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『最愛』梨央と梓、母と娘が見せた同じ決意 真実を受け入れる覚悟はいいか?

2021年12月11日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『最愛』(c) TBS

 ラスト5分の畳み掛け。そこには、にわかに受け入れがたい情報も散りばめられており、視聴者は一気に混乱させられる。目の前で何が起こっているのか、今まで見てきたもの、信じてきたものをかき集め、状況を把握しようと必死になる。その焦燥感は、さながらドラマの登場人物の1人になったかのようだ。金曜ドラマ『最愛』(TBS系)の第9話。ラスト1話を残したタイミングでもなお謎が謎を呼ぶ展開となった。


【写真】ペンを見つけて喜ぶ加瀬さん(井浦新)


 ハイライトとなったのは、梨央(吉高由里子)の母・梓(薬師丸ひろ子)がすべての罪を背負う形で会見を開き、警察へ出頭したこと。どこまで梓が容認していたのかはまだ明かされていないが、実際に寄付金詐欺を実行したのは専務の後藤(及川光博)だったはずだ。だが、後藤の名を一切出さず「責任はすべて私にあります」と断言。


 そして、「娘には何も知らせていませんおりませんでした」と一切の関与をきっぱりと否定し、マスコミが報じた一連の殺人事件の疑惑について「娘も、真田家の人間も、誓って殺人には関わっておりません」と言い切った。


 カメラをまっすぐに見つめた梓。守るべき者ために心を決めた人の見せる、眼差しのなんと強く美しいことか。事前に「やっぱり私、お母さんには向いてないみたい。ごめんね」と梨央に電話で告げていた梓だが、これほど全力で娘を、そして血縁を問わず結ばれた“真田ファミリー“という家族を守ろうという女性が“母”でなくてなんというのだろう。


 たしかに梓という人となりを思い返すと、ときに家族よりも会社を優先する敏腕経営者のような雰囲気が漂っていた。だが、彼女にとっては会社そのものが創業者の祖父から受け継いだ、いわば家族の証。会社を守ることがそのまま家族を守ることなのだと理解すれば、その会社が傾いてでも梨央の夢を応援しようとした姿に、どれほどの覚悟があったのかが伝わってくる。


 同時に、それほど一度でも結ばれた縁を大事に思う梓のこと。たとえ離縁したとしても達雄との繋がりを完全に断ち切っていたわけではなかったのではないか、という想像も膨らむ。そうなれば、15年前に起きた渡辺康介(朝井大智)の事件も、そして執拗に続いた康介の父・昭(酒向芳)の詮索も、そこに橘しおり(田中みな実)が関わっていたこともすべて知っていた可能性がある。


 もしかしたら、しおりのその後を見守るかのように新聞記者時代にはお抱え記者としていた……という推測もできなくない。そんな“梓の愛“という視点から15年間を振り返ると、梨央を通じて見てきたものとは違う流れが浮かび上がってくる。


 異なる視点で見つめれば、別の事実が見えてくる。大輝(松下洸平)と陸上部の仲間であり、現在は富山県で刑事をしている藤井(岡山天音)から見た景色も、梨央の、そして私たち視聴者が見てきたそれとは異なる。その藤井から聞かされた衝撃的な一言が大輝に放たれた「15年前、あの台風の夜。本当は事件の現場におりましたよね?」だった。


 私たちが知る15年前のあの日、大輝は藤井たちとの祝勝会ができず後ろ髪を引かれながらも、達雄の車で駅まで送られて姉の結婚式に向かっていたと記憶している。翌々日、受験を無事終えた梨央の携帯電話には、姉と並んで変顔を決めた大輝の写真が届いていた。そのことからも大輝が結婚式場に駆けつけたのは間違いないだろう。


 だが事件があった夜に、一度戻っていたとしたら? 例えば、あの悪天候で電車が動かなくなって、組合の会合で遅くなった達雄の車に乗って帰って来ていたとしたら? そして翌日、梨央と同じように改めて姉の結婚式会場へと向かっていたとしたら……? これまで見えていなかった可能性が浮かび上がってくる。


 しかし、もしあの場に大輝がいたのだとしたら、これまでの知らない振りをしすぎではないか。梨央の苦しみを、優の戸惑いを、全て知っていて刑事になったとは思えない。いや、思いたくない。加瀬(井浦新)が疑惑の特注ペンをしっかり持っていたように、大輝も戻ってはいたとしても事件の当事者ではなかったという線はないだろうか……と、つい模索してしまう。


 信じたいという気持ちが、真実に蓋をすることがある。想いが強くなるほど、思考を止めてしまうことがある。そのブレーキを取っ払うことが、ブラックボックスの最後のキーなのだとしたら、あまりにも胸が苦しいではないか。


 「ひとりで大丈夫」。梓と梨央が加瀬にかける言葉のリンクに、母と娘の同じ決意を感じる。「どんな事実でも私たちは受け入れる覚悟です」。そう彼女たちは心を決めた。どんなに辛く厳しくても、誰かのためにありのままを受け入れることも愛の形だ。さあ、来週までに私たちも心を決めなくてはならない。どんなエンディングでも、受け入れる覚悟を。それが視聴者ができる、この作品への愛の形なのだから。


(佐藤結衣)