、どういう経緯で買い取って続けることになったのか。そして勝算はあるのか? 「復刻」を提案した、商品企画担当者に聞いた。(取材・文:箕輪 健伸)
即断即決、関係なかった。
「『J-TONE』が販売終了になってしまうと知り、即座に上司に買い取れませんか?と相談しました。『J-TONE』は固定ファンが多いため、販売終了になってしまうと多くのユーザーが困ってしまうと思ったからです」
こう語るのは、「復活」を提案した、G-Tooの商品開発担当、清水あすかさんだ。
提案にはさぞかし苦労したのかと思ったら、「このままだとユーザーが困ってしまうと上司に言ったら、すんなりと『そうだね、それじゃ買おう』となりました」(清水さん)。「どれくらい売れるのか?」など、細かなことは一切聞かれなかったという。
え、そんなにあっさり? なぜだろうか。
「これは、弊社の社風によるところが大きいと思います。アイシーはコミックマーケットの初回から参加者サポートとして出店し、高校生のイベント『まんが甲子園』にも第1回から協賛をしています。これは、漫画の裾野を少しでも広げたい、漫画を描く人を支えたいという思いからです」
「『J-TONE』が販売終了のままだと、漫画を描くことを辞めてしまうユーザーが出てくるたことも考えられます。会社としてもそれは困るということで、買い取りが決まりました」
漫画画材の「アイシー」ブランドを展開している、同社ならでは。話もスッキリ通ったということだった。
売上目標未達も「やってよかった」と笑顔
さて、復刻から約2年。ドラマや映画であれば、「J-TONEの売り上げは想像以上に伸び、今では同社の売り上げの大半を占める」というベタな展開もあり得ただろう。しかし、現実はそう甘くはない。
「新型コロナウイルスの影響がかなり大きく、売り上げは目標に届いていません。新型コロナウイルスが漫画界に与えた影響は甚大で、まずアシスタントさん達が漫画家の先生の仕事場で集まれなくなったんですね。そうすると、今までアナログで描いていた漫画家の先生も、遠隔でも原稿のやり取りができるデジタルに移行せざるを得なくなるわけです。それで、結果的にアナログのトーンである『J-TONE』の売り上げも伸び悩んでしまっています」
ただ、復刻自体は「やって良かったです」と笑顔で話す。それは、同社の思いが確実にユーザーに届いているからだ。
現在、新潟県新潟市で開催中の「アイシー 50周年記念展示」を訪れたアナログ派の漫画少年(漫画専門学校生・18歳)はJ-TONEの復刻に歓喜の声を上げた一人だ。
「漫画は小学生の時から描いていましたが、ずっとアナログです。中学生になると、トーンを使うようになり、『J-TONE』を愛用していました。『J-TONE』がなくなってしまうと知り、デジタルにしようか相当迷いました。ただ、デジタルにすると簡単に言っても、初期費用は数十万円かかってしまいます……。困っていた中、『J-TONE』が復刻されると聞いた時は本当に嬉しかったですね。復刻されていなかったら、経済的な理由で漫画から離れていたかもしれません」
なお、J-TONEで復刻された柄は全150種類のうち、まだ35種類に留まる。
清水さんは、「よく、『この柄は復刻されないのですか?』とお問合せをいただきます。少しでもユーザーの方の声にお応えするために、徐々に復刻する柄を増やしていけたら」と話していた。
「アイシー 50周年記念展示」の様子
『重版出来! 』で知られる松田奈緒子さんもメッセージを寄せていた