isutaでは今週も、SUGARさんが贈る週間占いを配信。
星乃せいこさんによる「毎月の運勢グラフ」も配信しているので、こちらもぜひチェックしてくださいね♡
1ヶ月ごとの運勢グラフ 今週のおひつじ座の運勢illustration by ニシイズミユカ
くらい土の中だから感じられること
今週のおひつじ座は、着込んで重くなっていた“鎧”を、ひとつふたつ脱ぎ捨てていくような星回り。
光を理性と、闇を無知や愚かさと結びつけ、後者をできるだけ排除しようとするのは近代社会のある種のお約束事のひとつですが、そうして闇と光を二元論的な対立構図で捉えようとするのは、西洋的な合理主義への無邪気すぎる信仰のあらわれでしょう。
例えば、木造の古いお寺の本堂にひとりで入って、仏像を眺めていると、窓から差し込むあかりしかないはずなのに、本堂のなかが淡い光に満ちているように感じることはないでしょうか。そういう光というのは、まるで仏像の内側から漏れ広がってきては、闇や人間の悪や弱さ(傷つきやすさ)を包み込む、滲みだすものとしての光なのだと言えます。
それを昔から人々は「後光」と呼んできた訳ですが、現代人はみずからの弱さや悪を隠すため、あまりに多くの鎧を着こむことに慣れ過ぎているせいか、そうした内側から滲みだす光を見る力をだいぶ失ってしまったように思います。あなたも、自身の、ないし目に留まった相手の身体から滲みだすその光を、じっと見つめてみるといいでしょう。
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啓示の感受
今週のおうし座は、近視眼的になっていた事態に、奥行きが与えられていくような星回り。
冬空に高く伸びた老木。葉はすっかり落ちきって、枝々も枯れて尖り、よく見ると下の枝にひっかかっているものがある。「枯枝のひつかかりゐる枯木かな」(高野素十)で詠まれているのは、一見すると何ということはない素朴な自然描写ですが、繰り返し読むほどに、そこに張り詰めた冬の寒気がしんと枝々のあいだに漂っていることが感じられてきます。
ひっかかっている枝と枝の様子に目を凝らすほど、かえって景色は奥行きを増していき、もつれた「枯木」の背後に広がる遠くの背景にまで視線が届いていく。自然と、枯れ木を見ていたまなざしは、木にとまった鳥や、その鳥が飛び去っていく空の向こうにまで導かれていったのではないでしょうか。
あなたもまた、できるだけまなざしを遠く、澄んだ方へと向けてみてください。
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物語化していくということ
今週のふたご座は、大難を小難に、小難を無難に変えていこうとするような星回り。
2004年に発表された宇多田ヒカルさんの13枚目のシングル曲『誰かの願いが叶うころ』は、「私」のもとから「あなた」がいなくなってしまった、というシチュエーションに身を置いている失恋ソング。その途中に「誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ みんなの願いは同時には叶わない」という一節があります。
ここでは「自分の幸せ」と「あなたの幸せ」が一致することは決してない、という悲観的なビジョンが提示されているのですが、それは単に相性の問題というより、「共同性」という理念の限界であり、「あなた」という他者性の肯定でもあるのではないでしょうか。
つまり、「私」の目的を叶えるために誰かを操作したり教育したりすることは、その誰かの他者性を否定することであり、この曲では複雑な心理のなかで引き裂かれつつも、ふとそうした他者性の否定の否定へと向いていこうとしているように思えます。あなたもまた、どうせ他者のことなど分からないと開き直るのではなく、今だからこそ受け入れられることはないか、探してみるといいでしょう。
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俳句も郵便も
今週のかに座は、取り組んでいかなければならない、果てしない積み重ねを遠望していくような星回り。
それはまるで、「冬山やどこまで上る郵便夫」(渡辺水巴)という句のよう。木が枯れ、石も冬ざれている、まるで山水画のような山道を郵便夫が上がって行っている。届け先の家と言ったって、どこかに1軒か2軒かが点在しているくらいの程度であるのに、郵便夫はなおも山道を上りつつあるので、いったいどこまで上っていくのだろう、とやるせない心細げな作者の心持ちが伝わってくるかのようです。
いくらそういう職業とは言え、わずか1つか2つの郵便を届けるために、際限もなく淋しい山道をゆくその果てしなさに、作者は同情しているのか、それとも、どこかで自分を重ねているのか。おそらくはその両方なのでしょう。
俳句も郵便も、考えてみれば単調な行為の果てしない積み重ねの上に成り立っており、それは今のかに座の人たちにもどこかで通底するのではないでしょうか。あなたもまた、ひとつこんな郵便夫になったつもりで過ごしてみるべし。
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裏にまわる
今週のしし座は、あべこべな道行きをあえてゆくような星回り。
スペインの古都グラナダにあるアルハンブラ宮殿のことを、その土地の人たちは「アランブラ宮殿」と呼ぶのだそう。13世紀に建てられたイスラム人の王様の宮殿は、整然とした均衡美を残したまま鎮まりかえっているのですが、詩人の岸田衿子はひとりであちらこちらに出たり入ったりして迷った経験をこんな詩にしています。
「アランブラ宮の壁の/いりくんだつるくさのように わたしは迷うことが好きだ 出口から入って入り口をさがすことも」
おそらく、真ん中の1節を言いたいがための枕言葉として、アランブラ宮のつるくさ模様は呼び出されたのでしょう。出口を「死」、入り口を「誕生」と考えれば、作者は死から逆に生のほうに進むことだってあるじゃないか、と言いたいのでしょう。または、そういう風にしか生きられない自分のあまのじゃくぶりを、どこか突き放した視点から見ているのかも。あなたも、そんな風に別世界の扉を開けていくべし。
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終わりの選択
今週のおとめ座は、きちんとみずからの意思を、選択に反映させていこうとするような星回り。
西口と東口がある駅は、日本全国に数えきれないほどありますが、「しぐるゝや駅に西口東口」(安住敦)は、それがまるで運命の分かれ道でさえあるかのように感じさせてくれます。冬の初めに降る、目まぐるしく変わる通り雨である「しぐれ」は、自然界から色を消していきますが、私たち日本人はそこに無常の心と共に美しさを見出す感覚を磨いてきました。
掲句では、そうしたしぐれのなかでさびれゆく景色に、西口と東口とを浮かばせることで、それを単なる日常風景の一部から、出会いと別れの場所へと演出してみせることに成功したのだと言えます。
「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」あなたもまた、いま目の前にある選択肢を真正面から見据えていきたいところです。
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余生の充実
今週のてんびん座は、自分で小屋を作ってベーシックに暮らしていくような星回り。
ここで言う「ベーシック」とは、文字通り、生きるのに最低限必要なもの、という意味。それにはまず、水と食料の確保。次に雨風をしのぎ、外敵の侵入を妨げる空間の確保。少し余裕が出てくれば、より快適な寝床を作るだろうし、実際、人間以外の動物は、生きているうちのほとんどの時間をこれらのことに費やして一生を送っていきます。
それは「金はなくても心は…」といった貧乏賛歌でもなければ、「働いたら負け」といった行き過ぎたあまのじゃくでもなく、働きたくなったら働けばいいし、ゴロゴロしたくなったらすればいい。誰にも邪魔されずに、自分のしたいことをする自由を確保するという、生き物としての“基本”へ立ち返るための試みなのだとも言えるかもしれません。
あなたもまた、自分にとっての“基本”とは何だったのか、どうしたらそこへ立ち返ることができるのか、といったことがテーマとなっていくでしょう。
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変身と癒し
今週のさそり座は、真に必要な癒しのイメージを、自分に与えていこうとするような星回り。
「鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな」(久保田万太郎)という句は、アンコウ鍋でもつついていたのでしょう。大きな口が特徴の深海魚で、外見からするとどう見ても“食欲をそそる”とはほど遠い鮟鱇ですが、じつは捨てるところがまったくないと言われるほど、どこを食べてもおいしい魚です。
ただ、それは逆に言えば、食べている方も、自分が口にしているのが、身なのか肝なのか卵巣なのかヒレやエラなのか分からないほどに、ドロドロに煮込まれて、溶けて混ざり、一体化してしまっているということでもあります。
作者はそんな鮟鱇の身の様相に「わが身の業」を重ねつつ、激しい後悔と自責の念を訴えている訳ですが、おそらく掲句は本業である小説や戯曲では得られなかった心の癒しを、自分自身に与えていくための想念上の試みでもあったように思います。あなたも、みずからの心持ちにぴったりとハマるものを見つけてみるといいでしょう。
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揺らぎでしかありえない
今週のいて座は、モデルにしていた理想を脱ぎ捨て、<私>であることそのものを追求していこうとするような星回り。
落葉樹から落ちていく葉であれ、人間であれ、それらが個体である限り、どれだけ人為的に設けられた分類やカテゴリーに押し込めようとしても、それらはいつもそこから溢れかえっていく反乱そのもの。揺らぎでしかありえないという意味で、その存在自身が異他的であること(ハイブリット)の肯定を示しているのだと言えます。
すなわち、個体とは揺らぎであり、不純であり、偏ったものでしかありえず、幾分かは奇形的なものでしかありえず、だからこそ、世界という問いを担う実質であり得るのだと。
そしてもし、個体の実相を肯定するような倫理というものがあるとすれば、それは死の安逸さも、他者による正当化も、正義による開きなおりもありえない、たえず変化し続け、予測不可能な生成をうみだし続ける生の流れを、その過酷さとともにあらわにするものでなければならないでしょう。あなたも、きまりきった分類やモデルからたえず逸れていく自分自身を、大いに肯定していくためのベースを固めていくべし。
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当たり前を少しずらす
今週のやぎ座は、何かが自然にそのようであることの、奇跡性に思い当っていくような星回り。
「焼芋や母にまされる友はなし」(ミュラー初子)は、共感するか、強烈に反感を持つかに分かれそうな句ですが、少なくとも焼き芋などの芋系スイーツを嫌いな女性はほとんどいないでしょう。
そういう意味では、ほっと心が温まるような穏やかな日常詠の典型のように思えるのですが、作者は太平洋戦争のさなか、スイスに夫と子を残して、京都の実家で母と息を潜めるように暮らしていたのだとか。
戦争が起きていようが、失業しようが、病気になろうが、生きてさえいればそこに日常はある。むしろ、そんなただごとではない背景が広がっている時こそ、そこに花を添えてくれる日常のちょっとしたことのありがたみや鮮烈さが増していくのです。あなたもまた、当たり前といってしまえば当たり前のことほど、改めて大切にしてみるといいでしょう。
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心はいずこ?
今週のみずがめ座は、心が内臓にあるという感覚を、生々しく実感していくような星回り。
「心はどこにあるか?」と聞けば、現代人のほとんどは胸を指すことと思いますが、しかし、江戸時代までの武士などは腹を指したのだと言います。だからこそ、身の潔白を証明する際に、みずからの腹を切ってみせたのでしょう。
それは腹の深奥にこそ「清き心」はあるのだというイメージが、当時の人たちのあいだに浸透していたことの何よりの証左であり、どうもそれは洋の東西を問わずに共通したイメージであったよう。たとえば聖書にはイエスだけが使う「あわれみ」を意味するギリシャ語の「スプランクニゾマイ」という言葉が出てくるのですが、これはもともと「はらわたが動く」が語源でした。
つまり、近代以前や古代においては、なにかが腑に落ちたり、腹をわって話せたり、お腹がきゅっと動いたりする時の部位にこそ、「こころ」は宿っていたのであり、逆に言えば、頭にきたりムカついたりするときの部位から出てきた思いや考えは「心ない」ものであり、真に受けたり信用するには足りなかった訳です。あなたも、心=はらわたで感じること以外は、いっそスルーしてみるくらいのつもりで過ごしてみるといいかも知れません。
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交わりに沈む
今週のうお座は、わが身やわが名にきちんと実感をもって、宿り直していくような星回り。
「命あるものは沈みて冬の水」(片山由美子)の場合の「命あるもの」とは、たとえば池を泳ぐコイや亀などを思い浮かべてみるといいのかも知れません。眼前に広がる冷たい冬の水は、しーんとしずまりかえって、どこか「絶滅」という言葉の響きを連想させますが、作者はそんな状況だからこそ、かえって命を持っているものに鋭敏になり、それは確かな意志を持って「水中に沈んでいる」のだと感じたのでしょう。
逆に言えば、生き物というのは命を失えば骸(むくろ)となって水面に浮かんでくるものであって、それは人間も同じでしょう。その意味で、掲句は「命なきものは浮かびて」という言葉を背後に感じながら詠まれた句でもあるわけで、まだ生きている私たちは誰もが命あるものとして、この世に「沈みて」在るのだとも言えるのです。
あなたもまた、日頃そこから「浮かび」がちな自分の名前や身体、仮面や役割にぐーっと「沈みて」あることを、改めてありがたく喜ばしいこととして感じていきやすいでしょう。
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